第171話 男装乙女の決戦日#9
―――國零昴 視点―――
『それではお昼休憩の時間を挟みたいと思います。午後の種目に備えて存分に英気を養ってください』
アナウンスが流れると一気に張り詰めた緊張感はなくなり、各々が用意してきたお弁当で食事を取り始める。
そういう僕もお嬢様の昼食の準備―――といきたいところなんだけど、今回は他の執事やメイドさん達が用意してくれた。
正直、ここまでやってもらうのは小さい頃以来だ。だからか少し新鮮。
広々と取ったスペースにレジャーシートを引いていき、そこに用意されたお弁当が並んでいく。
加えて、そこにいるのは僕とお嬢様だけじゃない。
「それじゃ、私達の二人三脚の優勝をとりあえず祝ってもらいましょうか」
縁ちゃんの姿や雪ちゃん、莉乃ちゃんに沙由良ちゃん、それから陽神君とそのハーレム達とがっくん。
ま、いわゆるイツメンって奴だ。この時ばかりは心が落ち着く。
「えぇ、そうどすなぁ。ほな、僭越ながら私乾杯の音頭を取らしてもらうなぁ。
縁はんと昴の勇姿を称えて―――カンパーイ」
「「「「「カンパーイ」」」」」
お嬢様の言葉に全員が手に持った紙コップを掲げて同じように声を出していく。
少し喉を潤すと早速お弁当に手を付けた。
うん、頑張ったおかげかいつもより美味しく感じる。
それにお腹も思ったより空いてる感じでボクには珍しく少し雑な食事所作でありがらも、たくさん食べようと次々に口に含んでいく。
「ふふっ、昴、昼食は逃げへんさかい落ち着いて食べたらええのにな」
「はーい」
お嬢様が楽しそうに笑っている。
その顔は昔一緒に“友達”としてピクニックに行った時みたいな感じでこちらまで嬉しくなった。
それからボクは雪ちゃんや莉乃ちゃん、沙由良ちゃん、沙夜ちゃんと他にも陽神君ハーレムの皆さんにもいろんな言葉をかけてもらった。
そのたびに心が温かくなってくる。
そして、全力を出したことに心の底から良かったと思えてくる。
でも、まだ僅かに心残りがあるとすればそれは―――
チラッと目線だけで見る。
がっくんは陽神君と話しているようで、少しだけモヤっとした。
ボクながら子供みたいな心のありようだ。
褒められたくてうずうずしてる。
だけど、直接褒めてと言うには恥ずかしくて、ボクの男としての側面がどうにも「これぐらい余裕だ」と見栄を張ってしまってる感じもある。
「はいはい、ちょっとどいて」
その時、縁ちゃんの声がした。
思わずその方向を見てみるとなぜかがっくんの背中を押しながら近づいて来る。え、え?
「昴ちゃんには午後も頑張って貰わないといけないからね。
そのためには午後も張り切れるだけのパワーを注入しないと」
縁ちゃんはがっくんを隣に押しやると軽くウインクして離れてしまった。
そんな敵に塩を送るような行為にボクは思わず唖然としてしまう。
そして同時に強敵だなぁと感心してしまった。
「なんか悪いな、急に隣に来て」
「い、いや、そんなことないよ!」
ちょっと心の準備は追いついてなかったけど。
そのせいか返答の声が僅かに裏返ってしまった。
それはがっくんも同じのようで少し気恥ずかしそうな表情をしながらも、声をかけてくれる。
「とりあえず、優勝おめでとう」
「ありがとう。がっくんにそう言ってもらえるのちょっと期待してた」
「え?」
あ、しまった。テンション上がって余計な事言った。
「そ、そうか......」
がっくんが照れ臭そうに返事をした。
その顔を見てボクも同じように顔が熱くなる。
さっきまで空いてたお腹が急にいっぱいになって来た。
がっくんで多幸感を摂取し過ぎた?
「こちらこそありがとな。優勝してくれて」
すると、がっくんがぼんやりと空を見つめながら呟くように告げてきた。
そして、ボクの顔を見ると聞いてくる。
「俺のささやかな約束のためにそこまで頑張ってくれたんだろ?」
「そうだね。でも、この約束はがっくんのためだけじゃないよ」
ボクはただ無駄にしたくなかっただけだ。
がっくんが頑張って来た日々を、その約束に込めた想いをその全てを守りたかっただけなんだ。
だって、ボクは―――
『そろそろ午後の部が入ります準備をしてください』
アナウンスがお昼休憩の終わりを告げる。
「昴、今のはどういう意味だ......?」
「内緒だよ」
僕は立ち上がるとそっと唇に人差し指を立てて笑った。
それから午後の部が始まった。
競技は綱引きや障害物競争、女子騎馬戦といったなかなかに体を張る種目が目白押しで、その中でボクは最初の二種目に出た。
お昼にしっかりと体力を回復出来たおかげか綱引きでも障害物競争でも無事に優勝。
色分けポイントでも学年クラス別ポイントでもかなり得点が入っただろう。
そして、ついにボクが応援団団長の一人として前に立つ時がやってきた。
それは女子騎馬戦であり、その出場者としてお嬢様が出られるのだ。
正直、お嬢様が怪我されると困るのだけど、この種目はお嬢様たっての希望。
であれば、ボクに止める道理はない。
『さて、毎年恒例の女子の女子による女子のための仁義なき戦いである騎馬戦。
四人一組の騎馬ではその四人のチームワークが試されると同時に周囲への警戒もしなければいけない。
周りにいるのは互いのハチマキを狙う猛者ばかり。
その中で勝ち残るのは一体どのクラスか!
ここに女子の戦が始まります!』
司会が上手く盛り上げていく。
そして、各クラスから騎馬がやってきて体を支えられて人側をやるお嬢様の姿も見えてきた。
他のクラスもガタイが良さそうな女子がチラホラと見受けられる。
どうやらこの勝負のために選ばれた人選みたいだ。
『それでは仁義なき女子の戦い、始まります。いざ尋常に―――始め!」
スターターピストルが鳴り、一斉に動き出した。
すると、一斉にお嬢様の方に各クラスがやってくる。
どうやら半ばポイント独走状態であるボク達のクラスを初手で潰すようだ。
敵の敵は味方といった感じで皆してお嬢様を囲むように集まり始める。
いきなりピンチの場面だ。でも、ボクはお嬢様を信じてる。
だからこそ、執事モード! スイッチオン!
「フレー! フレー! お嬢様! 頑張れ頑張れ、お嬢様! 攻めろ攻めろ、お嬢様!」
今のボクには恥も外聞も知らない。
ただ一人のお嬢様を応援する者として周囲の応援にかき消されないように声を張り上げていくのみ!
お嬢様が囲まれた状態ながら上半身を上手く逸らして躱しながら、逆にカウンター気味に手を伸ばしてハチマキを掻っ攫ってる。ふぅー! いっけー! お嬢様ー!
加えて、お嬢様はまるで本当に手綱で馬を操るが如く時折騎馬の人の肩にポンポンと触れながら指示を出している。
あれは恐らく叩かれた人が率先して動くことで、上手く敵の騎馬同士を衝突させている。
敵の敵は味方といっても、結局は互いのハチマキを奪い合う存在に他ならない。
そこを上手く利用している。
その間にお嬢様は密集地帯を離れるとササッと周りの狩りやすい人達のハチマキを奪い、最終的に密集地帯で生き残った人達のハチマキを奇襲で奪った。
『今年の女子騎馬戦で生き残ったのはチーム花市でしたー! チーム花市のクラスには―――』
僕はすぐさま出入り口付近に近づいていくとお嬢様にタオルと水筒を渡した。
「お疲れさま」
「ふふ、おおきに」
お嬢様は嬉しそうに笑うと水筒に口をつけてゴクゴクと飲んでいく。
お嬢様にしてはだいぶハッスルしてたもんな~。そりゃ喉も乾くか。
「いよいよ、最後の種目どすなぁ」
「そうですね。学年別リレー......これにボクの想いがかかってます」
どこか緊張してるのか手が震える。
それを隠そうと拳を握るもお嬢様には見透かされていたようで、通り過ぎ様に肩にポンッと手を置くと告げた。
「あんたの全力をただぶつけたらええ。それだけでええ。
いらんことは考えんといて、あんたの気持ちに従うたらええのやで」
「はい、頑張ります」
お嬢様はひらひらと手を振るとそのまま応援ベンチに戻ってしまった。
そして、ボクはその後ろ姿を眺めると気合を入れ直していく。
「よし、やるぞ!」
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