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第172話 男装乙女の決戦日#10

―――國零昴 視点―――


『さて、一年生の学年リレーが終わり、続いて二年生の学年リレーが行われます。

 このリレーではクラスポイント色分けポイントともに大きな得点であり、着順は優勝に大きく関わってきます。

 さて、凌ぎを削る二年の部、一体どのクラスが優勝するのか注目です!』


 ふぅ、一年生のリレーで沙由良ちゃん、沙夜ちゃん、霧江ちゃんの応援はしたし次はボク達の番か。


「いよいよか......緊張してる?」


 ボクはBチームのリレーのアンカーとして並びながらふとAチームのアンカーである陽神君に話しかけてみた。


 がっくんを通して多少の交流はあるけど、ボクから話しかけるのは実は初めてかもしれない。

 そんなせいか陽神君はどこか驚いた様子だけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべて返答してくれた。


「まあね。昔っから少しは緊張する......いや、今までよりもかな」


「それはどうして?」


「いつも学が相手だったからさ。

 別に國零さんが接しづらいとかじゃないんだけど......うん、そうだね、気合に少し圧倒されてるのかも」


 気合......そう言われるとそうかもしれない。

 今回のボクは自らがっくんの代理として陽神君との勝負に勝手に出させてもらった。

 しゃしゃり出たからには勝たなきゃいけない......いや、これは違うな。勝ちたいんだ。


 がっくんの喜ぶ姿が見たい。それだけが今のボクを一番に突き動かしてる。


「そういう國零さんは緊張してない様子だね」


「いや、こう見えても緊張してるよ。ただ悟らせないのが上手いだけさ。

 でも、今はそんなことよりも大事な気持ちがある。だから、前に進めるんだ。

 ま、君がボクの気合に圧倒されてるんだったらこの勝負はボクが貰ったかな」


「いや、そう簡単にはいかないよ。

 こう見えても運動能力には多少自信があるんだ。

 相手が女子だからって手加減しないよ?」


「女子......? いや、今のボクは()()さ!」


『それでは青春真っ盛りの二年の部!

 この晴天に負けない熱量で今戦いの幕が切って落とされます......いざ、勝負の時!』


 スタートのために静寂となったグランドでアナウンスの実況の声だけが響いていく。

 そして、審判がスターターピストルを頭上に掲げると甲高い破裂音が鳴り響いた。


 その瞬間、各クラス二チームの第一走者が互いの持てる力を出し切るように全力で走り始め、同時に一年と三年生が一斉に応援の声を届けていく。


 先ほどとは違う熱気にボクの緊張していた心は一気に跳ね上がっていく。

 いつもどこか空虚な気持ちで望んでいたこれまでの体育祭とは違う、がっくんが見ていた景色。


 そのことに心が躍ると同時にプレッシャーもまた増幅していく。

 そんな大きく鼓動する心臓を押さえつけるように胸に手を触れながら走者を眺めた。


 第一走者から次々にバトンが渡っていく。

 だんだんと差が見え始め、陽神君の言った通りボク達のクラスの両チームは競るようにバトンを渡していく。


 順番は違うけど、陽神君ハーレムズや縁ちゃん、雪ちゃん、莉乃ちゃんと次々に走っていく。

 それによってかはわからないけど、だんだんと順位が上がっていって、アンカーの番がそろそろ回ってくる頃には一位と二位で競って来た。

 うわぁ、本当に競って来たよ......。


「アンカーは線に並んで準備してください」


 体育祭の係の人に誘導されて並んでいく。

 この時のはボクは恥ずかしながらもの凄く緊張していた。


 今までに味わったことのない声援に包まれる中、クラスの皆の想いが乗ったバトンが、がっくんの想いを勝手に背負って出てきた気持ちがボクの思考を飲み込んでいく。


 アンカー前の走者はお嬢様だ。

 普段おしとやかな彼女がこれまでにない真剣な表情で走ってる。

 御世辞にもお嬢様は運動が得意とは言えない。

 そんなお嬢様が本気を出している。


 ボクも......ボクも頑張らなくちゃ! 負けられない! 絶対に!

 皆の想いがこのバトンには詰まって―――


「あっ!」


 少しバトンを掴み損ねた! 不味い! このままじゃ落ちる―――


「気張れ!」


「っ!」


 お嬢様は自身が転びそうながらもボクの手にグイっとバトンを押し込んでいく。

 そして同時にかける声援。


 その時、ボクはお嬢様にかけられた言葉を思い出した。

 ごちゃごちゃ考えずに自分の気持ちに従ったらいい、と。


 ボクの気持ちはがっくんの気持ちに応えたい。

 他の皆には悪いけど、それがこの体育祭で信念として掲げた気持ちだ。

 ならば、僕はそのために頑張ればいい。余計なことは考えるな!

 ボクはがっくんの―――王子様になるんだ!


 グッと大地を蹴って走り出す。

 本当はお嬢様の身の安全を確保したい。

 だけど、今はそれ以上に果たしたい約束がある!


 蹴って蹴って蹴って蹴って足を動かしていく。

 段々とスピードが上がり、周囲が高速で流れていく。

 強い風を真正面から感じ、それでもなお腕を振り、足を動かし、前を見て、先を走る陽神君を捉える。


 ゆっくりとされど着実に陽神君との距離が縮まっていく。

 負けられない! 負けたくない! もっと! もっとだ! 全力を出し尽くせ!


 カーブの終わりが見えてきた。残すは直線のみ。

 差は僅かに陽神君が前にいる。

 まだだ。まだ勝負は終わっちゃいない。あと少しで抜ける!


 正面の白いゴールテープが認識よりも速く近づいて来る。

 横に並んだのか、それとも追い抜いたのかどちらにせよボクにはもう周りを気にしてる余裕はなかった。


 がっくん、ボクは男でも女でもないとこれまでは思っていた。

 中途半端な存在。それがボクだと。

 でも、君はそんなボクに意味を与えてくれた。


 それが君にとってちゃんとした答えでなくても、君はボクの投げやりな問いに真剣に答えてくれた。


 だから、ボクはこの勝負で、がっくんが果たせなかった陽神君との約束に全力で応えたい。

 男でも女でもない......? いいや、違う。男でも女でもあるんだ。

 捉え方の問題でポジティブに捉えるかネガティブに捉えるかの違いでしかない。


 なら、ボクは男でも女でもありたい。

 あのデートの時はボクはがっくんにシンデレラにしてもらった。

 であれば、今は王子様。それがボクだ!


 うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


―――パンッ


 破裂音が鳴り響く。

 一位がゴールした時に鳴る音だ。

 正直結果はわからない。

 ボクがゴールテープをお腹に引っ掛けてる時、同じように陽神君も引っ掛けていた。


「はぁはぁはぁ......」


 全力を出し過ぎて肺が痛い。

 無理やりにでも酸素を供給しようとして呼吸が早くなる。


「國零.....さん」


「陽、神......君?」


 陽神君がふらふらとボクの前にやってくるとそっと手を差し出してきた。


「いい勝負だった。ありがとう」


「いいや、こっちこそ。勝手に勝負を仕掛けたんだ。こちらこそありがとう」


 ボクはそっとその手を握り返す。

 呼吸を整えながら係の人がバトンを回収しに来たのでそれを渡し、アナウンスからの着順発表を待った。


 全力は出した。もうこれでもかってぐらい。

 でも、全力を出したから負けても悔しくないなんてことにはならない。


 これはボク個人の勝負じゃなくてがっくんの想いを背負った勝負なのだから。


『さて、これにて二年の部の学年リレーを終え、着順発表の時間となりました。

 今年は同じクラスでありながら一位と二位で熾烈な接戦が繰り広げられ、正直こちらの判定では同列一位でもいいんじゃないかという意見がありましたが......なんとなぜかこの学校にビデオ判定が出来るカメラがあり、その結果によると......勝者のチームは―――』


 ドクンドクンと唸りの音が耳元にまで届いた。

 勝負が始まる前とはまた違った緊張感にボクは思わず拳を握る。

 どっちだ? どっちが勝った!


『栄えある学年リレー二年の部、優勝チームは2年Aクラスの―――Bチーム!』


「勝った......」


 ボクは思わず力が抜けて崩れ落ちそうになる。

 そこにお嬢様がかけつけ抱きしめてくれる。


「よう頑張ったなぁ」


「うん......」


 思わず涙が流れてくる。

 そこに同じようにして大勢のクラスメイトが集まってくれて盛大に祝ってくれた。

 これだけでも勝ってよかったと思える。

 だけど、それ以上に―――


「昴」


 松葉づえを突きながらがっくんが近寄って来た。そして、欲しい言葉を告げてくれた。


「勝ってくれてありがとう。昴に託して良かった」


「そうだろ!」


 流れた涙をそのままに嬉しさを爆発させたような笑みでがっくんにブイサインしてやった!

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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