第194話 陽気乙女の星降る夜#5
―――生野莉乃 視点―――
明日は何かが起きる。そんな気がする夏休みのある日の夜、たくさんの服を散らかしながらあたしは姿鏡の前に立っていた。
持っている服を探しては自分の体に重ね、合わなければその辺に投げて合えばベッドの上にキープしていく。
あたしが何をしているか。もうお分かりの通り。自分の服のコーディネートだ。
というのも、明日! なんと! あの学の方から! 水族館デートに誘わてれしまったのよ!
***事の発端は今日の昼頃***
うだるような暑さにアクティブなあたしでも外に出たくないと思わせ、リビングのソファでゴロゴロとしていると学から一通のメールが来た。
『なぁ、明日って空いてたりするか?』
突然の学からのメールにあたしはその場を飛び跳ねてなぜかソファで正座するとスマホを手に取っていく。
「が、学の方から......予定聞かれた?」
あたしは本人から送られているとわかっているのになぜか疑ってしまった。
こんな関係になってしまってからアイツからのお誘いはめっきり無くなってしまったから。
もともとあたし達は“スイーツが好き”という共通点を持っていて、あいつがあたしを振るまでの間はなんだかんだで互いにおススメのスイーツ店を紹介しあって息抜きに出かけていたの。
前回たまたま会ってしまったぐらいで、本当にそれ以降全くなかった。
正直、アイツの心中は大体わかる。だって、誘わなかったのはあたしだって同じだし。
というわけで、一応他愛ない会話をする程度には連絡を取り合ってるとはいえ、こんなメールはそれこそ雪が脱官能小説したぐらいには驚いた。
あたしはすぐさま自分の部屋に戻るとカレンダーに書いてある予定を見る。
幸い、その日は何もなかった。つまりあいつの要望を全面的に聞けるというわけ!
「すーはー。『空いてるわ。どったの?』っと」
小刻みに震える手を抑えながらメールを返していく。
そのまま数分ぐらいメール画面で睨めっこしてると割とすぐにアイツから返信が来た。
『実は水族館のチケットを貰ってな。しかも、有効期限が明日までだから良かったらと思って』
「行く! 行きます!」
食い気味にそう口から言葉を漏らしながら、メールではなんとか「行くに決まってるでしょ!」と感情を抑えられて.....ないわね、これは。
***現在***
ともかく! こうしてあたしは明日唐突に水族館デートが決まってしまい、こうして服選びにえらい時間のかかりようになってしまってる。
うっ、なんでこんなに服が多いのよ! もう少し断捨離考えれば良かった!
「さて、明日も暑いとなると当然薄手な方がいいわけで、でもこっちの服だと重ねた方がファッションとしては良くて......」
あたしはぶつくさと言いながら服選びをしていく。
昼から始まった服選びは危うく深夜に突入しそうだった。
―――翌日
あたしは待ち合わせの駅に来ている。
待ち合わせよりは30分も早く来てしまった。
遅れるのは無しって考えてたけどいくらなんでも早すぎるかな? いや、別にそんなことないわよね。
「すーはー。うん、大丈夫よね」
深呼吸してはそう言い聞かせていく。
周囲の男女が思わずこっちをチラ見してるほどには目立ってるということだから。
とはいえ、正直この服は恐らくあたしらしくはないのかもしれない。
あたしの今の服装は襟もとにオシャレな刺繍が入った白シャツ、そしてサックスブルスカートを合わせただけの超シンプルコーデ。いわゆる清楚系コーデというやつね。
自分で言うのもあれだけど、あたしはギャルでそして読モもしているからあたしらしさを表現するには絶対この服じゃない。もっとガーリーで攻めるべき。
しかし、今のあたしにとってはこれでいい。
他の子達が各々の方法で学にインパクトある印象を残しているなら、あたしは自らのアイデンティティを封印した上でこういう自分も表現できるというインパクトでアイツに印象付けたいって考えたの。
正直、かなり勝負に出てる気はする。
普段というかこんな格好なんて一度もしたことないから、過去の自分と比較すら出来ないけど。
普段はサイドテールに縛っている髪も今日はハーフアップにしている。
慣れない髪型にだいぶ時間がかかったけど、それでも奇麗にはまとまった。
でも、不安はどこまでも付きまとう。慣れない格好しているアイツはどう思うんだろうかって。
アイツのことだからきっと決して嫌な気分になることは言わないことはわかってる。
しかし、目は口ほどにものを言うって言葉があるぐらい、普段のあたしとのギャップに一瞬でも引かれた目をされたら......ダメダメ、また弱気になってる!
そして、深呼吸しては周囲の目の反応を確認して......と先ほどのことを繰り返していく。
たまに左手につけてある腕時計を確認してみればピクリとも時間が進んでなくてソワソワ。
少ししていると明らかにこっちをジロジロ見ている二人組の男に気が付いた。
あんた達、スマホ弄って全然見てないフリしてるけど、女子は視線のプロよ? どこ見てるかってぐらいすぐにわかんのよ。
あたしは電話するフリをしてスマホを耳に当てながら少し距離を取るが、その二人組はさりげなく距離を詰めてくる。これは......厄介な連中に目をつけられたわね。
徐々に距離を詰めていく二人組。
しかし、電話してるフリをしているのが奏したのかアイツらは一定の距離から近づいて来ない。
それは逆に電話が終わったら一気に距離を詰めてくるというものだけど。
とはいえ、それも時間の問題。アイツらはあたしが来て間もない時からいる。
割と長い間同じ場所に留まってる。誰かと待ち合わせしてるって雰囲気でもなさそうだった。
ということは、あんまり長時間電話してたら不審がられるし、それにあたしのアドリブもそこまで持たない。
まさか学を待つだけのこの時間にこんな面倒なことが発生するとは。早く来て! 学!
「生野!」
「っ!」
そう願った瞬間、背後から聞こえてきた間違えようのない声に振り返ると学がいた。
軽く走ってきたように息切れしながら、何も言わずにあたしの背中を押してそのまま駅の改札付近まで。
思わず電話のフリをやめるとその行動の訳を聞いてみる。
「どうしたのよ? 急に背中押して」
「あ、いや、こんなクソ暑い日にわざわざ日の当たりそうな場所で待ってるからな」
と言いつつも、その本心はわかってる。ハァ、カッコつけちゃってまぁ......好き!
「そう。確かに暑いもんね、今日。それはそうと、助けてくれてありがとう」
「......そう言うのは言わぬが花ってもんだろ」
「さぁ? あたしは国語弱いから分からないわ~」
チラッと先ほどの二人組を見ると諦めたようにどこかへ行く。
良かった、あのまましつこく来られなくて。さすがに学を彼氏と思ってくれたみたい。
と、そんなことより! 学の目よ! 思わぬトラブルで会った瞬間の反応は見損ねたけど、今でもそこまで変わらないはず!
「それでどうこの服? 似合ってるかし.....ら」
そう聞くまでもなく学の目がこちらにくぎ付けになってるのに気づいた。
それこそその隙にキス出来そうなぐらいに。
「あ、あぁ、読モやってるもんな」
「褒めるにしてももうちょい言い方ってもんがあるでしょ。
それにあたしは読モでもこんな服装はしませーん」
「それは悪かった。普通に......いや、凄く似合ってると思う」
「そ。ありがと」
などとあたしは素っ気なく返しているが、先ほどから学に背を向けてはめちゃくちゃ顔がにやけている。
正直、にやけまくって自分が気持ち悪いと自覚出来るほどには。
「さっさと行きましょ。ちゃんとエスコートしてよね」
「が、頑張ってみる」
どうしよう。この後ちゃんと顔合わせて話せるかな?
そんなことを思いながら改札を抜けた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')