第180話 静かな乙女の快進撃#4
―――音無雪 視点―――
「―――で、私に相談しに来たと?」
「はい......」
夏休みに突入したある日のファミリーレストラン。
今日まで自分なりに様々な小説を参考にして、瑠奈ちゃんにも読んでもらってようやくラブコメらしい話の展開が出来てきた所で一つの壁にぶつかりました。
それは初々しいデートシーンの書き方がわからない! ということでした。
いや、全く分からないということはないんですが、自分にそういうデートの経験があまりにも乏しいので経験豊富な莉乃ちゃんに相談にやってきたのです。
莉乃ちゃんに今やっていることの説明を済ませると嫌な顔一つせずに話を受けてくれました。
「デートシーンねぇ~、そこれそ自分が学と経験したことを書けばいいんじゃないの?」
「それもアリかと思ったんですが、振り返ってみると思ったより引き出しが少なくて......それにやはり本屋やショッピングといった感じは地味なんかじゃないかと感じてる節もあってですね......」
「つまり男女二人で海に行ったり、夏祭りに行ったりの話が書きたいと」
「はい、そうなります。
ここは経験豊富な莉乃ちゃんに是非とも取材をさせてもらいたいと思いました」
「経験ね......確かにあるけどな~」
私がそう尋ねると莉乃ちゃんは少し嫌そうな顔して頬杖をつきました。
もしかして何か嫌なことに気付かずに触れてしまったのでしょうか?
そんな私の顔に気付いたのか莉乃ちゃんは慌てて否定していきます。
「あ、いや、別に答えるのが嫌とかじゃないわよ。
ただねぇ、ロクな思い出がないのよね~。
こっちも遊びだったとはいえ、海とかプールとかに誘われては不愉快な視線で舐め回されるように見られたし、夏祭りの時は下心丸出しの連中ばっかりでなぜか人気の少ない所にやたら誘導してくる奴もいたしであんまり思い出したくないのよね」
「なるほど......海やプールでは舐め回され、夏祭りでは下心も下の息子さんも丸出しだったと」
「待って、その解釈の仕方だと私完全にビッチじゃん。それと下の息子は丸出してない」
「いやいや、大丈夫ですよ。ただのメモですから。しっかりと内容を把握してますし」
「それじゃあ、家に帰った後でその内容を確認したとしても一切邪な感情を持たずにラブコメを書けるということね?」
「......」
「ねぇ、なんで目を逸らすの?」
い、いや、これは......私の専門はR18なんで一応こういうのもネタとして押さえておかないとと思いましてね?
ただ、ちゃんと内容を把握してるのは事実ですから!
そこは安心して......念のためにちゃんと書いておきましょう。
呆れたような目線を送れながらも、私がしっかりとメモし終わるのを待っててくれます。
「莉乃ちゃんにあまりいい思い出が無いのはわかりましたけど、そういう方々って莉乃ちゃんを好きで付き合ったわけですよね?
中には良いとは言えずともマシな思い出はあったりしないんですか?」
「う~ん、大体が自分のステータス上げのためというか、周りにアピールしたいみたいな感じだったのよね。
その他であれば、勝手にビッチみたいな噂が流れて付き合えば一発ぐらいならヤらしてもらえるみたいな勘違い男ばっかな気がする」
「なんか、ごめんなさい.......」
「いいわよ、別に。そう噂が流れるぐらいには恨まれるような付き合い方をしてたわけだし」
「つまり、莉乃ちゃんは純情ビッチで色んな男の人を手玉に取ってたわけですね」
「そのまとめられ方はそれとして酷い言い方してるわよ」
「うっ、ごめんなさい。私のR18脳が莉乃ちゃんを犯せとうるさいんですぅ......」
「あんたは一体何と戦いながらメモ取ってるの?」
ここ最近、官能小説を読んでない影響でしょうか。
どうにも脳内があの官能的表現を欲してしまってるようです。
恐るべき情欲活字!
「ま、そうはいっても結局たくさんのデートをしてきたことは変わりないしね。
要は私のデートプランを聞きたいわけでしょ?」
「そういうことになります。
それでは是非とも影山さんとのデートプランを聞かせてください」
「そうね、学との......ってなんで!?」
え? 違うんですか?
「デートプランとなると当然相手のことを考えてってことになると思いますし、そしてその相手として相応しい人物はすでにいるじゃないですか」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ......それはなんというか恥ずかしいというか......」
「好きならその恥ずかしさも乗り越えられますよ。
影山さんは笑うような人じゃありませんし」
「ちょ、なんか最近随分とグイグイくるようになったじゃん......全くもう」
そう文句を垂れながらも腕を組んで考え始めました。
お、おぉ、今更ながらに純情ギャルの私服姿っていいですね。
加えて、その腕に大きなお胸が乗る感じがとってもエッチです。
「やっぱり無難に夏という季節を活かしたデートになるかな~。
さっき言った海とかプールとか後は夏祭りか。
結局そこら辺がベターな気がすると思うんだけどあんたはどう思う?......雪?」
「ご、ごめんなさい! お胸なんか凝視してないです!」
「いや、別にそんなこと聞いてないけど......というか、私の話を聞きながらどこ見てんのよ」
確かにそこら辺が無難かと思いますが、そんなシーンはどこにでも溢れていて今では味気ないんじゃないでしょうか?
「今、『そんなんでいいの?』とか思ったでしょ?」
「え、はい......思いました」
「確かに言いたいことはわかるわよ?
でも、あんまりトリッキーなものにした所で読んでくれるコンテストの審査員は理解してくれるかしら?」
「と言いますと?」
「あんたのやろうとしてることは既存の料理レシピ通りに作ろうとして、途中でオリジナリティがないことに気付いてレシピにない材料を勝手に混ぜて不味くしようとしてるのよ。
そういうのは多少料理経験がある人が挑戦してやること。
全く触ったことがない人はまずレシピ通りに作るべきよ。
レシピってのはそれ通りに作れば大半の人は美味しくできるようになってるんだから」
あれ? なんでしょうこの気持ち......。
「......」
「どうしたのよ、黙り込んじゃって。なんか変なことでも言ったみたいになるじゃん」
「いえ、そういうわけではなく、まるで影山さんに言われてるような気分になりまして」
「あー、それはもしかしたら考え方が似通ってるからかもしれないからね。
それは前々からあたしも思ってたのよ」
なるほど、そうだったんですか.......あ、ということは!
莉乃ちゃんとそういう経験をすれば創作に活かせるかも!
そう思った途端、私の額に莉乃ちゃんがツンと人差し指を突き立ててきました。な、なんでしょうか?
「今、『私と一緒に海や夏祭りを経験すればいい』と思ったでしょ?」
「私の周りエスパーさん多すぎませんか?」
「いや、それは知らんけども。
ハァ、あんたね......なら、さっきの言葉を言い返させてもらおうかな」
そう言うと莉乃ちゃんは優しい笑みを浮かべながら頬杖をついて言葉を続けていきました。
「せっかく相応しい相手がいるのにどうしてその人と行かないのよ?」
「......」
......え? わ、わわわ私が影山さんとですか!?
それはなんというか恥ずかしいと言いますか、高望みし過ぎなような気がしてならないといいますか。
そ、それに―――
「莉乃ちゃんはいいんですか?」
莉乃ちゃんとて影山さんのことが好きなのことには変わりない。
であればこそ、わざわざ敵に塩を送るような真似をするなんて......。
そう聞くと莉乃ちゃんは大きくため息を吐きました。
「いい? 経験豊富と未経験も甚だしい雪とは天と地ほどのアドバンテージによる違いがあるの。
それは確かに私にとっては有利かもしれないけど、全然フェアじゃないわ。
だから、あんたはそれらを使ってさっさと勝負の土俵に立つことね。
人の心配なんてしなくて大丈夫。私ってばこの手においては天才だから」
「莉乃ちゃん......」
莉乃ちゃんがここまで言っている。
ならば、私はその後押しに応えなければいけない気がします。
それにそもそもの話、私は恋愛小説を書くという口実で影山さんとデートできないかと考えていた身。
だとすれば、むしろこっちが本命とも言えることです。
「わかりました。不肖ながらこの雪、精一杯頑張っていきたいと思います!」
「うん、頑張りな」
そういって莉乃ちゃんは頭を撫でてくれます。
この手は気持ち良くて大好きです。
よしっ、それでは影山さんを海もしくはプール&夏祭りに誘おう大作戦開始です!
読んでくださりありがとうございます(*'▽')