第174話 周りを気にすることも大切だなぁ
体育祭という大きな行事が終わり数日。
去年はその後に林間学校があったけど、今年は特にそれといった行事はない。
ま、つまりはいつもと変わらない日常を過ごしていくわけだけど......
「......っ!」
チラッと視線を追って見てみると昴と目が合って勢いよく目を逸らされた。
さすがにここで「俺は嫌われたのか?」という鈍感を決めるほど俺も愚かじゃない。
というか、体育祭の放課後であんなんあったら例え数日を挟もうとも顔合わせれば意識してしまうというもので。
そういう俺も顔に熱を感じる。
また昴の魅力を再認識してしまったような感じがして、今日の挨拶すらお互いにぎこちなかったし。
「おはよう......って何か調子悪そうに見えるけど大丈夫?」
「あぁ、おはよう。そうだな。ある意味調子悪いかもしれない」
「?」
姫島が声をかけてきたので俺も軽く頬を叩いて緩みそうな顔を矯正していく。
なんかこいつらに緩んだ顔を見せるのは負けた気がするしな。
「そういえば、足のケガは大丈夫そうなの?」
「あぁ、大丈夫だ。意外と回復力が高いのがわからないけど、もう松葉杖なしで歩いて行けるし」
「とはいえ、それで調子づいてたらまたケガするか、違う所をケガするかよ。
普通に声をかけてくれればいつでも助けになるから」
「そうだな。ただそうなると俺の世間体が......」
「今更その世間体を気にしてるのもどうかと思うけどね」
とはいえ、俺は提供屋として学校に流れる最新情報というのは逐一チェックしていて、その中で当然俺に対するよくない話はある。
そして、その中で一際目立ってるのが俺が提供屋という立場をつかって四姫プラス王子を手籠めにしているという噂だ。
女を侍らせる裏番長とでもいうべきか、実のところ俺は公認ハーレムをしている光輝より恐れられ、同時に嫉妬の対象として挙げられてる。
ま、それは当然四姫とされる姫島、雪、生野、沙由良、そして王子である昴の影響力が圧倒的に大きいからであって。
その噂の何が一番問題かというと、俺がそいつらを手籠めにしてるという事実に対して否定できないというところだ。
今更言うことではないが、俺がこうなったのは「結果」としてであって、最初からこうなることを望んでいたわけじゃない。
しかし、振り返れば恋愛において関わる回数が増えれば当然それなりに仲良くなるわけで、その中で好意に発展するケースは至極自然な成り行きだ。
それを俺は目的しか見てなかった影響で見落とし、そのツケが巡り巡ってこうなったわけだ。
特に生野のことで言えばまさに自業自得......いや、そりゃそうだろみたいな結果になったわけで。
「はぁ~、なんだよ、その妙に笑いたそうな顔は?」
「いえ、別に。ただ今更何言ってんだろうなと思って。
それに恋愛ってのは自分勝手な成分が含まれてて、相手の都合なんか関係ないほどに自分は好きな人といたいと思うものよ。
それこそあなたの世間体なんて私達の熱意からすれば、全く気にするほどでもないわね。
むしろ、それぐらいの罪は背負ってもらわなきゃ困るわ」
「わかってるよ。俺とて散々お前らを利用させてもらった身だ。
そんで俺としてもせめてもの筋は通したいと思ってる」
「ふふっ、その気持ちでいなさい」
わぁ、とっても良い笑顔なことで。
そして、その笑みを向けられるだけで俺の邪気もだいぶ消える時点でもう結構な手遅れ具合だな。
「おはようございます。お二人で何か話されてたのですか?」
「雪か、おはよう」
「おはよう、雪ちゃん。別に普通の世間話よ。
影山君がしっかりと責任を持つ覚悟があるか再度確認しただけ」
「なるほど、それは普通ですね」
え、それって普通会話カテゴリーに入るの?
「あ、日常会話といえばですけど、最近私の好きな先生の作品が出たんですよ。
『ぬるぬる特急淫行列車~天国までの果て泣きイキ路~』っていうんですけど」
「ちょっとストップ」
なんか朝からとんでもないワードを聞いた気がするんだけど。
え、それって日常会話デッキじゃ絶対ないよね?
「雪、それはこんな朝っぱらから話す内容か?
今更だがそんなディープな内容はもっと放課後辺りで良いんじゃないか?」
「? どこら辺がディープですか?」
あらやだ、この子ったら!
自分が官能小説の題名を言ったことに対して何にも恥じらいがないわ!
雪の声はもとよりあまり大きい声ではないが、それでもやっぱり多少は周囲に聞こえるわけで、すぐ近くにいたクラスメイトの男女が耳を疑うような表情してるぞ。
「この作品は当然エッチな描写があるんですけど、それだけじゃなくて特急列車という中で行われる謎解きミステリーもあるんですよ。
それでその中のセリフで『誰が罪を犯したんだ!』ってあるんですけど、普通のセリフのそれがエッチと交えると中々に秀逸なセリフに早変わりするんです。
それからタイトル名に『特急淫行列車』とあるんですが、その『列車』の部分て『連射』とかけてあるらしくてそこからもこの作品の先生の天才性が伺えますよね」
雪がヲタク特有の早口で作品の魅力を語っていく。それ自体は別にいい。
好きな物を自分の友達に共有したい気持ちは同じヲタクとして身にしてわかるから。
ただ、な? ジャンル的に厳しいものがあって、それこそ今の雪の状態ってエロ本の魅力を語る男子中学生となんら変わらないわけでとても反応に困るんだ。
雪がその作品に対して大変喜んで楽しんでいる所本当に申し訳ない。
一緒になって聞いてる俺が死ぬほど恥ずかしい!
やっぱりこれどことっても日常会話じゃねぇよ!
どう考えてもこのままじゃ筆舌しがたい内容を語り出しそうで本当に怖いよ!
なんというか雪の今までのイメージがこれによって総崩れしそうで。
雪的に自分とかかわりが薄い人の評価をどう思ってるかは知らんけど、俺的にこのまま突っ走るのは本当に良くないと思う!
なればこそ、その罪を俺も一緒に背負おうじゃないか!
てか、そうしないと雪の評判が死にそう!
「そ、そっか。なら、それだけ面白そうなら俺も読んでみたいかな......」
「本当ですか!? なら、布教用にいくつか持ってるので差し上げますね。はい、どうぞ!」
いや、今持ってんのかい!
「布教用ってことは保存用や鑑賞用もあるのかしら?」
「はい、当然確保してますね。後は―――」
「雪、それ以上はダメだ」
俺は一瞬にして立ちあがり雪の口を押えた。
テンションに身を任せてこの子は一体何を言いかけたんだか!
ちょっと、一度この子にモラルを叩きこんだ方がいいのかしらねぇ!
幸い、最後の言葉は俺と姫島にしか聞こえてないみたいだ。
ただ、さすがの姫島もリアクションに困って顔を真っ赤にしてる。
てか、俺も顔が真っ赤だわ! さっきとは別の意味で!
別に好きなのはいいけど、周りは気にして!
「せ、世間体って大事ね......」
ほんとそれな!
「おっは~、わぁ~、眠む......ってこの空気何事?」
そこに生野が登場。その瞬間、俺はなぜかそいつが輝いて見えた。
「ちょっと、お母さん! お子さんのモラルはしっかりと教育してあげてください!」
「誰が誰のお母さんじゃい! って、一体何が......あ~、そういう」
生野は一瞬で察してくれた。
俺が渡された布教用の官能小説を見て。
そして、どこか疲れたため息を吐きながら雪に近づき、サッと小脇に抱えると告げる。
「んじゃ、これからきちっと空気読みの大切さを教えて来るから」
「「いってらっしゃい」」
生野はそのまま雪を連れてどこかに行ってしまった。
教室から姿を見えなくなると皆が疲れたように空気が元に戻っていく。
俺もドカッと椅子に座ると疲れたようにだらけて天井を見た。
そんな俺を見て姫島が告げる。
「それじゃ、この空気の罪も背負うということで」
「いや、それはさすがに嫌だわ」
ちなみに、この朝の一件は雪のファンクラブに大きな影響を与えてなぜか評価が上がったらしい。
そして、生野も評価が上がり、俺は大暴落した。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')