第187話 今思えば一番わからない可能性すらある
現在、清々しい晴天で遠くに見える漫画のような入道雲をぼんやり見ながら自転車をこいでいるが、今の俺は注意力が散漫も甚だしいだろう。
というのも、頭の中で何回も雪の花火を見終わった後のやり取りを思い出してしまうのだ。
あれを告白シーンと呼ばずにしてなんと呼ぼうか。
俺もあれを勘違いするほど愚かじゃない。
とはいえ、正直心中は複雑といえよう。
というのも、俺はしっかりと雪を純粋な「雪」として見れているかが不安なのだ。
何を言ってるか分からないと思うが、これまで―――自分の気持ちに気付く前の俺は雪のことを「妹」のような、もっと言えば「娘」のような見方をしていたと思う。
それは俺と雪の最初の関係値が関係してると言える。
最初は俺が結弦達に雪の対人恐怖症を治して欲しいと依頼され、俺は雪と対面することになった。
それはいわば患者とカウンセラーのようなものだ。
それが途中から家庭教師と生徒みたいな感じになり、やがて俺も自分のトラウマに頑張って向き合う雪に愛着が湧いて、なんらかで成果を出すたびに育て親のような感動を感じた。
その気持ちが俺が自分の気持ちを自覚した後も引きづってるんじゃないかと心配になるのだ。
もしそうであるならば、俺は雪としっかり向き合えてないことになる。
雪の海や夏祭りの頑張りはもはや恐ろしいほどに理解した。
その姿勢は俺を高血圧でぶっ倒す気かってほどだったし。
だからこそ、俺の気持ちに少しでもそういう目が合ったとしたら、とてつもなく雪に失礼で申し訳なくなる。
「ハァ......そう考えると余計にそう思えて来るな」
「―――そこの少年、止まりなさい」
「っ!?」
突然の声に驚いて思わず急ブレーキをかけていく。
やっべ、ぼんやり漕いでたのが前方不注意になったか?
そう思ったのも束の間、目の前にいるのはオシャレな夏服をした姫島の姿だった。
「ふふっ、驚いた?」
「心臓に悪いからやめてくれ」
「そうね。さすがに危険だったかもしれないわ。
でも、ぼんやりしながら運転していたあなたも十分に危険よ?」
「......悪い、少し考え事してた」
それに対し、姫島は「せっかく会ったんだから少し話さない?」と提案してきたので、俺はそれに乗ることにして自転車を降りると姫島の横に並んで歩く。
「お前はどこか行くのか?」
「図書館ね。課題も何かと多いからそこで集中してやろうかと。後、涼しいし。あなたは?」
「俺は艦〇れの一番くじやるみたいだからコンビニまで」
「なら、こんな所で話してないで先行った方がいいんじゃない?
お目当てのものが消えてしまうかもよ?」
「いや、いい。俺にとってはお前らと話す方が優先度が高い。
くじの方は当たらないように祈っとくさ」
「あら、嬉しい。あなたがそこまで私のことを考えてくれるなんて。
想像するだけで妊娠してしまいそうだわ」
「俺のツッコミで対処できる許容を超えたボケをいきなり突っ込んでくるな」
姫島はお腹をさすってはポンポンと叩いてる。
なんだろう、それだとよく食ったみたいに見えるぞ。
「にしても、随分と上の空の危険運転だったけど......その内容を言い当ててあげましょうか?」
突然話題を変えたかと思いきやそのようなことを告げてきた。
その目はこちらのことなど全て見透かしたような目で、返答が非常にしづらい。
「妬けちゃわ、全く。そんなに雪ちゃんとお楽しみの夜をしたの?」
「確かに時間帯は夜で楽しかったけれども。その言い方だとアッチの方に聞こえるぞ」
「あらやだ、最近の若い子は手が早くて困るわ。
その漲るリビドーで次に襲われるのは誰かしら。
もしかして私? まぁ、私の体はさぞ男受けしそうな体型だし、こう見えても尽くすタイプだから―――」
「長い長い長い! ボケが長い! 俺のターンをよこせ!」
「嫌よ、寄こしたらよその女との熱い夜の話をするんでしょ?」
「よその女って......」
もちろん、姫島の言い方は完全におふざけということは理解している。
姫島が雪に対して本気でそう思うことはない。
そんなことを本人も認めるように笑いながら告げた。
「ふふっ、ごめんなさい。つい出会えたことに舞い上がってしまったわ。あぁ、私ったら単純な女」
「いいや、お前こそ真に理解できないタイプの女だと思うぞ。
正直、俺と雪の夏祭りのことを知っておいてここまで優雅にボケれるなんてな」
もちろん、俺が言えたことではない。
現状、五股のような俺は問答無用で戦犯だ。
とはいえ、それはそれとして俺と姫島の関係がそういうことも言い合える仲だからこそのこの会話である。
しかし、こいつの余裕ぶりはどこか気になってしまう。
こういうのって普通は嫉妬してしまうものではないのか?
それに対し、姫島は軽くスキップしながら答えた。
「そうね、もしかしたら嬉しいのかもね」
「嬉しい?」
「おかしな話かもしれないけど、私ってば恋に頑張る女の子って好きなの。自分がそうだから。
だから、誰かが頑張ってると思うと見ていて嬉しくなるの」
「わからない感覚だな。それって自分の首を絞めるようなものじゃないのか?」
「そうね、茨の道を進んで歩くというか、自ら茨の道を作って進んでるようなものよね。
あら、こう考えると私ってばMっ気があるのかしら? あなたはどう思う?」
「いや、そんなこと聞かれても答えづらいわ」
「あら、残念。ちなみに、答えてくれたらそっちの方向にシフトする気でいたわ。
うん、鞭を持つお嬢様もお仕置きを望むバニーもどちらもいいわ。興奮する」
「元気スキップしながら考えることではない」
姫島は「ふふっ、そうかしら」と振り返って笑った。
俺と話し始めてから終始楽しそうだ。
逆を言えば、負の感情を全く見せない。
それが俺の姫島に対する認識をおかしくさせる。
やっぱり普通は好きな人が別の女の子と仲良くしていたら一定値の嫉妬というのは感じるものじゃないのか?
嫉妬という感情は人間がもっとも捨てきれない感情とも言われてる。
当然だ、自分以外の誰かが存在した時点で何かに優劣が生じてしまうのだから。
だから、他人を羨む気持ちは決して無くすことは出来ない。
嫉妬はその気持ちの負の側面を強くしたような感情だ。
つまりは姫島も嫉妬という感情を持っているはず。
しかし、これまでの姫島の言動に決して嘘をついたように見えなかった。
近くに公園が見えてくると姫島はそこにある自販機に駆け寄っていき、そこで飲み物を買っていく。
そんな姿を見ながら俺は自身の率直の気持ちを答えた。
「今更になって俺はお前のことが分からなくなってきた。
お前はずっと俺のそばにいて、俺はそんなお前を見てきて大抵のことを知った気になっていたが......もはやそんな自分が愚かしいと思うほどには」
「あら、女の子の全てを理解しようって本気で思ってる?」
そう言いながら缶ジュースを投げ渡された。どうやらくれるらしい。
俺は「ごちになります」とお礼を言っておくとプルタブに指を引っかけて開けると口をつけた。
「さて、あなたは今その缶ジュースを飲んだけど、その飲んだ分があなたが今日私を知った情報量だとすれば、あなたは私の全てを知るのにどれくらい時間がかかるのでしょうね」
そう言って公園の水飲み場に腰掛け、ペットボトルのお茶を飲み始めた。
なるほど、俺が姫島という存在を缶ジュースほどだと思っていたら、実際はペットボトルの量でその差分だけ知らないことがあるってことか。
もしくは、その腰かけた水飲み場のようでもはや一生かけても飲み切れない存在かもしれない。
「もしくは、あなたのさっきの一口でもう既に私という存在は言い表せてるかもしれない......あなたはどう思う?」
「はは、それだけはないな」
俺はそう言って再び缶ジュースに口をつけ、冷たいジュースを喉に流し込んでいく。
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