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第197話 陽気乙女の星降る夜#8

―――生野莉乃 視点―――


「......」


 今の時間、あたしは耐えだと思っている。

 というのも、この高まる鼓動にどうにも頭がおかしくなりそうだったから。


 現在、あたしがシャワーから出て代わりに学がシャワーを浴びている。

 よくあるラブコメならヒロインが家のシャワーを浴びているのに主人公がドキドキするところを絶賛あたしが体験しているというこの状況。


 全くもって未知の領域に対してあたしの心はどう反応するのが正解かわからない。


 ただリビングでソファーに座ってなんでもなさそうにSNSをチェックしているけど、もはや動かす指以上に耳がそのシャワーの音を敏感に捉えてしまっているのはわかる。


 そんなのもはやなんでもなさそうに振舞いながら遠くからチラチラと見てくる男子中学生と全く一緒。

 まさか当時のあの男子どもの心情を今になって体感するとは......。


 そして、何より問題なのが―――


「あたし、絶対どうかしてるわよね」


 短いズボンを軽く持ち上げて見えるは妙に攻めたような下着。

 どう考えても何かあることを望んでいるとしか考えられない。


 シャワーを浴びてる時に通り雨だから止んでいるだろうと思いつつも、心の奥底ではこの状況に妙な期待を抱いて、そして未だに止まぬ雨に安堵している自分はまさに思春期真っ盛りといえる。


 今なら家にヒロインがいるだけで悶々とした気持ちになるラブコメの主人公の気持ちがわかる気がする。

 ごめん、今までクソ童貞とか言って! あたしも全く変わらなかった!


―――ガチャ


「生野、シャワー助かった」


「えぇ、問題ないわよ。風邪引くよりマシ―――」


 出来る限り平静を装って声をかけようとしたのも束の間、学の姿にドキリと心が跳ねる。


 アイツに貸したのはパパの服......なんだけど、その服を見慣れてるとはいえ学が着るとまさに同棲しているような気持ちになって心の奥がゾワゾワしてくる。


 あたしは勝手に上がってくるニヤケ面を指で押さえながら「雨、止まないわね~」と窓の方へ視線を向けて学に見られないようにした。


 実際に鏡で見たわけじゃないから判断できないけど、確実に気持ち悪い顔をしてるのはわかる。


 しかし、いつまでもこうしてるわけにはいかない。今こそかつての学のポーカーフェイスを真似る時よ。


「とりあえず、あんたも座ったら?」


「あぁ、そうだな......」


 何やら学がじっとこっちを見てくる。

 え、まさか......学も今という状況に変な気分になって―――


「その髪、俺に乾かせさせてくれ」


「ちょ、まだダメ......え?」


 待って、髪?


「あ、いや、無理言って悪かった。ずぼらな妹に毎回のようにやらされてからなんかこう髪の乾かしが甘いのを見ると気になるようになって。前に姫島の時も―――」


 む、姫島? ひめっちのことよね?


「ねぇ、確認したいんだけど前にも今と似たような状況になったことがあるってこと?」


「あぁ、ある―――」


「やって」


「え?」


「いいから、やって」


「わ、わかった」


 そして、学は「ドライヤー借りるぞ」と言って脱衣所へ取りに行った。

 全く、学ってば女の子の前で他の女子の名前を言うなんて全く持ってナンセンス。


 だけど、それ以上にこんなドキドキしてるあたしよりも先にひめっちと似たような状況を過ごしたってのがムカつく。加えて、それで平然としているのかと思うと余計に。


 あ~もう、ドキドキよりムカムカの方が気持ちが強くなって―――


「おまたせ。髪をこっちに向けてくれ」


 でも、やっぱドキドキする~! ってあたしの脳内はお花畑か! だけど、この気持ちに嘘はつけない!

 

 だって、これから男子に、好きな人に髪を触れられるわけでしょ? そんなんもう意識しないはずがないじゃん!


「3.1415926535......」


「なんで急に円周率?」


「心頭滅却の呪文」


「聞いたことねぇ」


 この作業はあたしにとって必要なことなの! さてと......やるわよ!


 あたしはソファから立つと学にソファへ座るように指示。

 そして、学が座ったことを確認するとソファを背もたれにするように学の足の間に座っていく。


「お、お前......」


「何よ、ただ髪を乾かすだけだったら問題ないよね?」


 ど、どんなもんじゃい! こっちがただやられっぱなしと思わないことね!

 あんたをドキドキし返すのにこれぐらいどうってことない......こともないけど! やられるだけは性に合わないのよ!


 学もさすがに動揺している。ふっ、これだから童貞は(←棚上げ中)。

 こんなことでイチイチ意識しちゃってまぁ。お可愛いこと。


「それじゃあ、やるぞ」


 学があたしの髪に触れた瞬間、あたしはゾワッとした感覚に襲われた。

 恥ずかしいような、触ってくれて嬉しいような、まだちょっと抵抗感があるようなそんなぐちゃぐちゃに気持ちが混ざったような感覚。


 だけど、妹でやりなれてるという学の手つきは確かに優しく、読モの撮影の際にヘアスタイリストに髪を梳かしてもらってるそれに近かった。


 最初の頃に感じてた抵抗感もすぐに無くなり、安心して身をゆだねるように心が落ち着いていく。

 そのせいかあたしのドキドキもなりを潜めて読モの時のようにスマホを触り始めてしまった。


「ねぇ、今後の天気なんだけど明日まで雨っぽいよ」


「みたいだな。だから、洗濯物が乾いたら少しでも勢いが弱まってるうちに帰ろうかとは考えてるけど」


「でも、今のところその気配は全くなさそうよね。

 さっきからずっと雨の勢い凄し、なんなら雷も鳴ってる。ついでに言えば大雨警報も出てる」


「マジか。そこまで来たか」


 う~ん、な~んか嫌な予感が。なんというかすっごく上手くラブコメというレールに乗せられてる気がする。


 そう思うとことっちとめいっちの言ってた言葉が本当のような気がしてなんだか癪なのよね。

 でも、この状況を安易に崩してしまうのも勿体ない。う~む、どうしたものか。


―――プルルルル


「あ、ママからだ」


 あたしが電話出ることを察すると学はすぐにドライヤーを止めてくれた。さすが判断が早くて助かるわ。


 そして、電話に出て内容を聞いていくと簡単に言えば“電車が止まって帰れなくなった”ということだった。え、待ってそれって―――


「あー、えーっと、学、その......」


「どうした?」


「一泊二日の生野家旅行券に当選しました。おめでとうございます」


「......ん?」


「つまり! その......雨の勢いが今日中には弱くならないということで、泊っていけばということです、はい」


「......」


 学の顔が状況を理解して増々赤くなっていく。

 そりゃ、あたしだって同じ気持ちよ! まさかこんなことになるなんて!

 好きな人といきなり二人っきりでお泊りなんて!


 そういうのってもっと心の持ちようというか、心構えが必要なのに!

 でも、ここはクールに頭を働かせるのよ、あたし。


 こんな状況作り出そうとしても難しいはず。

 なら、この好機をみすみす逃すなんてそれこそナンセンス。

 これからの時間をたっぷり利用してコイツの心をあたし色に染め上げればいいだけのこと。


 ふふっ、見てなさい。これからあたしによる華麗なる怒涛のアピールを!


 ......。


 ......なんてそんなんいきなり出来るわけないでしょおおおおぉぉぉ! なにしたらいいっての~~~~!?

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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