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第168話 男装乙女の決戦日#6

―――國零昴 視点―――


「う~ん、とても言いにくいけど......この捻挫は結構酷くて体育祭には間に合いそうにないわね」


「そうですか。診てくれてありがとうございます」


 放課後の保健室。

 窓の外から聞こえる部活の声や体育祭の熱気に比べ、酷く静かで冷たい空気に覆われていた。


 そして、保健室の先生は悲しそうな表情で、されど正直にがっくんに残酷な答えを伝えていく。

 その言葉にがっくんはとても暗そうな顔を浮かべていた。

 当然だ、あれだけこれまで頑張って来たのに。


 しかし、僕はかける言葉が思いつかなかった。

 今までこういう場面に出くわしたことが少ないというのもあるけど、それ以上にがっくんの顔を見て安易な優しさは逆に傷つけるだけだと思ったから。


 僕達......いや、がっくんの身に起こったことはがっくんが倒れたすぐに原因がわかった。


 どこかのクラスの男子二人がリレーのバトンをふざけて投げ渡していたらそれが予想外の方向へ行ってしまい、二人三脚の練習をしていた男女二人の所へ。


 それに気づいて驚いた女子生徒の方が足を滑らせて男子生徒は足が繋がってるからそのまま一緒に倒れていった。


 数歩だけ持ちこたえてしまったために僕達の所までやってきて......後は御覧のありさまだ。


 結局、その男子二人が謝りに来ることはなかった。

 そのことにとても怒りを感じる。

 がっくんの笑顔を奪ったんだから。


 でも、だからといってがっくんの気持ちが晴れるわけじゃない。

 晴れるのはボクだけの気持ちだ。


 きっとがっくんにとってその男子二人に対する恨み以上に、陽神君との勝負を果たせないという想いの方がよっぽど悔しいんだ。


「がっくん......」


 ボクの言葉から絞り出せたのはたった一言の彼の名前のみ。

 ボクとがっくんが逆の立場なら、がっくんはきっと声をかけてくれた。

 だけど、それがボクには出来ない。

 それがとても悔しい。


 保健室の先生が僕達の気を遣うように「タバコ吸ってくるからしばらく戻って来ないよ」と保健室を出ていく。


「昴......」


 ボクの名前を呼んだ。

 そして、明らかな作り笑顔で言葉をかけてくる。


「起っちまったものはしょうがないさ。

 むしろ、昴にケガが無くて良かったってもんだ。

 男の名誉ある負傷と思えばなんてことない」


 嘘だ。それぐらいすぐにわかる。

 そして、自分のこと以上に気まずそうにいるボクに気を遣っている。

 そうさせてしまう自分が悔しくて嫌いになりそうだ。


「ふぅ、昴はもう帰っていいぞ。さすがにこれ以上借りるのは花市にも迷惑かけるしな」


 どうして......どうしてがっくはそこまでして自分のことを後回しに!

 ボクは言葉にならない感情を胸に抱いたままがっくんに近づくと強く抱きしめていく。


 ベッドに座るがっくんの頭がボクの心音が直接聞こえるぐらいに近づいた。

 普段ならきっと恥ずかし過ぎて出来ないだろう。

 でも、今はそんなちっぽけな感情以上に守りたい存在がいる。


「もう強がらなくていい。本当は悔しいことぐらいわかってる。

 がっくんがどれだけ体育祭に向けて頑張ってたのかボクは一番近くで見てきた。

 だから、弱い姿を見せてもいいんだよ? 今はボク達しかいないんだから」


「......」


 それでもがっくんは我慢するようにただひたすらに口を閉ざしたままだった。

 ボクじゃがっくんの心に届かない?

 いや、ここで弱気になっちゃダメだ!

 ボクはボクの心を救ってくれたがっくんを助けたい!


「がっくん、ボクは君を好きになって本当に良かったと思ってる。

 ボクは他の人から見ればやっぱりちょっと特殊な感じで、それがボクの中でも酷く苦しかった。

 どこかでは誰かわかってくれる人がいてくれると思いながらも、仮面を被ったように周りの空気を読むだけしか出来なかった」


「......」


「そんな想いが君との出会いでより強くなって、やがて爆発してしまった。

 それががっくんに迫った選択だ。

 ボク自身がボクに対して生き方に決断が出来なかったから、がっくんに選択してもらうという形で匙を投げたんだ」


「......」


「そんなボクの投げやりの問いかけにがっくんは必死に考えて答えてくれた。

 その答えはがっくんにとって満足したものかどうだったかは分からなかったけど、ボクにとってはその気持ちに応えようと見せてくれた姿勢だけで実は十分だったんだ。

 だから、あの文化祭でがっくんが見せてくれたボクに対する想いはとても......とっても嬉しかったんだ」


「.......」


「だから、あえて言わせてもらうよ。

 がっくんはボクに対する気持ちにハッキリと答えを出そうとしてるけど、今はこの瞬間だけは曖昧でもいいんじゃない?

 ボクはがっくんの気の置けない男の親友であり、ただ一人の恋する女の子であり、それ以上にがっくんの味方なんだから」


「う.....くっ、うわあああああああ!」


 がっくんの塞き止めていた想いが涙となって決壊した。

 ボクの肩を強く掴んで体育祭に向けていた熱量の分だけ号泣していく。


 そんながっくんをボクはただただ優しく抱きしめ、頭を撫でる。

 今はただ彼の安心できる場所となるために。


 そんな時間がしばらく続いた。

 泣き止むとがっくんは少しスッキリした様子で、ボクの胸に顔を埋めていたことを恥ずかしそうに距離を取る。


「情けない所を見せた」


「ふふっ、ボクはそうは思わないよ。ただいつもより少し可愛いがっくんが見れたかな」


「......うっせ」


 ボクはがっくんの隣に座った。そして、気になることを聞いてみた。


「がっくんはどうしてそこまで体育祭にこだわるの?」


 それに対し、がっくんはポケットティッシュで鼻をかみながら答えてくれた。


「それが俺と光輝との約束だからだ」


「陽神君との約束......?」


「あぁ、俺がまだ小学生の頃、斜に構えたようなガキでクラスの連中とは距離を取っていたんだ......いや、正確には距離を取られていた。

 そんな中、光輝だけは周りの目も気にせず飽きもせずに俺に話しかけて来るんだ。

 ほんと『なんだこいつ』って思ったな」


「ふふっ、まるでラブコメの主人公の過去シーンに出てきそうな光景だね」


「全くだ。ただ、そんなあいつのことを目障りと思いながらも、どこか憎めない奴と思ってたのは確かだ。

 そんな時、あいつは俺に勝負を持ち掛けてきた」


「それが体育祭?」


「そうだ。ある時、俺は光輝に『お前と友達になった覚えはない』と言った。

 すると、あいつは体育祭の個人種目で優秀だった方のお願いを聞くという勝負を持ちかけてきて、煽られたから買ってやったら見事に負けた。

 そして、勝ったあいつの願いは『俺と友達になってくれ』ってな。ほんと主人公みたいな行動してウケるよな」


「ふふっ、そうだね」


 その時の光輝君との思い出を語るがっくんはとても楽しそうだった。少し妬けるぐらいに。


「俺が『一年契約だ!』というとあいつは『なら、次の体育祭も勝負だな』って。

 そして、翌年も勝たれて、次こそはと思ってさらに翌年には俺が勝ったけど、もうその時には十分手遅れだった。

 それから、俺達にとっては体育祭は勝負する約束になって、それが今も続いている」


 そっか。がっくんにとっては体育祭は陽神君と友達であるという証明みたいな意味も含まれてるんだ。

 だから、約束を果たすことでがっくんは自信を持って陽神君の友人でいられる。


「ま、初めてこんな形で負けを認めることになっちまったが、別にこれであいつとの友達契約が切れるわけでもないしな。

 だから、昴ももう気にしなくて―――」


「気にするよ」


 僕はがっくんの言葉を遮った。それ以上は言わせたくなかったから。


「がっくんが気にしなくてもボクは気にする。

 それだけの意味がある勝負ならなおさら。

 だから、ボクががっくんの代理として勝負に出ていいかな?」


「......え?」


 その言葉にがっくんは驚いた様子だ。

 だけど、ボクは本気で想いを伝える。

 ボクは立ち上がるとがっくんの前で跪いた。

 それはまるで前のデートの時と逆のよう。


「ボクにがっくんの想いを果たさせてくれ。

 こんな形でがっくんの大切な勝負を終わらせるわけにはいかない」


 ただ真っ直ぐ熱意を目線で伝えた。その言葉にがっくんはゆっくりと口を開く。


「......なら、任せていいか?」


「!......あぁ、もちろん!」


 がっくんから背負わせてもらった想い。決して無駄にしてはならない。

 この瞬間、ボクはシンデレラになることをやめた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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