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第162話 日々、心臓が酷使されるんだが

「はぁ~、疲れた......」


 昼休み、俺は深い息を吐きながら校舎近くの日の当たるベンチでだらけていた。

 というのも、この数日間沙由良がこれまでの1年間を取り戻すようにものすごいアタックしてくるのだ。


 それは酷く体力を使う。相手が沙由良ということもあるが、それ以上に俺の心労がきついのだ。

 沙由良が近くに寄ってきて、揺れる髪から漂うニオイ、まるで逃さないような透明感のある瞳、時折こっちの心を揺さぶるかのように上げる口角。


 それらにいちいちドキドキしてしまってる。

 好意を自覚してしまった代償というべきものだな。

 そのことを本人が自覚しているのか定かではないが、時折こうして心を落ち着けなければ正常な思考も―――


「なーにしてんの?」


「......疲れてるの」


 しかし、俺はどうやらこれまでにツケを払わな過ぎたようだ。

 背後からまるで恋人同士のやりとりのように生野が抱きついてきた。

 背中に感じる柔らかい物体に意識が持ってかれるっ!


「抱きつくのはやめてくれ」


「え~、嬉しいくせに。わかってるんだよ?」


「だからこそだよ。それにお前は前までこんな行動しなかっただろ」


「そりゃ、強力なライバルが増えたんだから、これは私のものだってアピールしておかないと」


「ネコじゃないんだから。まさかマーキングしてるみたいな言い方すんな」


「ネコ、確かにそう考えるとそうかもしれないわね。どうかニャ? 私のニオイをつけておくニャ」


「今すぐ離れるんだ! さもないと大変なことになるぞ!」


 俺が! という言葉はなんとか心の中に押しとどめた。

 さすがにそれ以上抱きつかれた状態で、耳元で聞こえるような距離感でそれを言われるとおかしくなりそうだ!


 その押しとどめた言葉のおかげで、さすがの生野も怒られるのかと思ったのか「ごめん、わかったから!」と隣に座ってくる。それでも近くには来るんかい。


「悪かったわよ、あんたはベタベタされるのはあんまり好きそうじゃない......し。

 ねぇ? ちょっとこっちに顔見せてみなさいよ」


 見せれるか! こちとら顔が真っ赤なんだぞ!

 これ以上は俺の理性の糸に関わってくる。

 しかし、生野は俺に似ている。

 つまり相手のことに関しては目ざといのだ。


「ねぇ、こっちに顔見せないと......もっと抱きついちゃうニャンよ~?」


「......」


「いいんだね? 向けないってことは許可を得たってことニャよ?」


「わかった! わかったから落ち着け!」


 心臓がフルスロットルで活動している。

 100メートルを全力で何本か走ったようなしんどさで、体にどんどんと熱がこもっていく。

 下手な有酸素運動より有酸素運動してるかも。


 俺は大きく深呼吸した。そして、両頬を強めに叩いていく。

 この痛みを俺の気持ちの切り替えのキッカケとし、さらに顔が赤いのは頬を強く叩いたからという言い訳まで兼ねている。


 後は俺らしく生野と関わっていく。

 こうまでアピールされると好意というものが生野に向いているように思ってしまうが、出来れば俺は冷静に正常にふと思った時に誰に向いているのかで決めるべきだと思ってる。


 勢いだけで選んでしまってはこれまで散々振り回してきた皆に失礼だ。

 だから、俺は真摯に生野へ対応―――


「遅いニャ!」


 俺が顔を向けようとすると少しひんやりとした生野の両手に顔を抑えられて、強制的に生野の顔の正面へと向けられた。


 その瞬間、黄金比のような顔立ち、ハッキリした二重、長いまつ毛、刺し込んだ光でラメで出来たような瞳が目に入ってくる。


 もはや俺にその瞳から逃れる術など持ち合わせてなかった。

 コイツへの好意というものを自覚した以上、もっとその顔を、その瞳を見続けたいという欲望に刈られ、顔を逸らさなければという意識は上書きされていく。


 生野からは俺がどう映ってるのだろうか。

 好意的な目であるということはわかってる。

 しかし、俺は顔の良し悪しで言えばそこまで良くないし、散々振り回したコイツには罪悪感のような感情もある。


 生野は本当にその時のことを恨んでないのか、憎んでないのか。

 そこを気になりだすと止まらなかった。


「別にそんな感情ないわよ」


「......っ!」


 まるで俺の思ってたことを読み取ったかのような言葉。

 いや、実際に口に出てしまっていたというべきか。


「全くないとはいわない。でも、仮にそう恨んでたとしてそれで責任取ってって言ったらあんたは取ってくれるの?」


「いや、取らないだろうな。そこまでの人生背負うほどの責任は起こしてないし、それにそれだと周りに誠意を見せられない」


「でしょうね。だから、最初からそんなこと考えてないわよ。

 もし一対一だったらちょっとは考えたかもしれないけど」


「考えるのか......」


「どうしても逃したくない最終手段ってところかな。ふふっ、重いと思った?」


 そう笑みを浮かべる生野はあまりにも輝き過ぎている。

 まともに直視過ぎるには可愛すぎる。

 加えて、自然と醸し出す相手を煽るような表情はこっちの支配欲を突き動かすようで。


「ねぇ、あんたの顔見すぎちゃったかも」


「......どうした?」


 生野が熱ぼったくじっと見てくる。

 その目線によってこちらの体温も上がっていくようにどこもかしこも熱を感じる。


「どうしたのかな? なんか今はもうどうでもいいかなって。ただ気持ちを届けたいだけ」


 生野の顔が自然と近づいて来る。

 俺の顔も生野の手によって引き寄せられていく。

 まるでその距離感こそが自然であるかのように。

 互いの気持ちが一体化するように―――


「それ以上は沙由良んも看過できませんね」


「「わあっ!?」」


 その瞬間、すぐ横から沙由良がひょこっと顔を出した。

 その顔はいつもよりジト目である。

 より不満そうであることが伝わってくる。


「さ、さゆらっち!? どうしてここに!?」


「遠くで二人がイチャついてるのが見えまして。

 たまには沙由良ん的にも見逃してやろうかと思いましたが、沙由良んセンサーが不純な気配を察知しましてね。

 それで近くで観察してみれば、互いに顔を見つめ始めてあわやチューをしようとは。

 頬ならば沙由良んも前科持ちなので歯を食いしばって血涙しながら我慢しようかと思いましたが......さすがにこれは、ねぇ?」


 沙由良が生野の顔を見ると生野は改めて自分の暴走が恥ずかしくなったのか勢いよくベンチから立つと脇目も振らず走り出してしまった。


 そんな生野の後ろ姿を眺めていると沙由良が話しかけて来る。


「出来そうな所で出来なくて悔しいですか? 口寂しいですか?

 代わりに沙由良んズリップスをお貸ししましょうか?」


「いや、もういい。心臓が持たない」


「それは残念。とはいえ、学兄さんが求めてくるのが理想的なのでここは我慢しましょう。

 ちなみに、沙由良んがこの学校に来る前からこのようなことはあったんですか?」


「あるわけないだろ? 今より関係性が薄い状態であんなことあったら俺だって自覚するわ」


「まぁ、さすがにあれだけ本気ですとわかりますか」


 すると、昼休みの終わりの鐘が鳴り、沙由良は歩き始めた。

 そして、何かを思い出したように振り返ると告げてくる。


「学兄さん、沙由良んがすでにその唇を奪う予約していることをお忘れなく」


 それだけ告げるとその日はそれ以上関わってくることはなかった。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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