第169話 男装乙女の決戦日#7
―――國零昴 視点―――
「本日は晴れやかな空が広がり、絶好の体育祭日和!
毎年各クラスの熾烈な争いが繰り広げられる中、一体どのクラスが総合優勝を果たすのか!
それでは各クラス入場していただきましょう―――」
眩しいほどの晴天。じんわりと体が温かく、体を動かすには絶好の日と言える。
しかし、僕の心はまだ少し曇りがかっていた。
全クラスが集まると簡単な先生方の挨拶と選手宣誓、それから準備体操と続いていく。
それらが終わるとまずは一年生から競技が始まった。
多くの生徒が声援を投げかけていく。
総合優勝はクラスごとで別れてるけど、それ以外にも一年、二年、三年でランダムに色分けされる色分け優勝というのもある。
総合優勝を果たすには色分けでも優勝が必要なので、自分達と同じ色の他学年が勝てるように必死に応援しているのだ。
そんな中、僕は自分のケジメをつけるようにとある人物に向かって歩き始めた。
チラッと目線を外すと一年生を応援しているがっくんの姿がある。その周りには他の子達も。
がっくんは一見晴れやかな顔をしてる気がする。
でも、まだどこか表情が暗そうなようにも見える。
「よしっ!」
ボクは軽く頬を叩くと目的の人物である陽神君へ近づいていった。
「陽神君、少しだけ時間貰ってもいい?」
「え?」
話しかけられたことに驚いた様子の彼。
その周りのいわゆる光輝ズハーレムの皆さんもどこか気になった様子でチラッと目線を向けてきた。
ボクが真剣な目で見ると陽神君は理由も聞かずに「わかった」と答えてくれてそのまま応援テントから出ていく。
その際、すれ違いざまに唯一事情を知ってるお嬢様だけは「頑張れ」と一言だけ声をかけてくれた。
とある木陰に移動するとボクはすぐさま切り出していく。
自分の覚悟を、がっくんの熱意を無駄にさせないために。
「がっくんから君ががっくんと毎年体育祭で勝負してるというのを聞いた。
それでがっくんがあんな状態になってしまったために、がっくんは不戦敗という形を取ろうとしてたけど、そこに待ったをかけてボクががっくんの代理として戦わせてもらうことにした......んだけど、それでもいい?」
うっ、どうにも不安が最後に出てしまった。
これはあくまでがっくんと陽神君でなければ成立しないかもしれないという考えが余計な感情を与えてしまった。
すると、ボクの不安もそっちの気にその言葉に対して陽神君はどこか嬉しそうだった。
「......そっか。あいつにも頼れる人が出来たわけか。
うん、僕はそれでも全然構わないよ。
というか、そのためにわざわざ言いに来てくれたんだ」
「それは......『さすがに後から実は勝負してました』なんてことは言いたくないし、きっと君達はお互いに後悔しないように全力を振り絞って来たはずなんだ。
だったら、ボクはがっくんの友人としてそんな卑怯な真似はしたくないと思っただけ」
「ははっ、あいつも意地が悪いな~」
「へ?」
陽神君から思ってもいなかったような言葉が返ってきてボクは思わず変な声が出てしまった。
それに対し、陽神君は慌てて言い直す。
「あ、別に『実は僕の方はもう勝負なんてしてない』とか言うわけじゃないよ?
たださ、去年から二人で決めたことで、僕達の目標は『全ての優勝を掻っ攫う』ことなんだ。
というのも、僕達がお互いに競える場面てぶっちゃけ最後のリレーぐらいしかないからさ」
「......あ」
その時、ボクはふと体育祭に出る競技を思い出した。
二年次で出れる競技は綱引き、二人三脚、騎馬戦、大縄跳び、借りもの競争とありどれも競えるものではなかったことを。
騎馬戦は女子限定だし、借りもの競争を勝敗に加えるにはさすがに味気ない。
二人三脚だって相方がかなり勝敗に左右するし、個人的な勝負のために他の人を巻き込むのも良くない。
となると、残すはクラスを二チームに分けて争う学年対抗リレーぐらいしかないのか......。
今までを振り返ると確かにがっくんは「何で」陽神君との勝敗をつけるか一切言ってない!
「あぁ~! 僕はなんと思い切った空回りを!」
「それに関してはちゃんと言わなかったアイツが悪いさ。
それに別に空回りでもないよ。実際去年、リレーで勝敗をつけてたのは確かなんだから」
「......そうなんだ。あれ? でも、リレーってチーム戦だし自分の前に回ってくるまでにすでに差が出てたりしない?」
「それが不思議なことになぜかいつも競ってくるんだ。
だから、アンカー同士で勝敗がつく。
これは僕とあいつとの不思議なことの一つとしてあげられるかもね」
「そんなことが......」
「そういうわけで、あいつは二人三脚で、僕は借りもの競争でって形でそれぞれ最速タイムで優勝を狙うために分かれたんだ。だけど、悲しいことに直前でケガしちゃったから」
「いや、狙うよ、優勝」
「え?」
僕は決して諦めてはいない。
がっくんが勝ちにこだわって日々努力してきたのは近くにいるボクが一番良く知ってる。
だからこそ、僕はこんな所で終われない。終わらせたくない。
がっくんが僕に託してくれたんだから。
「僕は女でもあるけど、男でもあるんだよ。
だから、二人三脚の方はボクに任せて、君は君に出来ることをして。
伊達にがっくんの代理を名乗り出たわけじゃないってところ見せて上げるから」
「そっか。それじゃあ、そっちはよろしく」
「うん、任せて」
そして、僕達は力強く握手を交わした。
応援テントに戻ると僕は縁ちゃんに近づいていく。
不思議そうにこちらを見つめる彼女を応援テントの外に呼び出して頼んだ。
「縁ちゃん、ボクと二人三脚に出てくれないかな」
「いいわよ」
「わかってる。次の競技まであまり時間が無くて忙しく......ってあれ? いいの?」
「えぇ、別に断る理由ないもの」
「え、えーっと」
思いもよらないほどに交渉がスムーズに終わってしまったことに微妙に間が持たない。
とりあえず、感謝の言葉だけでも伝えておこう。
「ありがとう。ボクのわがままに付き合ってくれて」
「別にいいわよ。
あなただって何かと思うところがあったからそうしたのでしょう?
だったら、断るのは野暮ってものよ。
それが影山君に関わることならなおさらね」
「わ、わかるか......さすがに」
「さすがにね」
ま、あからさまだったしな~。
それにバレた所でボクの行動が変わるわけでもないし。
「ただ問題があるとすれば私とあなたが組めば“男女”の二人三脚で私達だけ“女女”になってルールから外れることね」
「そこは安心してよ。ボクが男として出場する。なんせ学校公認の男女だしね」
「それって自信満々に言うことでもないと思うのだけど......まぁいいわ。あなたがそれでいいなら。
なら、後は私とあなたの相性の問題よね。
確かに、私は女子の平均よりは運動神経がいいと自負してるけど、さすがにあなたほどについて行けるかはわからないわ」
「なら、今から少しだけ練習しよう。大体のことはカバーできると思うから」
「そうね。一年生の競技が終わったら次はすぐに二人三脚が始まると思うし。いいわ、やりましょう」
そこからボク達はたくさんの応援の声が響き渡る空間の外で調整していった。
しかし、当然ながら始めから合うわけでもなく、最初にしてはまずまず走れてるという感じ。
「このままじゃ優勝には程遠い......」
「はぁはぁ......けれど、もうこれ以上の練習は本番までに体力が回復しきらないわよ」
「せめて僕達の息が合うような共通認識があればいいんだけど......」
そう頭を悩ませていると縁ちゃんはニヤリと口元を歪めて答えた。
「あるわよ。私達の私達による私達だけの共通認識が」
それを僕は教えて貰うと最後に一回だけ走った。
すると、面白いほどに息があった。
ははっ、相変わらずパワーくれるよ、ほんとに。
そして、二人三脚の種目がやって来た。
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