第191話 陽気乙女の星降る夜#2
―――生野莉乃 視点―――
「この服がいいかしら。それともあいつの好みはこっち?」
現在、あたしは姿鏡の前で自分の体に服を重ねながらどの服装がいいが吟味中である。
というのも、今日は学と約束した勉強会の日、もとい! アタックチャンスの日!
というわけで、出来る限りあいつの趣味嗜好に合わせて服装を着飾りたいんだけど......今更ながらにあいつの好みとかって知らなくね?
とりあえず、あたしらしさってのは出したいからあたしの感性も含めるとしても、どんな服装が効くのか全然想像つかない。
アイツがヲタクってことを考えると......アニメのヒロインが着そうな服が良い感じ?
でも、全然そういうの見て来なかったし、今更どうすべきかもわからない! というわけで却下。
「ハァ、うだうだ考えててもしかたないわよね。ここはもうあたしらしさに全振りして部屋着でいくか。
ここはあたしの家よ? 何を遠慮する必要があるのかってね」
というわけで、自前のオフショルダーの服を着て、ショートパンツのデニムを履けばザ・あたしって感じの衣装の完成!
アイツってニーソフェチもしくはタイツフェチだったりするのかな?
そうじゃなければ、裸足の方が楽でいいんだけど。
ともかく、これがあたしの戦闘服! さて、戦うわよ!
―――数分後
―――ピンポーン
インターホンが鳴り、テレビドアホンで学が来たことを確認すると「今行く」と伝えて玄関に向かっていく。
吸い込まれるように足早に歩いてしまうのはアイツのせいだろうか。
「おはよう、よく来たわね」
「そりゃ、お前から誘われたしな。お邪魔します」
学を玄関に招き入れるとあたしは平静を装いながら声をかけた。
それに対し、アイツも自然体な感じだけど、よく見れば目が泳いでいる。緊張してるの丸わかり。
まぁ、あたしも同じなんですけどね!
さっきから心臓がバクバクしてたまらない!
顔が勝手に熱くなってくるのを感じる!
あっれ~? あいつってあんなカッコよかったっけ?
しばらく顔見てなくて、その時の間に思い出してたアイツの顔ですらかなり美化されてると思ったのに、それを超えてくるってことあんの!? こう思ってるのあたしだけ!?
お、おお落ち着きなさい、あたし!
これから惚れさせようって時にあたしの方が惚れ直してどうするわけ!
あたしの目標はアイツをメロメロにしてこの乙女戦争から勝ち抜くこと!
そのためにはこんなことでいちいち動揺してられない!
前回のアイツを手玉に取ってたあたしを思い出すのよ!
ま、一人の力じゃなかったけど。
「あたしの部屋はこっちよ。って、もう覚えてるんだっけ?」
「いや、一回来ただけじゃさすがに覚えねぇよ」
「ふふん、覚えてくれてもいいのよ?」
ど、どうかな? あたし、ちゃんと普通を装えてる?
だんだんと正常に頭が働いてるか不安になってくるんだけど。
一先ず、学をあたしの部屋に入れていく。
すると、学も緊張してるのか「お邪魔します」とまた言って部屋をキョロキョロと見渡し始めた。
ちょ、やめてよ......そんな見られると恥ずかしいじゃん。変なもの隠し忘れてないよね?
「どう女の子の二度目の部屋は? ドキドキしちゃう?」
「......あぁ、そうだな。い、今の感情でここに来るとまぁそりゃ......」
「そんなリアルな反応は求めてない!」
「!?」
や、やめてよ! そこは茶化していくのがあんたでしょ!?
いつもみたいにこっちを弄ってきなさいよ!
変にリアルな反応されるとこっちが反応に困るのよ!
ヘイ、ボケていいから! カモーン!
「ち、ちなみに、これがあたしの部屋着なんだけど......どう?」
あたしは両手を広げて自分の部屋着を学に見せた。
それに対し、学は何かを言おうとするも一度手を口で塞いで、数秒後にコメントした。
「エロい。特に肩と脚が」
「そう、その反応! その真顔を見て“何言ってんだコイツ”って思いたかったのよ!」
「俺は楽だがいいけどお前はそれでいいのか?」
ともかく、今この場にドキドキした気持ちが過多だから、茶化してでもあたしが正常に判断できる程度には空気を戻しておきたいのよ。
あんたの初々しい反応は実に可愛くて好きだけど......ってそうじゃなくて!
あ、甘く見てたわ。好きな人を家に呼ぶことがこんなにもレベルが高いことなんて。
「い、今から麦茶持ってくるからそこで大人しく待ってなさい!」
あたしは学にそういうと部屋から出てその場でドアに寄りかかった。そして、両手で顔を覆っていく。
く、苦しい。色々ともう。心音はさっきからうるさいし、頭は真っ白になるし。
前に部屋へと招いた時はアイツへの若干の恨みや気持ちを自覚させたいという目標があったからこっちが主導権を握れたもののを。
今はその助けもなく自分でどうにかしなきゃいけないこの状況がどうしようもなく辛い。
くぅ~、こんな所で根を上げてたまるもんか! そっちがその気ならこっちもやってやるわよ!
「一先ずこの火照った体を冷ましに行こう」
そう思って洗面台に向かって鏡と向かい合えば、どうしようもなく赤らめた自分の顔が映っている。
これが興奮した自分だと思うとなんというえげつない羞恥心の波が。
かなり酷い顔をしてる気がする。控えめに言って気持ち悪い。
だけど、さっきから絶妙にニヤケ顔が止まらない。
蛇口レバーを上にあげて水を出していく。
流れ出る水に両手を入れて、両手で水をすくっては顔にかけてった。
全然体の中の体温が引いた気はしないけど、少なからず気持ちが切り替わった......いや、リセットというべきかもね。
「アイツも今頃同じ気持ちになってんのかな......」
排水溝に流れていく水をぼんやり眺めながら、もはやちゃんと働いてるかもわからない思考でそう呟いた。
そう思ってくれてたら嬉しい。それだけ自分のことを意識してくれてるってことなんだから。
でも、それを他の子達にも同じように感じてるならそれはムカつく。
「でも、ここにいるのはあたしと学の二人のみ!
だったら、他の子達なんか目に入らないぐらいにアピールしてやればいいだけのこと!」
そのために家に一人のなる今日を選んだんだから!
二人っきりでドキドキシチュエーションを......。
―――聞こえますか、莉乃ちゃん。私はあなたの心の雪です。
あれ? ゆきっちの幻聴がする?
―――二人っきり。実に素晴らしいと思います。そこに想い合う男女が二人っきり。ふふっ、楽しみですね。
や、やめて! ゆきっち! 今この状況であたしの心をかき乱そうとしないで!
―――想い合う男女。誰にも邪魔されない空間。溢れ出る甘い空気。となれば、やることは一つ。そう、×××です。
ゆきっち!? それはさすがに早いというか......まだ付き合ってもないんだけど!?
―――大丈夫です。ドイツでは互いに体の相性を確かめてから初めて付き合うとも言いますし、日本ではその過程が逆なだけです。
何も大丈夫な話になってないんだけど!?
あたしが今この状況でそれをやったらもう泥沼確定じゃん!
―――さぁ、性を開放しましょう。男女の愛の育みは自然の摂理です。
揃いも揃ってあたしの友人はそっちばっかりに話を持っていくんじゃないわよ!
というか、ゆきっち! あんたの布教活動のせいであたしの友人が二人も堕ちてるんだけどそこについての言及は!
―――性を解放させたのです。
ただのビッチに成り果てたんだけどー!? ゆきっちの趣向をあたしにも布教させるなー!
―――ふふっ、もう手遅れですよ。なぜならこの声が聞こえてる時点であなたはもう信者です。
「ゆきっちーーーーーー!」
あたしは邪念を振り払うようにもう一度顔を洗った。
おかげで邪念は振り払えたが、「二人っきり」という事実は変わらないことにあたしは悶えるほかなかった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')