第193話 陽気乙女の星降る夜#4
―――生野莉乃 視点―――
『本日のお勉強会という名のお家デート成果発表ー!』
『パチパチ~!』
「......」
学と気まずいまま別れた後、まるで私がその日何をしていたか知っていたようにことっちとめいっちから電話がきた。
勉強会するとは言ったけど、いつとは言ってないんだけど。
二人のテンションが妙に高い。それが微妙に怖い。
『で、どうだったの? 手応え的には』
「ま、まぁ、まずまずよね。まずはジャブで攻めた感じ?」
『それじゃあ、キスしたってこと~?』
「いや、それ右ストレートしてるじゃん」
確かに相思相愛の仲であっても、私達は微妙な関係なんだからそんな一気に段階飛ばしたようなことは出来ないわよ。
ま、まぁ、頬ぐらいなら? ありだったかもしれないけど?
そんな私の言葉からもう大体のことを察したのか思いっきりため息を吐かれた。
私のことを知り過ぎてやっぱり怖いんだけどこの二人。
『なにやってんのよ、りっちゃん。勉強会といったら保健体育の実技でしょうが』
「なにそれが世の中の常識みたいに言ってんのよ。どう考えたらそういう判断になるのよ」
『りーちゃんの後輩の沙由良ちゃんから貰った同人誌~。
もっとも兄妹ものでギャルものじゃなかったからそこまでテンション上がらなかったけど~』
「何平然と毒されてるのよ。というか、別にあんたの性癖なんてどうでもいいのよ」
というか、雪以外にもまさかさゆらっちという伏線がいたなんて。一体いつの間に接触してたのよ。
そして、あの二人は私の友人の性に対する感覚をどれだけ歪めれば気が済むのよ!
『ははは、さすがにリアルとの区別はつくよ』
『シチュエーション自体は憧れあったりするものあったけどね~』
「よし、あの二人に一度おしおきせにゃならなん」
これは決定事項よ。少なからず、あたしのアタックに一区切りついたら一度あの子達にモラルというものを叩き込んでやる。
『で、実際はどんなことあったの? 嘘偽りなくありのままを話せな』
「そ、それは......」
私は仕方なく自分の不甲斐ない勘違いのことを全て話した。そしたら、案の定―――
『『あははははは~!』』
「だから、言いたくなかったのよ」
盛大に爆笑された。もはや予想通りの反応だったからだいぶメンタル的に抑えられたけど、やっぱりここまで笑われるとムカつく。
「仕方ないでしょ! あんたらだって真面目に恋愛すればこういう恥ずかしい場面に遭うからね!」
『いや、そういう時は勘違いしたまま動けばいいんじゃない?』
『そうそう。いわば根気比べってやつだよ~』
「適当なことばっか言いおって......!」
『で、次はどうするの?』
「次は......そうね......」
当然ながらこんな不甲斐ない成果で満足するはずがない。となれば、次で挽回しなければ。
とはいえ、何をするかと考えるとそれはそれで悩む。
やろうと思えば出来ることはたくさんあると思う。
しかし、その中で一番効果的にあたしの魅力を引き出すかと問われれば別になってくる。
一番楽なのは学の方からあたしを誘ってくることなんだけど......高望みしたって駄目ね。
それに受け身の姿勢でいればその間に他の子達が来るに決まってる。
学はすでに体育祭ですばるっちと海に夏祭りでゆきっちに猛アピールされている。
今のあいつの心情を察するなら、二人に意識が向いてその間でより葛藤している感じだろう。
その何が一番ムカつくかって言えばそこに“あたし”という意識がまるでないことよね。
今回の勉強会なんてそれこそ普段のあたし達のやり取りとそう変わらない。
「とりあえず、二人でどこか出かけるってことは確定なんだけど......」
『漠然としてるなぁ。まぁ、それは追々考えるとして、その後はどうするんだ?』
「その後?」
『デート終わりだよ~。え、まさかそのまま終わりにする気~?』
デート終わりのその後? え、この二人はまさかその後に互いのどっちかの家に向かえって話してるの?
「そこで終わりよ。というか、あたし達学生身分じゃそこいらが限界でしょ」
『ふふっ、どうやらりっちゃんは一つ勘違いしてるね。そんな簡単に終わるわけないじゃないか』
「は?」
『そうだね~。そもそも一人の男の子を巡って五人の女の子が争うっていう形自体珍しいのに~。
そんな面白い状況がただ流れていくはずもないでしょ~』
イマイチ二人の言ってることが伝わってこない。つまり......どういうこと?
「何が言いたいの?」
そう聞くと二人は息を合わせたように同時に告げた。
『『ラブコメにハプニングはつきもの!』』
「.......あほくさ」
とうとう二人は毒されてしまったか。こんなこと言うタイプではなかったのに。
あたしの反応がイマイチだったのか二人はブーブーと文句を垂らしていく。
そんな時間がしばらく続いた。
―――数日後
「ハァ、ダメね。結局あたしも足踏みするタイプだったか......」
あたしはため息を吐きながら町中を歩いていた。
というのも、この数日デートの内容を考えてはいるのだが......どれもしっくりこずって感じで。
あいつと一緒に出掛ければその時点でデートは成立するはずだろうに、あいつがどうしたら喜んでくれるのかと考えたら......急に自信が無くなってくる。
そして現在、夏休みという貴重な時間を使って一人外を歩いてるとか悲しすぎる。
こんな時、ギャルゲーだったらイベントが起きるんだろうな~。
「気分転換に甘い物でも食べるか。それに外もだいぶ暑いし」
そして、ふら~っと足を動かしていくと思わずピタッとその足は止まった。
なぜなら、あたしが行こうとした先の店で丁度学が扉を開けて入店していったのだ。
「イベント......起きた」
これは行くっきゃない! とあたしもすぐさまその店に入って後ろから学に声をかけていく。
「よ、お久!」
「生野か。びっくりした。お前もここに涼みに来たのか?」
「そ。ついでに言えば最近考えすぎて甘い物食べたくてね。どう? 久々にスイーツ談義といく?」
「いいね。やるか」
そして、あたし達は二人分で席に着くと早速メニュー表から美味しそうなスイーツに目を通していく。
こういう時、趣味が合うってのは楽しくていいわ。
なかなか生粋のスイーツ男子っていないし。
「ねぇ、あんた決めた?」
「大まかには。でも、なんか迷う」
「わかる。んじゃさ、注文したものシェアしない?
ま、あんたが食べたかったものかどうかはわからないけど」
「いや、スイーツは基本どれも好きだ」
「んじゃ、決まりね」
あたし達は店員を呼び、早速メニューを注文。
互いのスイーツが目の前に並ぶと早速いっただきまーす!
「ん~! 甘くておいしい~!」
「うん、さすが拘り抜いたチョコを使ってるだけのことはある。ふはっ、うっま」
「へ~、そうなの。ねぇねぇ、あたしにも頂戴。ほら、口開けるから」
「っ!」
そして、私が少し口を開けて待っていると学は何やら止まっている。ん? なんか変なこと言ったかな?
学のやつも何照れた顔してんのよ。
こんなのことっちとめいっちの間では割に普通......で。
そ、そっかこれって間接キスじゃん......。
急に顔が熱くなってくる。せっかく店内の冷房で涼しく感じてきたってのに。
意識すると途端に思考がそこにしか向かなくなる。
いつも通り、いつも通り......あれ? いつも通りってなんだっけ?
「い、行くぞ」
「ん。あ~ん」
勇気を振り絞って学の口をつけたスプーンを咥えていく。
口の中にスイーツの美味しさが広がったが、ぶっちゃけ恥ずかしさでほとんど味が分からなかった。
羞恥心の波で心がムズムズしてくる。正直、ここで終わらせたい。
だがしかし! ここであたしだけ貰うってのはフェアじゃないわよね。
「学、口を開けて」
「い、いや、俺は―――」
「問答無用!」
あたしは恥ずかしさで手が止まるよりも先に学の口に自分が使ってたスプーンを突っ込んだ。
そして、口から引き抜いたことで光沢を帯びたそのスプーンを見て思わずゴクリと唾をのんでしまった。
意識しない。意識しない。意識しない。意識しない。意識しない。
そう念じながら食べたが自分のスイーツの味がしなくなるほどには意識しまくった。
それは学も同じだったようで、正直あたしが知ってる中で一番静かな食事になった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')