第164話 男装乙女の決戦日#2
―――國零昴 視点―――
「今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとな」
「ううん、そんなことないよ。誘ったのはボクだしね」
「それじゃまたお前が空いてる日に。じゃあな」
「うん、じゃあね」
ボクは自転車をこいで遠ざかっていくがっくんを見ながら米粒ほどの大きさになるまで手を振っていた。
「ふぅー」
そして、気を張り続けていた体を脱力させるように息を吐いていく。
あぁ、ホントにドキドキが止まらない。
がっくんの声、仕草、行動とそれらがボクの心を揺さぶってくる。
その度にボクは変に思われないように気を付けなければいけなかった。
でも、お嬢様には割に顔に出やすいって言われてるし大丈夫だったかなぁ。
それにドキドキが止まらないのにはもう一つ理由があって。
ボクはまだかすかに感触が残っている右肩に左手を乗せていく。
それがなんだかがっくんの右手に手を重ねてるような感じがして......うぅ、やっぱりドキドキするよぉ~!
そう、これが先ほどから心がまだザワついてる理由だ。
二人三脚の都合上、より早く走るには一体となって体を動かす必要がある。
となると、互いの腕を首に回して肩を組むということになるわけで。
がっくんは気を遣ってか体自体を密着させることはなかったものの、代わりにがっしりと右肩は掴んできたんだ。
その力強さががっくんをやっぱり男の子なんだとボクに思わせるわけで、そしてその力強く掴まれてる感じがなんだかボクをそのまま離さないように感じて......ってさすがに乙女思考過ぎるかなー!
そんなわけで先ほどからボクのドキドキが止まらないわけで。
はぁ、ホントに好きなんだな~。
しばらくすると、ボクの前に高級車が止まった。ボクの送り迎え用の車だ。
その車に乗車すると運転してくれてる同じ執事の大先輩に声をかけていく。
「すみません、お嬢様とは別々で迎えにきてもらって」
「ふぉっふぉ、気にすることはない。すでにお嬢様から聞いてるからの。
それにお嬢様は実に楽しそうに昴君の迎えに行くよう伝えていたぞ?」
「お嬢様が、ですか?」
「お嬢様にとって君はとても大切な人だ。
同じ同性であり、苦楽を共に経験している相手であり、またいざという時に頼りに出来る相手である、と。
だからこそ、お嬢様は君に無理を強いてないかといつも気にしておられるのだ」
「ボクは別に無理だなんて」
「その割にはお嬢様に一切にワガママを言ったことがないそうじゃないか」
「それは......」
そのことは本当だ。
ボクの家系は代々花市家に仕えていて、ボク自身のことよりもお嬢様の事情を優先せよと教えられて育ってきた。
だから、たとえボクにやりたいことがあっても、それがお嬢様の仕事の前では全てが棄却されるのだ。
そうでなくても、ボクはお嬢様に仕えて苦労は感じても後悔したことなんてない。
ボクのやりたいことがお嬢様の内容であるために、ボクはお嬢様にワガママを言ったことがないだけだ。
「だが、今日は違ったそうだな。
なんせワシが二回も迎えに来てるぐらいだからな。
お嬢様もやっと君がワガママを言ってくれて嬉しかったそうだぞ?」
「そ、そうなんですか......」
「それがたとえお嬢様の考えた未来図に描かれた内容だったとしても、君が君自身のために動いてくれたことが嬉しいそうだ」
「お嬢様に感謝を伝えておきます」
「そういう意味では彼と似てるのかもしれないな」
「彼?」
「お嬢様の唯一の幼馴染だよ。
前にお嬢様のワガママで体験執事としてやってきた影山学君。
彼と話す機会があったんだが、どうにも君と近しいものを感じたんだよ」
ボクとがっくんが似てる......それは今までに考えもしなかったことだな。
だって、がっくんの方が頭の回転が回るし、要領はボクの方がいいけど、それはボクがすでに社会性を身に付けた振る舞いを知ってるから。
がっくんなら覚えればすぐにボクと並ぶだろう。
それどころかボクよりももっと上手く回していくかもしれない。
「彼は磨けばとんでもなく輝く原石だ。是非とも捕まえてくれよ?」
「はい......え?」
「こりゃお嬢様と昴君の子供を見るまで死ねないな。ふぉっふぉっふぉ」
「ちょ、気が早いですってー!」
それから家に着くまでの間、時折がっくんの話題でイジられつつも、無事に到着。
自室に入ればすぐさま執事服に着替えてお嬢様の部屋を尋ねていく。
ドアをノックするとお嬢様から入室の許可が下りたので入った。
「遅くなりましたが、これより今日のお嬢様の仕事を引き継ぎます」
「わかりました。では、お願いします」
ボクの代わりにお嬢様の仕事についてくれていたメイドの人と交代するとまずは謝罪を―――
「待ったらええのに。遅れたことに対する謝罪はいらへんどすえ。
むしろ、うちにとっては嬉しいことなんどすさかい」
「そう......みたいですね。
車内でおじい先輩から聞きました。
そんなに嬉しかったんですか?」
その質問にお嬢様は書類から目を離し、かけていた眼鏡を外すと答える。
「えぇ、嬉しかったどすえ。
なんせ大切な友人が自分のためにやっと時間を使うてくれたんやさかい。なんならこのままもっと使うてもええんどすえ?」
「いや、さすがにそうはいきませんよ。
ボクの立場は花市家に代々仕える執事ですから。
ですが、お嬢様のせっかくのお言葉ですし時折使わせていただきます」
そう言うとお嬢様は不満そうにため息を吐いていった。
あれ? なんか回答間違えたかな?
「ほんとあの腐れ幼馴染とおんなじで自分のために時間を使うのが下手どすなぁ。
自分に対する見返りのあらへん奉仕正にそう。
もう少し打算的に生きてもバチは当たらへん思うけど」
「いやいや仕える身としては主に信頼ある行動で応えるものであって、そこに打算的なことはさすがにダメでしょう?」
「はぁ、こら國零家の教育の賜物みたいどすなぁ。
無理にさせるのもそらまた辛いだけやろうし。
おいおいにでも考えまひょか」
お嬢様は立ち上がるとそのままボクに近づいて来る。
「先に入浴を済ませる。
せっかくやさかい裸の付き合いでもしまひょ」
そして、ボクはお嬢様と一緒にお風呂場へと入った。
ボクは玉のように美しい色白の背中に泡立てたタオルを押し当ててそのまま洗っていく。
「力加減はこのぐらいで構いませんか?」
「ええどすえ。あぁ、相変わらず気持ちよう洗うてくれるな~」
非常にリラックスした様子で脱力していくお嬢様。気持ちよさそうなら良かった。
「で、今日はどうやった?
掴んだチャンスなんどすさかいキスの一つや二つぐらいしたか?」
「し、してませんよ! いきなりそんな! お嬢様だってしたことないくせに!」
「な!? う、うちはあえてしてへんだけどす。
いざとなったらいつでも出来る!」
「お嬢様、今はボクしかいないんですから。
無理に見栄を張らなくてもいいんですよ?」
「見栄なんか張ってまへん! 事実を言うたまでどす!
はぁ、全くこの子は......時々妙な反撃をしてくるなぁ」
「ははは、なんたってお嬢様に仕えてますから」
それからしばらく、ボクはお嬢様とそれこそただの友人として他愛のない会話を続けた。
この時だけはお嬢様もただの女の子として無邪気な反応を見せてくれる。
そして、無駄に広く感じるお風呂に入っていくと脱力するように体を伸ばした。
すると、お嬢様も同じようにリラックスしながら話しかけて来る。
「昴、相手はあの鈍感男どす。
半端な覚悟じゃ気持ちをこちらに向けることは出来やしまへんよ?」
「みたいですね。今は光輝君との長年続いている因縁の勝負に夢中みたいです」
「そうなんどすか。なら、そらある意味チャンスかもしれしまへんよ?」
「チャンスですか?」
「それすなわち一方向しか見てへんちゅうこっとすさかい。
やったら、突然の不意打ちはよーく効きますえ。
例えば、お互いの気持ちをより一つに近づけるためちゅう口実にデートに誘うやら。
あの男は相手には真摯に向き合うさかい必ず乗ってくる思いますえ」
「で、デート!?」
そ、そんな理由でがっくんが本当に乗るかな?
それにボクは男女のデートとかわからないし。
「なんもややこしゅう考えることはあらへんどす。
昴には昴だけの魅力があるやろう?
またなんかあったら力を貸すさかいまずは行動あるのみどすえ」
ボクだけの魅力......ボクには男女のデートとかはわからない。
でも、男友達としてならなんとなくがっくんの好きそうなものがわかる。
「杜代ちゃん、ボク頑張ってみるよ!」
「ふふっ、期待してますで」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')