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第214話 後輩乙女の最強伝説#11

―――陽神沙由良 視点―――


 現在、沙由良んは一人で屋上に来ています。

 屋上の眼下に見えるのはグラウンドで始まる後夜祭の準備。

 そう、文化祭の方はそれはそれは大団円という形で幕を下ろしました。


 文化祭の最後でやっていたバンドは素晴らしかったですね。なんせ去年の伝説女装メイドバンドの復活でしたから。


 沙由良んは全く知りませんでした。ということは、学兄さんは沙由良んとデートしながらずっとそのことを隠してたということです。こりゃ一本取られました。さすが学兄さん、憧れる(ぬれる)


 とはいえ、残念ながら沙由良んの文化祭はまだ終わりを迎えていません。ここにいるのがその証拠。

 後は学兄さんの気づきによるものですが、そこの心配はないでしょう。なんせ沙由良んの学兄さんですし。


 後夜祭は基本参加自由なのですがこの学校は陽気な人が多いのか大抵全員が参加します。

 そのせいか組まれた丸太が燃えた時のリアクションは実に盛大なものでまさに宴の始まりという感じ。


 天に昇っていく炎は夜に染められたこの学校を明るく照らしていきます。素晴らしい光源ですね。屋上から見る分で十分です。


―――ガチャ


 背後から屋上のドアが開く音が聞こえました。誰かが近づいてきます。

 しかし、沙由良んには確かめる必要はありません。気配でわかりますから。


「どうやら怪盗のお宝は取り逃しちまったみたいだな」


 学兄さんは沙由良んの隣に来ると唐突にそう声をかけてきました。

 全く、あの紙の内容を知っておきながらそんな風に声をかけるんですから。

 沙由良んは「そうですね」と返しながら思わず欲望のままに言葉を漏らしてしまいます。


「沙由良ん的には声をかけるよりも先に背後から抱きしめて欲しかったです」


「それ俺が相手じゃなかったらどうすんだよ」


「それはありえませんね。沙由良んの学兄さんセンサーが誤作動起こすはずはありえませんので」


 学兄さんは「さいですか」と呆れたようにため息を吐きました。

 全く、こっちも色々と覚悟してここに来てるのにそんなおざなりな態度は腹が立ちますね。でも、好き!


 そういえば、今更確認する必要はないですが一応沙由良んの示した()()の答えを聞きましょうか。


「さて、学兄さん。答えを提示してください」


 そう聞くと学兄さんはポケットから紙を取り出しました。それは沙由良んが見つけた暗号らしき一枚の紙。


「まずこの紙だが、最初に俺が言った言葉であってたみたいだな。“星の輝く月の下で火を囲む人々”―――まさに今眼下に広がってる後夜祭ってことだな。


 チラッと横を見ればキャンプファイヤーの周りで踊る皆の様子を学兄さんが眺めていました。その横顔はとても絵になりドキドキします。

 沙由良んは「正解です」と返答すると学兄さんは再び口を開いていきました。


「そして、この紙には遠近法を利用した奥行きがあり、ここで重要なのは絵の位置が“奥”であること。

 加えて、それが奥だとわかると必然的にその絵の下にある『上』という雑に示された漢字はまさに答えを示すものへと変わる」


「雑で悪かったですね。沙由良んはこういったトリック系を考えるのが苦手なんですよ。それで回答は?」


「『後夜祭の時、屋上へ』ってところか? 閉幕式は全員参加だから落ち着いて話せるのは今しかないしな」


 優しく夜風が吹いてきました。耳をくすぐっていきます。

 そうです。この暗号を作ったのは沙由良んです。全てはこの時のため。

 文化祭ということでちょっとした遊び心を加えてみたかったんですよ。

 後、呼び出す口実を作りたかったとも言えます。


 というのも、この怪盗騒ぎを提案したのは実のところこの沙由良んなんです。

 ですが、沙由良んが動くと学兄さんにバレるので密かに花市先輩に連絡して動いてもらいました。


 そして文化祭当日、沙由良んは予め紙を持ちたまたま宝箱を見つけた風を装ってその暗号を学兄さんに渡すことで成立。

 後は学兄さんの解読待ちとなりますが、学兄さんは何気スペック高いですからね。


 というわけで、今この場には上手く学兄さんだけを呼び出せたというわけです。ここからは沙由良んのターンです。


「学兄さん、私はこれまでずっと一年の違いを恨んで来ました。

 学兄さんと生まれた年が一年違うというだけで、同い年のヒロインの皆さんが当たり前のように絡んでいく関係に沙由良んだけ馴染めない。それがとても悔しかったのです」


「そうは見えなかったけどな」


「それは溢れ出るタフネスで頑張ってただけですよ」


 ずっとずっと沙由良んには燻ってた気持ちがありました。

 それがいつ暴走してしまうかもわからないので、その気持ちを吐き出すためのものがあの同人誌だったのです。


 沙由良んはずっと昔から学兄さんが好きでした。初めて好きになったのは兄さんが家に初めて友達を連れてきた時の事。


 沙由良んはまだ兄さんに甘えていた時期であり、同時に人見知りが激しい時期でもありました。

 なので、兄さんが連れてきた友達も当然そうなるはず......でした。


 しかし、結果は違いました。兄さんの初めての家に連れてきた友達である学兄さんは兄さんよりも華はありませんでしたが、それでも一度見てしまったら逃れようのない魔力を放っていました。


 それは単に沙由良んの感性に引っかかっただけなのかもしれません。

 しかし、その衝撃はまるでエンジェルに黄金の矢を射抜かれたが如く。

 他のことが視界に入らないぐらい目を奪われました。


 俗にいう一目惚れです。若干小学生低学年の沙由良んがここまで「この人が好きだ」と思わされたのは初めてでしたよ。同時に兄さんとの好意の違いに戸惑いもしましたが。


 ですが、年齢を重ねるごとに学兄さんはどんどんとカッコよくなっていき、その溢れ出る魅力は危険だと思いました。即ち、沙由良んと同じような気持ちを持つ人が必ず出ると。


 それはどんな人物かわかりません。ですが、学兄さんの魅力に気づいた人は必ず強敵である。

 そんな予感がして......その嫌な予感は見事に当たってしまいました。


 しかも、沙由良んが絶対的に埋められない一年という差を考慮せずに。それはとても屈辱的でした。

 しかし、それを言い訳にしたところでどうにもなりません。

 親に文句を言う訳にも行きませんし。兄は恨みましたが。


 だからこそ、沙由良んは中学生活で魅力ポイントをカンストしようと頑張りました。

 結果から言えばその途中で学兄さんによって破綻させられましたが。

 とはいえ、結果オーライなので文句はありません。


 そして今、その努力はこうしてこのチャンスを生み出しました。

 学兄さんはすでにヒロイン全員の好意を知っています。

 知っているうえでこうして学校生活してる辺り大物ですよね。ま、惚れた弱みというやつです。


 なんとなくわかります。きっとちゃんスバ、ちゃん雪、ちゃん莉乃の三人が羨ましくなるぐらい華やかな乙女となったのはこの瞬間だと。そして、これから沙由良んも同じことをすると。


 結果はどうなるかわかりません。強いて言うなら、沙由良んの願うべき方向へ。

 ですが、それはきっと他の人達も思っていることでしょう。ならば、平等ですね。


 大きく深呼吸していきます。これから告白するという気持ちが先走って心臓が今にもはち切れんばかりの心音を鳴らしています。


 それこそ後夜祭の騒がしさに負けないぐらいに。

 そのドキドキの音が学兄さんに聞こえてたらと思うと恥ずかしく感じますね。

 ですが、沙由良んは臆しません!


「学兄さん、沙由良んは学兄さんにとってどう見えていましたか? ただの後輩? それとも兄さんの妹? ちゃん沙夜の友達?

 どの言葉を答えても沙由良んはへこたれません。ここまで来たのならば」


 学兄さんはすぐには答えてくれませんでした。しかし、おもむろに口を開くと答えてくれました。


「好きな人の一人だ」


 その後すぐに「悪いな、カッコつかない返答で」と学兄さんは苦笑いを浮かべましたが、とんでもない。

 「好きな人」とそうハッキリ言ってくれただけで沙由良んには十分すぎる言葉です。言葉......ですが。


「それは物足りないですね」


 沙由良んはとっくに欲深な女の子になってしまったのです。

 もっと学兄さんに見てもらいたい。もっと学兄さんに好きだと言って欲しい。もっとずっと学兄さんのそばに居たい。


 手の届きそうな時ほど欲望が肥大化するとはよく言うものですよね。今まさにそうです。全てを手に入れたい気分です。


 そのうちの一人じゃダメなんです。たった一人にならなければ。そのためにこの努力をし続けてきたのですから。


「学兄さん」


 沙由良んは学兄さんを呼びました。

 今にも熱ぼったい吐息が漏れそうになるのをグッと我慢して溢れ出る言葉のままに。

 素直に行きましょう、沙由良ん。ここに余計な茶々は必要ありません。


「愛しています」


 それが最初に出た言葉。


「大好きです」


 これが二言目。


「ずっと一緒にいたいです」


 三言葉目。


「学兄さん......私を選んでくれませんか?」


 これはズルい言葉です。そして、同時に諸刃の言葉でもあります。答えをせがっているのですから。

 学兄さんは驚いた表情で沙由良んを見ます。しかし、すぐに真剣な目に戻ると答えてくれました。


「悪いな。優柔不断な俺のせいでまだ苦しめることになるがその答えについて今の段階で答えることは出来ない」


 知ってますよ。そんなこと。


「ズルい人です。期待させるだけさせておくなんて。ですが、これも惚れた弱みです。なら、せめて―――」


 学兄さんの手をそっと両手で掴むと左胸に押し付けました。

 ゴツゴツとした手が沙由良んの小さめな胸を覆っていきます。

 学兄さんは急なことに固まってしまっています。

 ふふっ、これぐらいは罰として受け入れてもらいましょう。


「これが学兄さんに恋した女の子の心音(きもち)です。忘れないでくださいね」


 ドクンドクンとした心音はさらに加速して体中が火照ってきました。

 その心音が学兄さんの手を伝って聞こえていると思うと妙に恥ずかしく、されど沙由良んの本気を知ってもらいたいと思うのです。


 そっと手を放しました。そして、学兄さんに背を向けると「沙由良んは皆に会ってきます」と一足早く屋上を出ました。


 しかし、屋上のドアを背後に足は止まってしまい、そのまま寄りかかった状態で座り込んでしまいました。


「......今日は寝れませんね」


 胸に残る感触を追うようにそっと左胸に。手を重ねるように。あぁ、また心音が速くなってしまいました。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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