第196話 陽気乙女の星降る夜#7
―――生野莉乃 視点―――
―――シャアアアア
冷えた体を温めるようにシャワーから溢れるお湯を頭から被っていく。
全身がポカポカと温まってきてとてもリラックス―――できない! 全くもって!
なぜなら、今あたしの家にアイツがいるから。それも二人っきりで。
今にもはち切れんばかりに心臓が高鳴っているのを感じ、脳内では雪に悔しくも鍛えられてしまった妄想によってもはや沸騰しそう。
「にしても、どうしてこうなったのか......いや、あたしが原因なんだけど」
それは数時間前に遡る。
―――遡ること水族館デート終わり
「ん~、今日は楽しかったわ」
イルカショーを見終えてあたしは体をほぐすように伸びをしていく。
そんなあたしの言葉に学は聞き返してきた。
「水ぶっかけられたのにか?」
「それはそれで良い思い出でしょ。楽しければオールOK。あんたもそう思わない?」
「......そうだな。それにこう言っちゃなんだが思わぬお土産も貰ったしな」
「そうね~」
そう返事しながらあたしは自分の来ているTシャツの裾を持って軽く広げていく。
その服は全体的に青く中心には水族館のロゴが入っている。
確かに普通ならそこそこの値段がするこういう衣服の類を無料で貰えたなんてラッキーよね。
ん? というか、今の状況ってペアルックじゃね?
あたしは気になって学の方をチラッと見る。うん、全く一緒。ペアルックだ、これ。
ま、マジか......あたし好きな人のデートで、それもちゃんとした初めてのデートでペアルックまで行っちゃったのか......ヤバイ、すごくない?
まぁ、でもどっちかっていうとそう思ったら急に羞恥心が凄い。
なんかペアルックってバカップルが多いイメージを持ってたから自分がいざこうしてると嬉しいやら複雑やらで、でもやっぱ恥ずかしい。
「それじゃあ、そろそろ帰るか。ここから急に天気悪くなるみたいだし」
「へぇ、そうなの?」
ん~、空見ても別に変になりそうな感じはしないけど。普通に青空見えてるし。
確かに遠くに雨雲っぽいの見えてるけど家に帰るぐらいの時間なら大丈夫でしょ。
そして、あたし達は電車に乗ってあたし達の家があるところの駅まで。
帰りの際、学が家まで送っていくと言ってくれたので、当然のようにその言葉に甘えてあたしは学と一緒に家に帰っていく。
それがなんだか同棲したカップルみたいでドキドキした。
その途中だった。
―――ザアアアアアッ
ゲリラ的に発生した大雨によってあたし達はずぶ濡れに。
最初はポツリポツリって感じだったのに途中からものすごい量になった。
いわゆるバケツをひっくり返したようなってやつ。
幸い、あたしの家のすぐ近くでそうなったのであたしは学を連れて自分の家の軒下にまで移動していく。
「はぁ~、本当に急激に天候変わったわね。これが駅に着いてからじゃなくて助かったわ」
「16時台のイルカショー見てたらヤバかったな。にしても、これどう帰ろうか......」
「こんだけ雨降ってんのにこの中を帰ろうとしてんの? それに風も強いから危ないわよ。ここは大人しくあたしの家で弱まるまで待ちなさい」
「いいのか?」
「むしろ、そこで拒否ったらあたし鬼すぎるでしょ。あんたに風邪ひいて欲しくないし。あ、でもここまで雨強かったら雨戸しないと」
「手伝う。さっさとやって体を冷やさないようにしよう」
そして、あたしは学に手伝ってもらって一先ず1階部分の雨戸を閉じていった。
それが終わるとやっと家の中に入り急いで脱衣所へ。うへぇ、下着まで濡れてんじゃん。
とりあえず、バスタオルを持って玄関に待っている学に渡していく。それから、学に体を温めるよう勧めた。
「それじゃ、あんたから先にシャワー浴びて。その間に服を洗濯機に入れとくから」
「いや、さすがに生野からだろ。俺は大丈夫だから」
「それを言うならあんたは客人よ。それなら代理家主であるあたしの意見が尊重されるべきだわ」
と言っても、学は譲る感じじゃなさそうね。仕方ない、いっそ二人で......って待て待て。
その発想はおかしい。雪に犯されてるわよ、しっかりしなさい。
埒が明かなそうだったので二人でじゃんけんして負けた方が先に行くことにして見事に勝ったあたしは学のシャワーの浴び終わりを待つことに。
正直、その時は震える寒さに耐えるのに必死だったから学と二人っきりという今の状況に頭が回ってなかった。
―――そして現在
体が温まったことで意識してなかったことに目が行き、いまやそれに釘付けである。
ふぅ、落ち着くのよ私。耐えるのは今だけ。
きっともう雨は弱まってるはずよ。
どうせ通り雨的なやつなんだから。
あ、それと洗濯機にぶち込んだ服が乾くのが終わってから......あれ? 洗濯機に入れたのってアイツの服だけだっけ?
その後にあんまり回ってない思考で「まとめて洗濯しよう」とか考えて自分の着ていた服も一緒に入れて洗濯してなかったっけ?
その後に学に洗濯機の服取り出しておいてとか言ってなかったっけ?
もし、もしもよ? その仮説が正しかったとしたら、学は洗濯機からあたしの下着を見つけて......そして......そして―――
―――ピーーーッ!
「!?」
その音にあたしは思わずドキリと心臓が飛び跳ねた。
そして、何を血迷ったのかまだ確信まで至ってないのに「見られる!」と判断したあたしはすぐさま浴室を飛び出てバスタオルで体を巻いてすぐ近くの洗濯機へ。
洗濯機の中を見てみればあたしの服は無かった。それどころか洗濯機の上に置いてある。ハァ、早とちりも甚だし―――
―――ガチャ
「え?」
「っ!?」
ドアを開けた学とがっつり目が合った。
なんなら、確実に視線があたしの今の状態と下着の方に動いたのがわかった。あ、見られた......。
学はギュッと目を閉じてそっと後ろを向いた。そして、謝罪してくる。
「悪い、ノックはしたんだが返事もないしシャワーの音も微かに聞こえてたからまだ浴室にいるんだろうと勝手に判断して開けてしまった」
「あ、いや、その? 別に見られて気にすることでもないし?
あんたが気にしないならあたしは気にしないわよ?」
んなわけあるかああああぁぁぁぁ! あたしのバカあああああぁぁぁぁ!
もう完全に裏返った声で言ってる時点で説得力ゼロなのよ! あーもう! なんでこうなるのよ!
あーヤバイ、羞恥心で死にそう。なんかもう体が熱くなりすぎて逆に頭が回んなくなってきた。
とりあえず、学にはここから退散してもらおう。じゃないとおかしくなる!
「学、こっち見ずに服を受け取って」
「わかった」
あたしは洗濯機から学の服を取り出していく。その際、学の下着をがっつり見てしまった。
こ、これが学の......ゴクリ。いや、ゴクリじゃないわよ! 落ち着けあたし!
思わず引き寄せられてしまう目線をどうにか抑えながら学に衣服を渡していく。
ふ、触れてしまった......あれが男ものの下着なのね。
パパのを昔から見たことあるけどそれとは全然感覚が違った。
そして、学が「とりあえず、悪かった」と言って脱衣所を出て行った。
大丈夫よ、全部こっちの過失だから。
その後、あたしはふらりふらりとバスタオルを剥いで浴室に戻りシャワーへ。
すぅーはぁー。ふぅ、ダメね。
「あたしのバカああああぁぁぁぁ!」
試合後の敗北したボクサーのように壁に両手をつけて後頭部からお湯を被りながら、あたしは溜まりに溜まった悶々とした気持ちを咆哮したのだった。
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