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第176話 強者沙由良ん

「呼ばれて、飛び出て、沙由良ら~ん!」


「うん、呼んでないな」


 ある日の放課後、夢で生野と色々あったために俺は今日も今日とて暑さが和らぐまで空き教室で過ごしていた。


 え? なんで図書室じゃないかって? あれ以来、生野が妙に避けるようになったんだよ。

 生野から「一時的なものだから! そっとしておいて!」と言われたのもある。


 生野も期末のために今日は友達と勉強するとのことなので、俺は邪魔しないように誰もいない放課後で新刊のラノベを読んでいた。


 ちなみに、雪にはきっちり感想を求められましたよ。

 なんで官能小説であんな無邪気な瞳を向けられるのか。

 まぁ、可愛かったからいいけど。


 そして、今日こそはゆっくりとした一日が―――と思った先に沙由良がやってきた。←NEW


「おや、学兄さんは常に沙由良んを心の中で呼んでいると思ったのですが間違いでしたか?」


「お前の存在は酷く目立つから忘れることはないが......別に常に呼ぶほどじゃないぞ」


「ということは、未だに脳内メーカーを沙由良ん一色に染め上げることは出来てないということですね。ガックシ」


 いや、それはそれで問題だけどな。完全に狂愛者じゃねぇか。


「それはそれとして、実は学兄さんにお願いがあります」


 沙由良はそう言いながらゆっくり近づいて来る。

 そして、俺が適当に座っている机の前までやってくると突然しゃがみこみ、そのまま机の下を潜っていく。


「夏コミのネタ不足でして是非協力してもらいたいと思ってるんです」


「うん、内容は分かったが、とりあえずそこから言うのやめようか」


 ちょうど俺の股の間から覗き込むような形で聞いてくる。

 その位置はインモラルな香りしかしないからやめてくれ。


「あ、これはピ――をするための構図の確認ですのでお気になさらず」


「せめて俺の許可取ってくんない?」


 後、それを放課後の誰もいない教室とはいえやる度胸な。

 もはや尊敬に値するよ。だけど、はよどいて。


 沙由良は「仕方ないですね」と不満そうな顔で机の下から出てきた。

 なんで俺がだだこねたみたいになっているのか。非常に解せない。


「とはいえ、学兄さんもドキドキしたんじゃないですか?」


「ま、まぁ......社会的地位において」


「ふむ、やはりリアルで互いに思いあってる同士でもそうなるというわけですね」


「......」


 冷静に分析しないでくれ。なんか妙に恥ずかしくなってくるから。


「そういえばだけど、今回も兄と妹の話なのか?」


「はい。なにかとシリーズで続けていたら結構ファンが増えてきまして。

 それに沙由良んも今年はモチベ絶好調年なのでここで一発ガツンとやってやろうかと。学兄さんも是非おかずにどうぞ」


「余計な気を回せんでいい」


 これがあの光輝の妹とは思えない。

 光輝は一昔前の主人公のようにエロに対して耐性ないんだぞ?

 そのくせ貞操観念はやたら強いタイプ。


 そんな兄の妹がどう拗れたらこんな風に育つのか......俺が関わった時にはもうこれだし、一体何があったのか非常に過去が気になる。


「さて、それで話を進めるんですが、学兄さんは何か要望はありますか?」


「要望?」


「学兄さんだってファンの一人ということは去年知りました。

 正直、バレた時はとてつもなく恥ずかしかったのですが、同時にすこぶる嬉しかったのです。

 それこそ同人誌がリアルになるのではないかという妄想まで。

 ま、世の中はそう簡単じゃなかったようですが、まだチャンスはあります。

 ならば、掴まねば女が廃るというものでしょう」


「その言ってる雰囲気は漢気に溢れてるけどな」


 それを好きな相手である俺に堂々と言ってのける精神。いっそ清々しい。


 とはいえ真面目な話、俺がそういうネタを提供すること自体には問題ないのだが、それは一ファンとして少々度が過ぎた行動ではなかろうか?


 もちろん、単純に自分の妄想を親友の妹兼妹の友達である沙由良に伝えるのが恥ずかしいという気持ちもあるのだが、現状の気持ちとしてはここが一番大きい気がする。


 作者とファンには一定のラインがあってしかるべき。

 そこをお互いに超えないように気を遣いながら交流を図っていくというのが本来の在り方なのではかろうか。


 それがどちらかが犯してしまった時点で境界線が曖昧になり、良からぬ問題を発生するケースは多々あると思う。


 それこそアイドルの家を特定する行為であったり、女性Vtuberの配信で男の声が聞こえてしまったりだとか。


 ま、今の例えが俺の考えてることと正しくマッチしているかどうかは定かじゃないが、何においてもマナーを守ってこそ楽しいし面白いと言えるのではないだろうか。


 今の状況が俺が沙由良が好きな同人誌の作者だと知らない状態で似たような質問されたとしたら「仕方ない」で判断される可能性も生まれるが、もう俺はすでに知ってしまっている。


 つまりマナーを守らねばならないというわけだ。

 それに好きな作品ほどネタバレはされたくないってのもあるしな。


「沙由良、すまんが俺は何も答えることは出来ない。他のファンと平等に扱ってくれ」


「......そうですか。ま、沙由良ん的にはどちらでも良かったですが、こちらの方が解釈一致という感じですね」


 そう言うと突然沙由良は俺の小説を取り上げた。あ、しっかり栞は挟んでくれた。

 「なんだ?」と思っていると今度は机をどけて―――俺の足に跨って座った。


「さ、沙由良!?」


 ふとももには柔らかい感触とほどよい圧を感じ、首筋には細く白い肌が触れている。

 そして、何より顔が近い。やや見上げる位置にある沙由良の頬はほんのり赤くなっている。


「今から沙由良んがやることは全てただの参考構図の確認ですので、学兄さんは天井のシミを数えるような気持ちでいてください」


 んなわけにいくか! どう考えても近いだろうが!

 体温だって感じるし、耳元からは息遣いがハッキリと聞こえる! もう心臓がバクバクよ!


 しかし、沙由良んは俺に何も聞くことなくスカートのポケットからメモ帳とペンを取り出し、その状態のまま何かをメモし始めた。


「沙由良、もう離れ―――」


「静かに」


 沙由良の顔が見えなくなった。

 代わりにハッキリと言葉が耳に響く。


 沙由良が抱きついたからだ。

 もう完全に上半身が密着してる。

 しかし、沙由良は俺を黙らせるとさらに何かをメモしていった。


 カチッカチッと時計の秒針を刻む音がやたらハッキリ聞こえる。

 それほどまでに静寂なのだ。


 部活動の声や吹奏楽部の練習の音もあったはずなのに、それが雑音であるかのように、今この学校には二人しかいないように感覚を狂わせる。


 何もしゃべらないのがかえって苦しい。

 余計な劣情を抱きそうになってそれこそ良くない感情が湧きそうになる。

 だからこそ、ここで引かねば本当に泥に嵌るぞ、俺!


「沙由良、いい加減に―――」


「黙って! 最後ですから」


 いつも以上に語気の強い言葉が俺の勇気を簡単に壊していく。

 いや、それほどまでに俺の意思が脆かったというべきか。


 思わず腰に回してしまいそうになる手をグッと堪え、ただ生殺しのような今の時間をひたすら耐え抜いていく。


「上を向いてください」


 沙由良に顎をクイッとされて思わず上を見るとそこには口を開けて少しだけ舌を突き出す沙由良の顔があった。


 ......え?


 その瞬間、俺はそれ以上考えるのが嫌になって思わず目を瞑る。


「ふふっ、さすがにやり過ぎましたか」


―――パシャ


 という音ともに足から重さが消えていく。

 まだ感触が残っている感じがする。

 ゆっくりと目を開けると楽しそうな顔でメモを書いている沙由良の顔があった。


「さてさて、ご協力ありがとうございます。おかげで今年は最高の作品がかけそうですよ」


「......はぁ」


 なんだか文句を言う気力も失せていた。ただただ精神の疲労が酷い。

 その一方で、沙由良んはランランとした様子で「お先に失礼します」と教室を出ていった。

 その数秒後にレイソでメールが届いた。


『実をいうと、これはお仕置きなんですよ?

 というのも、先日学兄さんを探していたら図書室で生野先輩と一緒になって幸せそうに寝てたじゃないですか。

 だから、お二人の耳元に淫語を告げて帰ってやりましたよ』


 まさかあの夢の原因お前かよ!


『おかげでさぞエッチで楽しい夢が見れたでしょうね』


 いや、おかげで絶賛気まずいわ。


『ともかく、これは学兄さんが他の女性に現を抜かす罰なのです。それにしてもいい表情でしたよ』


 そして、最後に送られてきた写真は―――俺が必死こいて目を瞑っている時に楽しそうにピースを決める沙由良の姿があった。


「......はぁ、これこそ淫夢であってくれ」


 そう切に願ったが時間が戻ったりすることはなく、ただひたすら悶々とさせられた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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