第189話 そういうことにしといてくれ
俺は今とある気持ちに猛烈に襲われてる。それは―――モフりたいということだ。
きっかけはとある昼下がりの帰り道、俺は軒下で涼む猫達を見てしまったのだ。
その猫達は親子だったらしく、親が子供を毛づくろいしてる場面はなんとも癒しがあった。
だが、同時に俺の中に潜むあの特有な猫の毛を触りたいという感情も出てきてしまった。
その感情は次第に俺の脳内を支配していき、やがてこのまま放置していれば色々な場面で支障が期すかもしれないという所まで来てしまった。
ということで、俺は近くにある猫カフェに行ってみたいのだが......ほら、あるじゃん? 妙に一人では行きずらいやつ。
女性客の多い店でもデザート求めて一人で行けるほどの胆力はあるはずなのだが、どうにもそこには妙な気恥ずかしさを感じてしまっている。
―――ピロン
「ん? げ、花市」
突然のレイソの相手は俺の腐れ縁幼馴染。
こいつから突然メールが来るたびに身構えてしまう。
もうこれは一種の生理現象だな。
小さい頃に刷り込まれた苦手とする感覚が体に現れてしまっている。
「で、何の用だ?」
しかし、あいつが用もなくメールしてくるとは思わない。
逆を言えば、メールをしてきたら必ず何か裏がある。
『これからしばらく出かけるさかい家におるおっきな猫を預かってくれしまへんか?』
「猫? あいつの家って猫なんかいたっけ?」
去年あいつに家に連行された時のことを思い出してみたが、あの時に猫なんていなかったはずだ。
もしかして、あの後に猫でも飼い始めたのか?
「どのくらいの間?っと」
『今回はとりあえず今日だけで十分どす』
「今回はとりあえず?」
なんかおかしな文章だな。こりゃ絶対裏があるぞ。
そう思っているとインタホーンが鳴った。
今は両親も沙夜も出かけてるので俺が出るしかなさそうだな。
なんだか嫌な感じをしながら俺はドアを開けるとそこには―――昴がいた。
「......確かにデケェ猫だな」
昴の格好は頭にカチューシャ、首元には首輪みたいなチョーカーをつけて、夏にも関わらず上下ジャージ姿であり、両手にはメイド喫茶でしかみないような着ぐるみのような猫の手をつけている。
「......」
「......暑い中ご苦労さんです」
「......中に入ってもいい?」
「どうぞ......」
昴の顔は酷く真っ赤であった。
夏の暑さにやられたというよりは俺の家の前でそんな恰好で放置させられたことに対する羞恥心という感じだろう。
「......なぁ、その格好は?」
「お嬢様がつけろって」
「あ、いや、その猫耳とか手の方は察しがついてるからいいんだけど、その上下ジャージはさすがに暑くなかったか?」
「暑いけど脱ぐわけにはいかない!」
なんか凄い確固たる意志を持ったような断言っぷりだったけど。え、逆に気になってくるんだけど。
とはいえ、昴がここまで顔を赤らめるなんてのも珍しいので一先ずリビングで涼ませよう。
昴をソファに座らせる。すると、色々と緊張しているのか姿勢がやけに正しい。
「いいよ、もっと楽な体勢で。その手のやつも外していいから。後、麦茶でも飲む? 冷えてるけど」
「ありがたくいただくよ」
俺は麦茶を用意して昴の前の机に置く。
そして、昴の横に座ると尋ねた。
「花市から何を命令された?」
「ぐふっ」
聞いた瞬間、昴は飲んでいた麦茶でむせてしまった。
あ、アイツ、昴にどんな無茶な命令出したんだよ。
「ご、ごめん......」
「いや、いいけど......本当に暑くないのかその格好?」
「正直言うと暑い。出来れば脱ぎたいけど、出来れば脱ぎたくない」
「すっげー矛盾。冷房の温度下げるか?」
「でも、それだとがっくんは寒くなっちゃうでしょ?」
「いや、着こめばいいだけだし......」
「そっか、ならよか―――やっぱダメ!」
「!?」
昴は突然自分で自分の言葉をぶった斬るとみるみるうちに顔を赤らめて俺に聞いてきた。
「がっくん、笑わないって信じてるよ?」
「......?」
そういって昴はジャージのズボンを脱ぎ始め......え?
昴の下の格好を極端に言い表すなら下着であった。
詳細に言うなら陸上のユニフォームの下みたいな。
とにかく言いたいのはえげつないほどに短いズボン(と言ってもいいかわからないもの)で、そこから先はすらりと伸びた色白の生足であった。
「くっ.....!」
昴は羞恥心に耐えながら背負ってきたリュックから着ぐるみの猫足を取り出すとそれを履いていく。
あ、その、えーっと、これは?
「ありがとう、笑わないでくれて」
「あ、どうも......」
いや、衝撃的過ぎて笑えねぇよ。
つーか、エロ過ぎるだろ。え、なに、なんでこんなことに?
「え、そんな! でも、これが限界で......くぅ」
昴は突然内なる自分と会話するような行動を見せるともう今にも穴があったら入って一生閉じこもっていたいみたいな真っ赤な顔で俺に告げる。
「がっくん、もういっそ笑い飛ばしてくれ」
「え、どっちよ―――!?」
昴がそっとジャージのチャックに手をかけるとゆっくり降ろしていく。
そこからすらりと細い首筋からエロスすら感じる鎖骨と来て見えてきたのは―――猫下着のブラであった。
俺は咄嗟に昴の手を掴むと下げたチャックを元に戻していく。
あ、あ、あの花市めー!
自分の一番の親友でもある執事に対してどんな命令をしてやがる!
ジャージ姿で隠してるとはいえ、猫下着つけた昴を人の家に放置していくとか正気じゃねぇ!
「昴、もういい! ここに花市はいない! お前を縛るものは何もないんだ!」
そう言っても昴はチャックを頑なに降ろそうとする。
「だ、ダメなんだ! ボクは花市家に仕える者としてこの使命を果たさなければいけないんだ!」
「アイツが見てないのにそこまで忠誠心を掲げようとしなくていい!
というか、その格好はマジでヤバいから!」
「それはボクなんかじゃヤバイくらい似合わないってこと?
なら、いっそ思いっきり笑ってくれよ!」
「いや、俺の理性的な問題の話で! くっそ、全然やめる気がない!」
昴の力の方が強いのか徐々に降ろされていく。
くっ、なんでこんなことに! 俺のせっかくの休日が!
それにもうこれ以上昴に言ったところで昴は脳処理限界状態だから何も聞こえないだろう。
その時、俺はふと昴が内なる自分と話している所を思い出した。
俺がもし花市だったらこんな面白い場面を見ないはずがない。
すなわち、花市はなんらかで俺達を見ている。
そして、一番怪しいのはこことここだー!
俺は昴からバッと手を離すと素早く昴の耳にかかっている髪をかきあげ、そこにあるイヤホンを外す。
案の定ありやがったな。
そして、続けざまに昴のチョーカーも外していった。
それをよく見ればカメラみたいなものがついている。
「ハッ、ざまあみろ」
壊すのはさすがにやりすぎなのでそっとカメラをそっぽ向けて机に置いた。ついでにイヤホンも。
「昴、これで危機は去った。もう安心していいぞ」
「あ、ありがとう。少し横にならせて」
「あぁ、好きなだけいい―――ぞぉ!?」
昴がバタりと横に倒れた。
それは結果的に膝枕してあげたみたいな構図になり、これはこれで恥ずかしい。
後、チラチラと猫下着に目が行ってしまう。違うことを考えよう。
......ん? それにしても、この昴の格好って猫だよな?
あれ? ということは―――
「これもある意味猫と戯れてね?」
そして、その後正気を取り戻した昴と遊んだもしたので、これは実質猫カフェを体験したと言ってもいいだろう。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')