第157話 スノーマジック
休日、玄関のインターホンが鳴るとそれをリビングの通話パネルみたいなところから確認して、その人物が花市だとわかると居留守を使って放置―――しようかと思いきや、玄関のドアが開いてそのまま拉致られた。
そして、連れてこられた場所は雪山であった。
「ご、ごめんね。相変わらずお嬢様は強引で」
「平然とドアを開錠されるとは思わなかった。
明らかな不法侵入だがお前らとの仲で不問としよう。
それでここは......スキー場か?」
目の前に広がるは真っ白な雪で敷き詰められた上り坂であった。
その近くにはスキーリフトがあり、多くの人達がそれに乗りながら上に向かっていき滑っていく。
「目隠しで割に長時間車に乗せられてたからついに俺に対して堪忍袋の緒が切れた花市が俺を山に捨てに行ってるのかと思った」
「お嬢様はそんなことしないよ。
がっくんのことは気に入ってるしね」
「これは花市の立案か?」
「うん、単にたまたまお嬢様とテレビ番組見てたらスキーの特集してて、そしたらお嬢様が『これや!』と告げれば休日にはこんな目に。
ごめんね、貴重な休日を使わせちゃって」
「謝んなくていいよ。
花市に関してはもう慣れたし、それになあなあな関係をさせてるのは俺だしな」
「そんな背負い込もうとしなくても大丈夫だよ。
むしろ、それはこっちの仕事というか......ともかく、今日は楽しんでもらえればそれでいいから」
なんか逆に昴に気を遣わせてしまってる気がするな。
なら、昴の言葉に甘えて今日は遊ぶとするか。
「とはいえ、実は言うと俺......スキー初めてなんだよな」
今、着なれない分厚い服を着てスキー板を装着するための専用ブーツを履いているのだが、これが実に歩きづらい。
まさか足首の可動域がここまで制限されるとは思わなくて、そのブーツを履いてからスキーリフト近くに来るまでに何度コケて近くの雪に顔面から突っ込んだことか。
「それじゃあ、基本的なレクチャーをしていくね。
板には立った状態で装着していく。
踵がカチッと音がしっかりして外れないことを確認したら、次は歩き方を教えて行くよ」
「よし、出来た」
「歩き方は横向きと八の字型があって、ゲレンデに自力で登るときは横向きで進むんだ。
ま、それは少し練習してみた方が早いかな。それじゃ―――」
それから約1時間ほど昴からスキーレクチャーを受けた。
昴は褒め上手なのか基本的なことを教えて貰ってそれをしてるだけなのに凄い褒めてくれるから異様にモチベが上がっていく。
それは実際に滑る工程に移っても変わらずに、俺が短いゲレンデで滑ってる目の前で後ろ向きで滑りながら拍手して褒めてくる時はゾッとした。
さすがに後ろ向きで滑るのはやめて。
凄いのはわかるけどなんかこっちがヒヤヒヤする。
そんな時間がしばらく続いた後、昴に誘われてスキーリフトに乗ってみれば、辿り着いたのはもはや死ぬだろレベルのヤバイ坂だった。
「昴、これは人間が滑る坂じゃない......」
「大丈夫だって。ほら、他の人も滑ってるし」
「違う、あいつらはゴーグルとか帽子で上手く隠してるだけで実はイエティだ。もしくは雪男」
「それ洋名か和名かで結局同じなんだけど......でも、ほらゴーグルのしたに人の口や鼻が見えるし」
「あれはよその人間から奪ったものだ」
「なにその怖い設定......あ、ほら子供でも滑ってる子がいるし」
「あれは実はどこかの地下施設で特殊な訓練教育を受けた子供だ。
もしくはあのなりでかなりのお年を召した方かもしれん」
「ダメだ、がっくんが恐怖心でどんどん面白い方向に進んじゃってる」
いやいや、これ滑るべき坂じゃないって。
一番下にいる人達が豆粒みたいに見えるもん!
これで滑ったら絶対どこかで転がって全身雪に包まれて雪玉になっていくパターンのやつだもんこれ!
そんな俺の一方で、昴は何かを考えると一人でに頷き俺に指示を出した。
「がっくん、正面見て」
「正面......?」
「ほい」
「うぇえ!?」
昴が俺の背中を押した。
その瞬間、坂のふちにいた俺はそのまま坂を滑り始める。あ、死んだこれ。
「わあああああ! ちょ、止まってええええええ!」
「がっくん、落ち着いて」
垂直に対してどんどん姿勢の角度が鈍角になっていく俺の背中を一緒に滑る昴がスティックで止めた。
「がっくん、なら大丈夫。ボクを信じて。姿勢を板に対してまっすぐに」
その目は俺の運動神経を揺るぎない自信を持って信じている目で、そんな昴に対して俺もどこか少しでもかっこつけたいと思ってしまった。
そして、俺は取り返しがつかなくなる前に姿勢を戻すと滑ることに意識を集中していく。
基本的な滑り方は全て教わった。
ブレーキの仕方も重心の移動の仕方も。
昴の教えてくれたことをそのまま活かせば必ず滑り切れるはず!
速度がどんどん上がっていく。
その度に顔には凍てつくような風を受け、目の端の雪を被った木々は高速で過ぎ去っていった。
「大丈夫、ちゃんと滑れてるよ。
がっくんのそばには必ずボクがいるから安心して」
しかし、昴だけは変わらずに近くにいてくれた。
合わせてくれてるのは十分にわかってる。
だけど、それが俺に安心感と勇気を与えてくれた。
そして、俺は多少危うい場面もあったけど無事にその死ぬようなゲレンデを滑り切った。
「終わった......」
ゴーグルを外すと太陽光に照らされてより眩しく白色を強調してくる雪の坂が視界いっぱいに広がった。
もうそこには恐怖心はない。
やり切ったという達成感が俺の心の全てを満たしていた。
「昴......」
「ん? どうした?」
「楽しいな、スキーって」
「でしょ」
俺の言葉に昴は自分のことのように楽しそうに笑った。
それから、俺達は狂ったように滑りまくった。
大勢人がいたから十数回とはいかなかったけれど、それでも十回に近いくらいは滑ったと思う。
しばらくした所で、さすがに休憩に入った。
滑るだけでも意外と体力は使うもんだな。
「ふぅ~、滑ったな~」
「だね。それにしてもがっくんってば本当に初心者? ってぐらい覚えるのが早かったよ。
まさか数分でパラレルターンを覚えるなんて」
「ま、それに近いものだけどな。
でも、あの動きは正しくスキーの上手い人の滑り方って感じがしてかなり気持ちよかった」
「ふふっ、それなら良かったよ」
昴は少し遠くを見るとそのまま俺に聞いてくる。
「がっくんはゲレンデマジックって聞いたことある?」
「まぁ、言葉程度には」
「スキー場で滑る人が魔法にかかったように魅力的に見えることからそう名付けられたみたいだよ。全部雪のせいなのにね」
「なんか“全部夏のせいだ”って言ってるような感じだな」
「それに近いかもね。でも、そういう言葉って実際にそれがあるかどうか確かめるにはやはり体感した方が早いよね」
「そうだな。百聞は一見に如かずって言葉もあることだし、実際に自分が経験したことなら否応なしに受け入れるだろ」
「うん、そうみたいなんだ。
ま、もともとボクには望みもしてなかったわけだけどね」
すると、昴は俺の方を見てその中世的な男女ともに魅了するような顔で母性的に微笑んでくる。
「どうやらボクも雪の魔法にかかってしまったみたいだ。
いつもカッコいいがっくんがもっとカッコよく見えるよ」
その言葉に胸が跳ねる。
もはや跳ねないはずがないというほどにハッキリとしたドキッという感覚を感じた。
「......なぁ、それって男女ともにあるのか?」
「あるとは聞くね。それがどうかしたの?」
「いや、だろうな......と」
うん、全部雪のせいだ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')