第178話 静かな乙女の快進撃#2
―――音無雪 視点―――
「突然ですみません! 私の小説のネタ出しに付き合ってくれませんか?」
「ん? いいよ」
それから数日後の放課後、私は勇気を出して影山さんに協力を仰ぐとあっさり了承を得ました。
影山さんなら受けてくれると思ってましたが......ここまですんなり行くとは。
「いいんですか?」
「別に断る理由もないし。
それに雪の助けになるだったら余計に断るわけにはいかないしな」
「影山さん......」
本当に優しい人だと思います。
きっと未だに選択できずに苦悩してる中でもこうして私達にしっかりと向き合ってくださるんですから。
きっと本人はそれが義務だのなんだの言うと思いますが、そうやって真剣に考えてくれてる時点で十分に嬉しいんですよ。
とはいえ、私も影山さんに選んでもらうためにはアピールをしなければいけません。
でも、私にはこれといった取柄もなければ、得意なこともありません。
そんな中で沙由良ちゃんと出会ったことで始めた新たな趣味を通じて、影山さんに協力してもらう形でこうやって二人きりの状況を作ったのんです。
下心は大いにあります! えぇ、ありますとも!
今の私にはそのくらい振り切って考えないと今にも恥ずかしさで逃げ出しそうです! 頑張るんです、私!
そして、私達は放課後の教室で向かい合う形で机を合わせ座りました。
しょ、正面に影山さんがいる......身長差で見下ろす感じになってますが、それがなんだか俺様っぽくてカッコいいです。
「それで雪はどんな話を書こうと思ってるんだ?」
「あ、はい、私は恋愛系で書こうと思ってるんですが内容が上手く思いつかなくてですね......。
よく書いてるのはR18系ですのでどうにも勝手が掴めず」
「なるほど、一つ確認していいか?」
「はい、一つとは言わず何でも聞いてください」
「その書いてる作品は純愛系のR18か?」
「そうですね。もちろん、他の科目も修めていますが、好きなジャンルで言うとそこになると思います」
そう言うと影山さんは少し苦笑いを浮かべました。
な、何か間違ったことでも言ってしまったのでしょうか!?
「雪、その既存の作品から“行為”を取り除けばそれは全年齢版の恋愛小説になると思うぞ」
「.......はっ!?」
も、盲点でした!? 確かにそうです!
愛の営みは主人公とヒロインが互いの気持ちに気付き、愛を深めその果てに行きつく神聖な行為。
そして、何が全年齢かR18かに分けているかと問われれば、当然その愛の営みしかない。
でも、でも!
私の作品はR18向けという意識があるのでそこがメインであるという認識が外れそうにないです!
いわば、バトルものの漫画でいえばボス戦に当たる部分。
しかし、今度の私が挑戦しようとしているのは純愛(ラブコメも可)はボス戦に至るまでの過程です。
となると、どうにも私の考えではその過程をメイン級にすることが難しく、不完全燃焼な感じになってしまいそうです。
いえ、ハッキリ言いましょう。
全年齢においての恋愛のメインとなるネタが思いつきません!
「随分と悩んでる様子だな......」
影山さんが心配そうに聞いてきました。
うぅ、ここは素直に打ち明けましょう。
影山さんは私の悩みを笑う人ではありません。
「ごめんなさい、ネタが思いつきません。
最終的に付き合うという形になればいいと思ってるんです。
ですが、私の作品って基本的にそう長く話数がいかない内に付き合ってそこからが長いんです。
でも、そういう作品って基本的に付き合うまでのイチャイチャを楽しむものじゃないですか」
「別にそんなこともないと思うがな。
まぁ、そういう主人公とヒロインのじれったい関係をニヤニヤして楽しむってのがやっぱ好まれるというのは否定しない。
でも、それは人それぞれだし、最序盤で付き合ってその初々しい関係値をニヤニヤして楽しむというのもまた醍醐味ってやつだ」
「な、なるほど......」
「つまり雪はどっちが書きたいって話だ。
先ほどの雪の作風を聞く限りだと後者の方が書きやすいと思ったけど」
どちらが書きたいか......ですか。
確かに影山さんの言う通り愛の営みをメインとして話づくりをしてる私としては付き合った後の出来事を綴る方がいいんでしょうね。
例えば、平凡な主人公がとある日の放課後に廊下で図書室で貸し出されてた本を見つけ、それを返しに行こうと図書室のドアを開けるとそこには机の角で角オ〇してるヒロインがいて―――
「ストップ。雪、その出だしはダメだ」
「え? あ、声に出てました!? 恥ずかしい!」
「もっと別に恥ずかしがることあると思うけどね。
まぁ、エロに耐性ある子だからこれが普通なのか」
うぅ、つい考えてる時のボソボソと口に出してしまう癖が出てました。
いつもは家で一人で考えるので気にしなかったのですが、つい居心地の良さに勘違いしてました。
一回深呼吸を挟んで気を取り直すと先ほどの質問に対して聞き返してみました。
「どこか間違ってましたか?」
「いや、どこかっていうか......その出だしはあんまりよろしくないかと。
一体どこのエロゲーの綾〇さんかと思ったよ」
「あ、その子可愛かったですよね」
「プレイしたことあるんかい」
小説を書き始めるならと沙由良ちゃんからおススメされたものです。
もっともああいう話は書けずでしたが、面白いキャラとして参考になりました。
「やっぱり主人公が曲がり角でぶつかる感じでさ......いや、これは古すぎる例えか。
ともかく、もう少し変えた方がいいな。
というか、主人公は男でいくのか?」
「いえ、今のは例えばの出だしでしたので。
なんといいますか、私が書きたいと思ったその時々で違いますが、割合で言うとやはり女性視点で書くことが多いですね。
頑張る女性を書くのが好きなんです」
「......そっか」
影山さんは優しく相槌を打つと先ほどから私の話を聞きながらまとめていたノートに一つの結論を出したようにとある文字にグルグルと円を描いていきました。
「雪、お前が良ければだが......俺はとっても魅力的な主人公キャラを見つけたぞ」
「誰なんですか?」
「お前だよ―――雪」
「......え?」
その言葉に思わず呆けた声が出てしまいました。
私が主人公キャラ?
こんなちんちくりんで本をよく読むことしか特徴がない私がですか?
そんなイマイチ理解できない私に影山さんは説明し始めました。
「大抵の主人公は過去に何らかのエピソードを持つもんだ。
例えば、忘れてるだけで過去にヒロインに出会ってたり、過去に良くない思い出があったりと。
そんな主人公が高校に進学した際に何らかのキッカケでヒロインとなる女の子と関わることになる。
そして、起こるはヒロインとの距離を縮める親密イベント。
それによって生じた心情の変化によって行動も大きく変化していく。
それはまたヒロインも同じで、やがて互いに同じ想いだとわかり―――ハッピーエンドってな」
「それのどこら辺に私に主人公としての素質が?」
「ま、自分の事じゃわかりずらいかもしれないからな、仕方ないか。
まず初めの主人公の過去エピソードとして、雪は過去にイジメにあって対人恐怖症という経験をした」
......あっ。
「自分では変わりたいと前の自分に戻りたいとも思いつつも、過去のトラウマに縛られて動けずにいた。
そんな時、雪の友達である乾さんが見かねてヘルプを出した―――その相手が俺だった」
なんでしょうか。
箇条書きしたような話の流れなのに引き込まれていきます。
ふふっ、当然ですよね。なんせ実体験なんですから。
「そして、雪は俺が雪の対人恐怖症を治すという形で図書室でのイベントをこなしていった」
「その過程で私は影山さんを好きになったんですよね」
「あまり俺が言うべき言葉じゃないが過去を振り返るとそうだな。
そして、雪はトラウマに打ち勝って少しずつ変わり始めた。
より多くの人と話すようになり、体の一部のようにあったスケッチブックもなくなり、仕舞には文化祭で大勢の前で演劇まで披露するほどに」
「また変わったのは私だけではありませんよ」
そう言うと影山さんは恥ずかしそうに目を逸らしながら頬をかきました。ふふっ、可愛いです。
「......ごほん、というわけで主人公キャラとしてこんなにもピッタリな人はいないだろうな。
とはいえ、実体験をまんま書かなくて当然いいし、そういう作品は体験した分独りよがりになるから気を付けた方がいい。
あくまで参考程度だな。だが、こんなに良い参考はそうそうないと思うぞ」
影山さんは本当に凄い人です。
私が悩んでいたことをここまで的確に答えを出してくれるなんて。
だけど、凄すぎて少し遠くにも感じます。
もっと手を伸ばして近づきたいと思ってしまいます。
あ、今の気持ちを文章にすれば......ふふっ、すっごく今更ですが現在進行形で“裏ラブコメ”始動中じゃないですか。
私の頑張りを影山さんに見てもらいたい。
たくさん褒めてもらいたい。
笑顔になって欲しい。
その笑顔が見たい。
たくさんおしゃべりしたい。
頭を撫でて欲しい。
こんなにも欲を持ってるなんて......私ってば案外欲張りさんなのかもですね。
「影山さん、私......内容が決まりました。
ほぼ自分にはなってしまうと思いますが」
「別にいいんじゃないか?
作者が実体験のことを書こうとそれを知るのは俺と雪しかいないし。
それこそ実際に起きたことなんじゃないかと思わせることが出来れば勝ちだろ?」
「はい、私も思います。では、最後に一つだけ―――」
私は小柄な体を活かして机の上に身を乗り出すとそっと影山さんに耳打ちしました。
「二人っきりの秘密ですよ?」
「っ!」
そう囁くと影山さんは顔を赤くしながらこそばゆかったのか耳を抑えていました。
それに対し、私は口元に人差し指を立てながら席に戻っていきます。
.......ふぅ、これは家に帰ったら死にたくなるやつですね。
さすがに調子に乗りました。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




