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第186話 静かな乙女の快進撃#10

―――音無雪 視点―――


 夏祭り当日が......やって来てしまいました。

 私は少しでも大人っぽく見えるように藍色を基調とした朝顔の花が散りばめられた浴衣を着ています。


 待ち合わせ場所は神社の鳥居。

 時間帯は午後6時前で、もう既に遠くに見えるお祭り会場では多くの人で賑わっています。


 うぅ、正直この人混みだけで酔いそうです。

 ですが、今年行く予定の夏コミではこの比じゃないと沙由良ちゃんから聞いています。

 なので、人馴れはとにかく実践あるのみですね!


 しばらくしていると待ち合わせの5分前ぐらいで影山さんが来てくれました。

 ほぉ、影山さんは甚平姿ですか。いいですね、いいですね! 素晴らしいですね!


「ごめん、遅れたか?」


「大丈夫です、エロカッコいいです。

 あ、間違えました、間に合ってますから大丈夫です」


「間違えるにしても斬新過ぎない?」


 思わず本音が漏れてしまいました。

 とはいえ、私が夏のイベントを口実にまともに誘えるのといったらこれぐらいかもしれません!

 今日の目標は攻めまくるです!


「それじゃ、早速行きましょう」


 そうして、私は祭り会場に行き、勢いよく人々が渦巻き歩く本流へ足を一歩踏み出し―――流されました。


 あ、あれぇ? 影山さんの姿がどんどん遠くなっていきます!

 あ、でも止まれない! 助けてぇ!


―――数分後


「うぅ、やっと抜け出せました」


「やっと追いついた」


 前から後ろから巨人のような人達にぎゅうぎゅうに押し付けられて、それでもなんとか横へ横へと移動してやっと露店と露天の間のスペースへと抜け出すことが出来ました。


 な、夏祭り、なんて恐ろしいイベントなんでしょう!

 いつも私が見る小説や漫画では楽しそうに歩いているのに、もはやまともに歩くスペースがありません!


「大丈夫か、雪?」


「はい、大丈夫です。ですが、だいぶ体力を消耗しました」


「まぁ、雪は俺よりもインドアだからな。

 俺だってきつかったんだから余計にしんどいだろうよ。少し休むか?」


「いいえ、大丈夫です」


 きつい、確かにきついですがこんなことで今日という大事なイベントを潰すわけにはいかない。

 それにもう少し先に進めばここよりも道幅が広くなってるから動きやすいはず。

 今日の私は頑張る! たとえ明日筋肉痛で動けなくなろうとも!


 しかし、このままいけば先ほどの二の舞になるだけ。

 となれば、こ、これはもはやあの手しかないのでは!? 

 や、やってやります! なんせ一度勢いで成功させてるのですから!


 高まる鼓動。やや浅くなる呼吸。

 顔の熱さをそのまままに勢いまかせに両手で影山さんの右手を握ります。


「ゆ、雪!? どうした!?」


 たったこれだけの行動で心臓が爆発しそうな勢いですが、最悪それも本望という感じで進みましょう!

 やったれー! 私ー!


「こ、このままだとまた先ほどみたいになってしまいますから、ね?」


「......っ! そ、それもそうだな」


 そう言って、影山さんは私の左手を握ってくれました。

 温かくて少しゴツゴツした大きな手が私の左手を包む込んでいきます。

 はわわわ、これが手をつなぐ!? 二度目なのになんて威力!

 私の体力は最終目的の花火大会まで持つのでしょうか!?


 し、しかし、「男の据え膳攻めねば恥」と沙由良ちゃんから教わりました。


「それじゃ、行くか」


「は、はい.......」


 そして、私は手をつないだドキドキで周囲が気にならなくなりました。

 というか、むしろ意識しすぎないように周りを意識したいのに全然できないというべきか。


 こ、これが夏祭りイベントか~~~~~! 恐ろし過ぎる~~~~~!

 私の手、今だいぶ手汗凄いですけど嫌な気分にさせてないでしょうか?


 ちらっと、影山さんを見ると自慢のポーカーフェイスで誤魔化してますが耳が真っ赤です。

 これは意識してらっしゃるということでよろしいのでは?


「な、なんか熱いな~。人混みの熱気にあてられたかもしれな。かき氷でも食わないか」


「いいですね。今なら白米でもいいです」


「なんで?」


 その顔だけで普段おかわりは絶対しない私でもおかわりすると思います。

 そして、私達はかき氷の露店に訪れると私はレモン、影山さんはブルーハワイを選んでいきました。


「「くぅ~~~~」」


 火照った熱を冷ますように二人でかき氷をかき込むと当然のようにアイスクリーム頭痛に襲われて二人で悶絶。


 そして、ふと目が合うとそのおかしさに自然と笑いが溢れてきました。

 たったこれだけのことで笑えるなんて。

 なんでしょう、今ならいつもよりなんでもできそうな気がします。


 かき氷を食べ終えると今度はバナナチョコの露店を見つけました。


「ふ、二つお願いします」


「はいよ、600円ね」


 い、言えました! 少しだけつっかえましたが、初めて一番スッと言えた気がします!


「凄いな」


「ふふん、私も成長するんですよ」


 思わずドヤ顔をしてしまいました。たったこれしきのことですが。

 ですが、影山さんはそのことに自分のことのように喜んでくれています。


 その笑う顔につられて私の口角も思わず上がってしまいます。

 そして、二人でバナナチョコの美味しさに頬を綻ばせいていきました。


 それから、割とレトロな露店も多いのか型抜きだったり、射的だったり、定番のヨーヨー釣りなんかもしていきました。

 この年の記念とばかりに舞い上がったテンションで狐のお面なんかも買ってしまいましたが。


「ん~、この綿菓子美味しいです」


「そうなのか。良かったな」


「影山さんも良かったらどうですか?」


 私は綿菓子を一つまみして影山さんの口元へそっと手を伸ばしていきます。

 あれ? なんか気が付けば結構大胆なことしてますね。

 けどまぁ、これぐらいはまだ許容範囲です。


「あ、ありがとう」


 影山さんは恥ずかしそうにしながらも私の綿菓子を食べてくれました。

 その時、指先がほんの僅かですが唇に触れてしまった気がします。


 な、なんでしょうか、そう考えると途端に自分の振れた指先に意識が集まって、まるで触れたと確信させるように手が熱くなってきました。


 こ、これは......その指で唇に触れればいわゆる間接キ―――


「雪、凄い顔が真っ赤だけど大丈夫か? まだ熱気にあてられたか?」


「大丈夫......では少しないかもしれないですね、はい。今まさに放熱しなければならないかと」


 そう言うと影山さんは「少し待ってろ」と言ってラムネを二つ買ってきました。

 そして、そのうちの一本を渡していきます。


「これでも飲めば冷えるだろ」


「ありがとうございます」


 私はそれを受け取ると蓋を開けて飲んでいきました。


 うん、冷たくて美味しいです。

 冷たくて美味しいですが......熱源はもっと精神的な面なのでこれを飲んでも冷えるのは体だけなんですけどね。多少はマシになりますけど。


「お、後10分ほどで花火大会始まるみたいだぞ」


 影山さんがスマホで時間を確認しながらそう教えてくれました。


「そうですね。では、移動しましょうか」


「あぁ、だが行く場所は皆がいる場所じゃない。

 特別なお客様のための特別な場所を用意してある」


 そう言って影山さんに案内されるがままに移動したのは待ち合わせをした神社でした。

 そこの神社の暗い木々の間にある階段を上っていくとやがて本殿に辿り着きました。


「俺のとっておきの穴場スポットだ。

 ちょうどここの間だけ木が無くてその隙間から祭り会場と花火が見える。

 時間も丁度いい。さ、始まるぞ」


―――ヒュ~~~パンッ!


 花火大会を始めるように一つの大きな火花が夜空に咲いていきました。

 それを皮切りにいくつもの花火が上がり、星々の輝きを覆い隠すように一瞬のきらめきを見せていきます。


「......」


 思わず言葉を失ってしまいました。

 それはもしかしたらあまり現実感が伴わなかったからかもしれません。


 私の過去は振り返っても目を背けたくなるような日々でした。

 小さく引っ込み思案だった私の小学生の頃はロクな友達も出来ずに、本を友達だと思ってずっと孤独に過ごしてきました。


 中学からは変わろうと思った矢先に出来た友達はいじめっ子になり、そのいじめっ子によって私の他人と関わる意思はほぼ消えたと思っても過言ではなかったです。


 ですが、そんな私に転機が起こったのは高校一年生のまだ入学して間もない頃。

 私がまともに人と話せないようになり、クラスでも浮き始めた頃に友達の紹介で影山さんと出会いました。


 影山さんは私のために色々なことをしてくださり、どこまでも味方でいてくれようとしてくれました。


 例え影山さんに私を何かに利用しようとする打算的な目的があったとしても、私が変わりたいという気持ちにはどこまでも真面目に受け取ってくれました。


 仕舞には私にトラウマを克服させるなんてこともしましたが......そのおかげで今こうしていられるのであれば、存外悪くない思い出です。


「......」


 ふと隣を見れば僅かに届いた様々な色の光が影山さんの顔を照らしていきます。

 その目はどこまでもキラキラしていて、見れば見るほどずっと見ていたくなるような気持ちにさせ、心が熱くなってきます。


 そして、花火に目線を移せば最後の勢いを見せるように夜空を昼間のように明るくさせ、どこか寂しくさせるように一瞬にして終わりました。


「花火......終わっちまったな」


「そうですね」


 しみじみと呟く影山さんの言葉に私も頷いていきます。

 しかし、その言葉とは裏腹に私の心は熱く滾っていました。


「影山さん、今日は私の誘いを受けてくれて本当にありがとうございました」


「いやいや、気にすんなって」


「いえ、大事なことです。

 今の私がここにいるのは私自身の成長をずっと応援してくれた影山さんの存在が大きいのです。

 ですから、私はずっと感謝しています。

 こうして幸せな気持ちが抱けるのは影山さんのおかげだと」


「大げさだな」


「それぐらい大きいんですよ。

 そして同時に、その幸せをもっと掴みたいと欲深い女の子にもなってしまいました。

 これも影山さんのせいですよ?」


 あぁ、きっとこの胸に宿る熱も夏のせいですね。

 あの花火は盛大な光とともにすぐに消えてしまいましたが、私はそう簡単に消えてやりませんよ。


「影山さん、きっと小説のヒロインならここで色んなことを伝えるのでしょうが、私は気持ちが今にも飛び出そうで言葉がまとまりそうにありません。

 ですので、私が一番らしく私の気持ちを伝えられる方法で影山さんに言いたいことがあります」


 そして、そっと息を吸うと私はその心に籠りに籠った熱を全力で吐き出すように笑顔で告げました。


「月がとっっっっても奇麗ですね!」


「......っ! あ、あぁ」


 影山さんはその意味をしっかりと理解してくれてるようで、顔を赤くして照れてくれました。

 その表情が嬉しくて仕方ありません。とはいえ―――


「......では、私は先に帰りますね」


 そう言ってそっと顔に狐のお面をつけました。


 もう顔の熱とニヤケが止まりません。

 頑張りました! 頑張りましたけど......羞恥心がものすごい!

 これ家帰って思い出して死ぬやつです!


「あ、雪、さすがに暗いから送ってく―――」


「ご心配なくううううぅぅぅぅ!―――あ、鼻緒が切れた」


 その後、私は終始狐の仮面で表情を隠しながら、告白した相手に鼻緒を直してもらうという拷問を受けながら家まで送ってもらいました。


 その後の私は.....ご想像にお任せします。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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