第184話 静かな乙女の快進撃#8
―――音無雪 視点―――
この私に......日焼け止めイベントが立った!
その事実に私は衝撃を隠せません。
恥ずかしい以上に固まってしまいました。
それに対し、影山さんはだいぶ勇気を振り絞って返答したのか顔が真っ赤です。
パラソルの日陰の下なので余計にわかってその照れがこっちまで伝播してきます。
た、たたた確かに私は日焼け止めイベントを成立させるためにそれらしい言葉を言いましたが!
言葉とは裏腹に覚悟を持っていなかったといいますか!
言うことが大事でその後の展開は悲観的に見ていたといいますか!
本当にどうしましょう!?
このまま私はこう水着を脱いで背中を向けながら情欲を誘う感じで―――
「ハッ!」
そう脳内で鮮明にイメージしながら胸元を触れていると私は衝撃の事実に気付きました。
......あ、私の水着ワンピースタイプですやん。
がっつりイメージしてたのはビキニタイプでこう......水着が落ちないように胸元を抑えながら、首元にある結び目を解く感じでしたが、そもそも水着の種類が全く違いました。
もし、ワンピースタイプでやろうものならただの痴女です。
ましてや、私の見た目から周囲が影山さんを誤解して社会的に殺してしまいかねません。
くっ、ビキニを着てもあまり魅力的じゃないとか、一歩間違えれば影山さんを犯罪者にしてしまうとか、やはり低身長が憎いです。
もちろん、低身長はそれはそれでいい所もありますが、例えば高校生でありながら子供料金で行けたり(行ったことないですが)、影山さんからもよく撫でて貰えます(小動物的な目ですが)。
仕方ありません。
私が本来想像していた日焼け止めイベントとは違いますが、むしろ背中を塗ってもらうという行為が無くなった以上ハードルが下がったとも言えます。
「雪、大丈夫か?」
「はい、それでは腕をお願いしていいですか?」
「あ、あぁ、わかった」
私が腕を差し出すと影山さんがその手に触れていきます。
その瞬間、まるでそこに神経が集中してるようにビクッとしてしまいました。
「雪!?」
「大丈夫です。生理現象です」
「いや、聞いたことないけどそんな生理現象」
ま、まさか好きな人に日焼け止めを塗ってもらうのがこんなにえっちぃイベントとは思いませんでした。
ただ腕を塗って貰ってるだけなのに妙にドキドキが止まりません。
完全にタカを括ってました。
これはもし背中をしてもらっていたら恥ずか死してましたね。
影山さんが丁寧に塗っていきます。
それが妙にこそばゆくて、我慢しますが思わず足の指をギュッと動かしてしまいます。
そんな時間は結果から言えば数分でしょうが、私の体感の方でいうと一時間ずっと撫でまわされてる感じで死にそうです。
「よし、終わり。雪、さっきから妙にモゾモゾしてたが変な場所触ってないよな」
「だ、大丈夫です。なにもされてないです。
ただ―――日焼け止めを塗らせるって人の精神を殺せるんですね」
「ごめん、それに関してはさっぱしだ」
いえ、実にこっちのことなので気にしなくていいです。
なんでしょう、感覚としては「推しと握手した。もう死んでもいいい」みたいなヲタクの気分とでも言いましょうか。
恥ずかしいですが多大なる幸福感に包まれています。
あぁ、死んでもいい.....ハッ! 完全に出てました!?
さすがにこれ以上の恥ずかしさには耐え切れないので足は自分で塗っていきます。
しかし、妙に影山さんに塗って貰っていたことを思い出してしまい、妙な気分になってきました。
ダメです。私は今純粋な恋愛イベントをこなしてるのです。鎮まれ、煩悩!
「か、影山さん、海に行きましょうか」
「あぁ、それはいいけど......妙に汗が凄いけど大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。発情していただけです」
「それはだいぶ言葉のチョイス間違ってる気がする」
気を取り直して私は影山さんと海へと繰り出しました。
海辺で水をかけあったり、ビーチボールをパスしあったり、少しだけ浜から離れた所まで泳いでみたり。
最後の場合は上手く泳げない影山さんが浮き輪を使っていて、周囲から「普通逆じゃね?」的な目線が送られてきましたが、ご心配なくこれが私達の普通ですから!
「「ふぅ~、泳いだ~!」」
二人して海を堪能して程よくお腹が空いて浜へと上がりました。
「んじゃ、そろそろ飯食いに行くか」
「それなんですが、全てを私に任せて影山さんは見ていてくれませんか?」
その言葉に影山さんは一瞬不思議そうな顔をしましたがすぐに私を信じて「わかった。任せる」と言ってくれました。
さすが影山さんです。今私に一番欲しい言葉をくれます。
というのも、私がこの海に来る際......いえ、影山さんとデートする際に目標を決めていました。
それは影山さんに私はもう大丈夫であると示すことです!
あ、すみません、抽象的過ぎましたね。
私が影山さんに見せたい姿は全く知らない人にしっかりと自分の言葉で会話をする姿です。
私がこれまでこういう風に話せてきたのは全て私に関わりの深い人達で、今は影山さんしか意識してないから平然と話せています。
しかし、今も知らない人に話すのはだいぶ怖いです。
特に私は小さいから背の高い人達の見下ろす目がどこか威圧的に見えて、どうにも怯んでしまうんです。
影山さんは自分と同じ目線に感じるといいますか、別に威圧的に見られてもむしろキタコレと思うといいますか......って完全にノロケてます、私!
ともかく、影山さんに私は「もうここまで大丈夫なんですよ」とアピールしたいんです。
きっと去年の文化祭の時からそう思ってくれているとは思いますが、なおさらここでって感じで。
「で、では、一狩り行きましょう」
「だいぶ緊張してんな。落ち着け」
少しぎこちない足取りながらも隣に歩幅を合わせて歩いてくれる影山さんを心頼りに海の家までやってきました。
丁度よく席が空いていたのでそこに座っていきます。
そして、メニュー表を見てこの店名物の焼きそばに決めると私は勇気を振り絞って手を上げました。
「ご注文をお伺いします」
「え......」
相手は女性店員でした。
ですが、その姿がどことなく昔イジメてきた子達の一人に似ていて、その時の光景がフラッシュバックして言葉に詰まってしまいます。
「あ、えっと......その......」
頭が白くなるような、呼吸の仕方がわからなくなるような、そんな感覚で小刻みに手が震えてきました。
言うことは単純なのに......言葉が出てこない。なんで? どうして?
私が言わないといつまでもこのままだし、お客さんも大勢いてこの店員さんにも迷惑をかけてしまう。
どうにかしてメニューを伝えないと。
でも、言葉以外じゃ私の成長した姿が見せれない。
私はもう大丈夫なんだって。
もとの元気な私に戻れましたって。
影山さんのおかげでここまで来れたんですってアピールしたいのにこのままじゃ―――
「っ!」
その時、ふいにスマホから音が鳴りました。
その画面には影山さんからのレイソで「頑張れ」とだけ。
思わず影山さんの方へと視線を向けるとそっと目を逸らされました。
ふふっ、まるで自分は何もしてないように装ってるつもりですか?
しかし、そのおかげで確かに勇気を貰いました。
「や、焼きそばを......名物の二つ、お願いします」
「はい、海鮮焼きそば二つですね? 以上でよろしいですか?」
「は、はい......」
すると、無事に注文が通り店員さんは席を去っていきました。
私はすぐに影山さんを見ると影山さんはお得意のポーカーフェイスで「やるじゃん」と言ってくれます。
本当にそういうさりげない優しさが好きです。
そして、私達は一緒に名物焼きそばを堪能し、その後も一緒に海で遊びました。
途中からどちらが立派な砂山を作れるかという勝負をし、白鷺城を再現してやりました。
ふふん、実はいうと私の砂遊びはそこらとレベルが違うのですよ。
それが終わるとさすがに疲れたのかパラソルの日陰の下で二人でまったりと寝そべっていました。
本当に楽しい時間です。
小説や漫画にある「このまま時が止まってしまえばいい」みたいなセリフがとても心に染みます。
しかし、私としては時間は止まらなくていいと思います。
それはきっと私がこれからも影山さんに成長していく自分の姿を近くで見てもらたいからなのでしょう。
そして、もう一度この景色を見たいなら、そうなる未来を私自身が勝ち取ればいいだけのこと。
「影山さん、私......こんなに楽しい日初めてかもしれません」
「そいつは良かった」
「影山さんに“初めて”を奪われちゃいました」
「ちょ、その言葉は控えて」
「ふふ、ごめんなさい。ついふざけてしまいました」
空が少しずつ茜色に染まり始めてきました。
体力的にもここいらが限界でしょう。
「そろそろ帰るか」
「奇遇ですね。私も同じことを思っていました」
あぁ、このままこの時間が終わってしまうのは寂しいですね。
なんと矛盾した気持ちなんでしょうか。
時間を止めたいとは思わないくせに、このままの時間が長く続いて欲しいなんて。
しかし、物事には必ず終わりが来ます。
この海のデートも今日で終わり。
ですが―――
「影山さん、ここで一つ予定を入れて貰っていいですか?」
「予定?」
「はい、私と―――夏祭りに行きましょう」
このまま私のターンが終わりなわけではないですから。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')