第163話 男心乙女の決戦日#1
季節は五月の中旬に入り、6月に行われる体育祭の準備期間に入った。
俺はいつも通り体育祭の委員会に―――入らなかった。
というのも、それは過去からの因縁があるからだ。
「光輝、どうやらこの時期が来ちまったようだな」
「そうだね。去年はギリギリ勝ったけど、今年はもっと大きな大差つけて勝つつもりだから」
「ほほぅ? 言ってくるじゃないの。その言葉そっくりお返しするぜ」
そうこれが俺達だ。昔から体育祭の時だけはガチって勝負する。
それが俺達の恒例なのだ。
「で、今年は何出るつもりなんだ?」
「基本的になんでもいいんだけど」
「あるのは学年対抗リレー、障害物競争、綱引きあとは二人三脚とかか」
「あと借り物競争もそうだよ」
「そうなると今年もリレーだけか」
「ま、去年で二年生の種目見てたし予想ついてたから仕方ないよ」
「ま、俺的にはお前に勝てればいいさ。
日常的に学校でイチャイチャしやがって。
この醜い嫉妬心を晴らす機会をずっと待ってたんだ」
「そうかそうか。なら、その言葉そっくりそのまま返してあげよう。ボクが絶対に勝つ!」
そして、俺と光輝が互いにベストを作り出すために全力を尽くすこととなった。
*****
――――國零昴 視点――――
体育祭、この行事にはあまりいい思い出はない。
それは中学生の頃を話さないといけないんだけど、この際話してしまおうか。
ボクはジェンダーという特殊な心と体を持っていて、今ではバランスよく自分が何者かどういう存在か理解できているが、その当時はまだ難しかった。
加えて、その時はお嬢様に悪い虫がくっついて来ないように今と同じように男子用の制服を着ていたこともあり、自分の矛盾するような二つの性別の悩みと自分のやるべき使命によって少しだけグレていた。
いや、この言葉は少し言い過ぎかな。
ともかくまぁ、少し言葉の圧が強かったというべきか。
女子生徒にはそういうことをしない風にしていたのもあり、フェミニストを気取ったキザ野郎なんて感じで周りの男子からは扱われていた。
お嬢様のおかげで男子が直接何かしてくることもなかったけど、体育祭のような大勢の人が見るような前で目立つともはや露骨にブーイングのようなことが起こった。
お嬢様は「学校の王子様に対する妬みだから気にしなくていい」と言ってくれたものの、それがボクには自分自身の悩みとぶつかり気にせずにはいられなかった。
そういう意味ではボクはこの学校に来て良かったと思ってる。
ボクが秘密を明かす前でも大した騒ぎにはならず、一部そのようなものもあったけど、がっくんがいたおかげでそれすらも気にならなかった。
そして、大舞台が苦手なボクが文化祭の時に思い切って自分の気持ちを告白した。
すると、皆はそれを受け入れてくれて、今ではもはやストレスフリーなぐらいに学校生活を楽しめている。
しかし、やはり体育祭には苦い思い出があってどうにも少しだけ心がざわつく。
だけど、ボクはこんな機会だからこそアピールしたいと思ってる。
う~ん、これは少し小学生みたいな発想かな?
別に運動能力が高くて人気を集めたいわけじゃないし。
だけど、手を抜くは当然論外。
お嬢様の執事が腑抜けた姿を見せるわけにはいかないしね。
そして、体育祭の委員が前に出るとどのような種目に出るか話し合いが始まった。
やっぱどうせならがっくんと一緒に組みたいよね。
となると、種目的に一緒になれるのは二人三脚ぐらいか。
だけど、倍率高いよね~きっと。
だって、まるで作為的に組まれたようなクラスメンバーだもの。
どうせならがっくんから選んでくれないかな―――
―――休み時間
「昴、俺と二人三脚を組んでくれ」
「へ?」
話し合いの時間が終わり、がっくんも二人三脚に出ることを知り、思い切って誘ってみようと考えたその時、ボクよりも先にがっくんからお誘いがやってきた。
え、なにこれ、夢じゃないよね? 痛ててて、ほっぺをつねって痛い。
となると、ホントにホント!?
あんな淡い願いがすぐに叶うことなんて!
一体ボクの前世は何をやったの!?
「ほ、本当にボクでいいの?」
「あぁ、お前がいい」
こんなハッキリと求められることなんて今までにあっただろうか? いや、ない!
しかし、今目の前ではがっくんの熱い眼差しがこっちに向いている!
ええい! こんなの掴まなきゃ損でしょ!
「よろしくお願いします!」
「よっしゃ!」
がっくんがボクと組めることに純粋に喜んでくれている。
なんだかこれだけで天に召されそうな気分になる。
ダメだ、ダメだ! もっとグイグイいけとお嬢様に言われてるんだ! がっつけー!
「そ、それじゃあ、今日の放課後でも早速練習する?」
「え、いいのか?」
「うん、どうせお嬢様のことだか絶対融通利かせるし」
「確かに......ほぼ打算でしかないアイツが何も考えないはずがない。
それにこんな関係性な以上アイツは行けるとこまで行けーって感じだろうしな」
「さすがお嬢様のことをよくわかってらっしゃる」
ただそれだと間接的にがっついてしまっているボクにもダメージ入ってるんだよね。
今だってこう誘ったの二人きりの時間が増えるからって打算的な理由だし。
とはいえ、もう乙女の恋愛戦争に突入してるんだ。
こんなことで怖気づいてなんていられない!
そして放課後、ボク達はお互いジャージに着替えてグランドにいます。
まだ体育祭種目の練習期間じゃないから、周りにいる部活の生徒の視線がなんだか痛い。
「やっぱり、さすがに早すぎたかな?」
「別に練習に早すぎて悪いことないだろ。
それに俺にとっては体育祭は重要なんだ。
だったら、周りの目なんかより俺は勝つための練習をする」
その目はとても熱意に溢れていた。
いつものどこかめんどくさそうな感じじゃない本気の目。
その目をボクはすぐ近くで見れていることに思わずドキドキしてくる。
その熱意に当てられたように体が火照ってくる。
「そうだ、昴はスタンディングスタートの際どっちの足が前に出るんだ?」
「ボクは確か左足かな。うん、やっぱ左足だ。こっちの方がしっくりくる」
普段意識したことないけど、スタンディングスタートの姿勢を取ったら自然と左足が前に出たからきっとこれが自然体の構えなんだろう。
「なら、丁度いい。俺は右脚が前に出るんだ。
だから、昴は左足を前に出してくれ。
俺がハチマキで結ぶから」
「わかった」
そして、がっくんはボクの足に自分の足をぴったりくっつけるようにしてハチマキを結び始めた。
そのことにドキドキが止まらない。
あまりボクはがっくんの近くに寄るってことがないからか、この距離感がかなり新鮮に感じる。
がっくんはボクのことを意識してくれてるだろうか。
でも、さっきの目は完全に目標に向かって真っ直ぐな目だった。
「がっくんはなんでボクを選んだの?」
二人三脚は男女で組まれる。
故に、がっくんが光輝君と組まなかったのは必然だ。
だけど、女子の中でボクを選んだのはどうして?
その質問に対してがっくんはただ揺るぎない瞳で答えた。
「そりゃ、お前と一緒なら絶対に勝てると思ったからだ」
それは勝負に本気になるような子供の目だった。
そして、その目はあまりに純粋過ぎた。
どうしてがっくんがそこまで勝ちにこだわるかわからない。
しかし、その目がボクの打算だけで汚していいものじゃないことは理解できる。
競技に本気になるのが子供っぽい?
それで結果的にアピールも出来るなら本気でやらない意味はない。
それになにより、ボクががっくんの意思を曲げたくない。
がっくんが勝ちたいのなら、ボクはがっくんのその願いを助ける人になりたい。
がっくんがボクの気持ちを真剣に考えてくれたように、ボクもがっくんの気持ちに全力で応えたい!
「そっか。なら、絶対に勝たなきゃね」
「あぁ、やってやろうぜ!」
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