第217話 そろそろ本気で決めなきゃいけない
秋という季節がもうすぐ終わりを告げる。そんな季節の代名詞というべきイベントがやって来た。
10月31日。ハロウィンの日だ。
もともとは収穫祭を祝う日とされているが、何がどうしてこういった仮装大賞になってしまったのか。
もっともそんなことを考えても意味ないし、俺も流されてる一人ではある。
「ほな乾杯を祝しまして」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
現在、花市邸。花市の音頭によって光輝ハーレムズと俺、姫島、昴、雪、生野、沙由良、沙夜の面々は手に持ったジュースの入ったコップを高々と掲げていた。
企画の主催者である花市は何を考えてるのやら。
大体のことは想像できてるけど、自分のことは果たして大丈夫なのだろうか。ま、それこそ考える必要もないことだが。
圧倒的な男女比に囲まれながら俺と光輝は肩身を狭くしてテーブルにある食事に手を付けていく。
今更ながらハーレムって男一人に女複数って状況怖くね? いくら気心知れた仲であったとしても。
「なぁ、光輝。俺達のこの状況って周りの男子から羨ましがれるけど実際どう?」
「学が抱いてる気持ちと一緒だよ。ある意味、常に人目にさらされてるからメンタルは強くなってるけどね」
俺が抱いてる気持ちと一緒、か。やっぱり光輝から見ても今の俺とアイツらの関係性は自分と重なってると思って見てるようだな。どうしてこうなったのやら。
どこのラブコメの世界にハーレム形成している主人公と親友がいるんだよ。
情報過多でそのラブコメ崩壊するだろ。もしくは完全なるスピンオフ作品。
しかし、そういった作品になる場合は主人公との接触は極端に減るはず。扱いきれねぇしな。だが、今はどうだ?
ガッツリ介入もすれば、一緒にパーティで騒いでる始末。
まるで俺達がクラブのVIP席にいるやべー奴みたいになってるよ。
この状況は狂ってる。気持ちを自覚した今だからこそよりハッキリ言えるが。
俺は思わずソファに寄りかかる。ふと隣を見てみれば仮装した(もういちいち紹介などしてられん)面々が隣に座ってる人と楽しく談笑している。ふぅー、すっげぇ場違い感。
俺がイマイチ食欲がわかずにぼんやりと周囲を見てみると唐突に光輝が質問してきた。
「学はさ、もう気持ちの整理はついてるのか?」
「ん? 気持ちの整理?」
半分意識がどっか行ってたから聞き直してみれば光輝はコクリと頷く。その横顔はどこか真面目な感じで。
大体察した。俺がクリスマスパーティーの際に花市から聞いた展開になったのだろう。
もう少し詳細に言えば、光輝を主軸としたラブコメのメインヒロインである乾瑠奈が親の都合で海外へ移動するかもしれないって展開。
俺はその情報を花市から聞かされていた。ま、あの時の花市の言葉の意味としては男としてケジメつけることを考えろって感じなのだが。
考えてみれば今もずるずる引きずってるにもかかわらず言ってこない辺り俺の心情を察してるのか。情報筋は多岐に渡るしな、アイツの場合。
俺は光輝の質問に「あぁ」と答えた。本当は今も何も決まっちゃいない。
しかし、どうにもコイツの前にはええかっこしい姿で居たくなってしまうみたいだ。
光輝は「そうか」と返事をするだけ。
一方で、その顔には「凄いな」と思ってそうな顔をしていた。
全然凄くはない。いつだって俺の前を走ってたのはお前なんだから。
「一体どんな因果になればこんな人生を歩むことなになるのやら」
「さあね。それは僕が知りたいよ」
正直な所、光輝に対してラブコメ計画はしていたもののここまで事が運ぶとは思ってなかった。
ラブコメとは良くも悪くも“フィクション”なのだ。
学校生活というほとんどの人が通る馴染み深い設定を使って様々な魅力的なヒロインが主人公に対して好意を寄せていく。
しかし、現実的ではない。どこかの色男であれば上手くやりくりするだろう。けど、ここまでオープンな展開なんて出来るものだろうか。
そういう奴は大抵緻密に計算して自分から他の女のニオイを消しつつ、別の女と遊んでいくというスタイルだ。
光輝みたいな展開は異世界でしかなし得ない。なぜか俺も同じ状況だけどな。
つまりそうなっても関係性が維持できるヒロイン達との信頼関係は凄まじいものではなかろうか。
複数の女が一人の男を巡ってオープンに狙いあうなんて醜聞の悪さは甚だしい。
にもかかわらず、それを気にすることなく貪欲に相手を求めてるのだから。
俺がラブコメの支配人として出来るのはあくまで“提供”だ。
その提供されたものに対してどうするかは主人公次第。
関係性に茶々を入れたり、イベントごとに仕掛けていくという調理された品を提供することは支配人である俺にも出来るが、ヒロインの心を向き合うのは光輝も調理する側に立っていかないと出来ない。
あ、この例えだと最終的に「美味しくいただく」が別の意味にも聞こえなくもないな。
っていうか、そう考える時点でだいぶ毒されてる気がする。雪と沙由良め~!
俺は光輝をふと見る。
光輝は前のめりになって楽しそうに話す光輝ハーレムズを見て楽しそうに笑みを浮かべるのみ。
まるで庭で遊ぶ孫を眺めるおじいちゃんのようだ。
「なぁ、もしかして俺に答えを求めてた?」
「っ!」
光輝にそう聞いてみれば彼はビクッと反応した。どうやら思ったより図星らしい。
「い、いや、僕はただ学だったらどう考えるのかって参考に聞きたかっただけで。ほら、さっきももう答えが見えてるみたいな返事してたし」
「あれは嘘だ」
すまんな、お前の前だからカッコつけたかっただけだ。
実際は今も迷い惑い苦しみもがいてるただの男子高校生でしかない。
案の定、光輝は「えぇ......」と困惑した表情をしたが、その後すぐに「そっか。同じか」とどこか嬉しそうな顔をした。全く、少しは俺の言葉は疑えっての。
「それじゃ、今はどう思ってるの?」
「当然、ケジメをつけたいと考えてる。だが、その前に一人話をしたい人物がいるな」
俺は姫島を見た。あいつのポジションだけイマイチ不透明だ。
アイツが俺に好意を寄せてるのは知ってる。だけど、今の今までアイツからなんかしらの行動があったことはない。
昴、雪、生野、沙由良からあんな情熱的な告白をされて少し強欲になってるのかもしれない。
だけど、どうせここまで来たのならアイツの本音を聞き出したいとも思ってる。
それこそ本当の意味でフェアに答えを出すということではなかろうか。
花市に姫島、雪、生野、沙由良、昴が呼ばれた所で光輝が声をかけてきた。
「どう決めるつもり?」
「どう......すべきだろうな。自分の直感に頼るのか、誰との未来を想像して一番楽しいと思うのか、はたまた月並みの行動でふとどうでもいい些細で小さな幸運に出くわしたときに最初に伝えるのは誰なのかとか。そこは各々の感覚を頼りにするしかねぇだろうな」
「小さな幸運を最初に誰に伝えるか、か」
「そ、目を閉じて最初に誰が思い浮かぶかってな。あくまでありふれたものだ。それが正解とは思わねぇ」
それにそれで選ばれなかった人に対して好意が薄かったわけでもない......と言おうと思ったが、選ぶっていう時点でそういう意味合いは含まるのか。選択ってのは難しく残酷だな。
どうりで異世界に行けばハーレムが流行るわけだ。
自分の好きな人がずっと幸せで居続けられる世界を作るわけだ。
異世界という特殊な環境を使ってな。
今更ながらここが異世界にならねぇかななんて思っても遅いよな。それに願ってそうなったらもはや話が変わっちまう。
―――ピロン
不意に俺のスマホが反応した。
手に取って画面を確認してみればメッセージが届いている。その主は姫島だ。
トーク画面を開いてみると「クリスマス、よろしくね♡」とだけ書いてある。
彼女の顔を見てみればドヤ顔でピースしてるではないか。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
俺はそっとスマホをポケットにしまった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




