第156話 甘い......これがデートか......
高校一年の三学期めが始まり、1月の方が12月よりよっぽど寒く感じる頃、俺の高校生活はなんというか以前に戻った。
俺の気持ちがわからないからこその焦りがあった前とは違い、姫島も雪も相変わらずな態度である。
それはそれでかえって俺の心の平穏は保たれるわけだが、やはりこいつらの仲の良さには一抹の不安を抱える。
そこに関してはあいつらで折り合いをつけることで下手に介入すれば余計なことになりかねないので、前面的に任せているがやはりどうにもこうにも気になるのは確か。
もはや俺がいないところでも仲良さそうに話している様子には傍から見ている俺の方がよっぽどソワソワしている。
原因俺なのに俺が解決できないのはなんか心苦しい。
そんなことを考えているといつの間にか放課後まで来てしまっていた。
一応今日の光輝ラブコメ計画のデイリーミッションだけは済ませているのでまずまずというところか。
「はぁ、俺が考えても仕方ないってのにな......」
「何が仕方ないんですか?」
「それは......って雪?」
独り言を呟きながら帰る準備をしていると目の前にちんまりと雪がいた。
周りを見ても他に連れがいる様子はない。
「どうした?」
「あ、えーと、その......そうだ、新刊の発売日でして、それで買い物に行こうかと思うんですけど、そのショッピングモールの方で新しいお店がオープンしたらしくて一緒にどうかと思いまして......」
「そうだ」って言っちゃってるし、妙に早口になっている。
そしてなにより、顔が恥ずかしそうにしているのか赤い。
......って、これってデートに誘われてね?
前までの俺だったら普通の買い物として捉えただろうけど、もう恋愛感情が関係性に関わっている以上はこれってそういうことじゃね?
この場に雪しかいないのが確固たる理由ではなかろうか。
そう考えると恥ずかしながらも勇気を振り絞ってくれた行為に好意を感じる。
そして、ここで受けねば待たせているお前らに示しがつかん。
とはいえ、恥ずかしくなってきた俺の顔はポーカーフェイスで隠させてもらおう。
お前らの前ではいつも通りでいかせてもらう。
でなければ、理性が揺さぶられて仕方がない。
「そうなのか。もしかしてなんかのデザートか?」
「は、はい! 有名どころなんで......って良いんですか?」
「え、まぁ、断る理由ないし」
むしろ、受けなければ申し訳ないような気もするし。
ま、どの道雪に誘われた時点で断る選択肢はないようなものだけど。
「本当ですか! なら、早速行きましょう!」
ルンルンの様子で足早に教室のドアへと向かっていく雪。
その動きが散歩をせがる子犬のように見えるのは雪クオリティなのだろう。
そして、俺は雪とショッピングモールに向かっていく。
その際、俺は正直に今抱えている不安について尋ねてみた。
「雪、一つ聞いていいか?」
「なんでも大丈夫です。影山さんには好きな官能小説のタイトル名も言えますし、同人誌も言えます」
「なんか俺への評価に別の不安を抱えたんだけど......まぁいい。その、お前らって仲が良いじゃないか?」
「そうですね。最近はより仲良くなったような気がします」
「そうか。それで俺が言うセリフじゃないことは重々承知の上で効くんだが、お前らの仲で俺に対する折り合いはついてるのか?」
「あ~、それですか。大丈夫ですよ」
どこかシリアスめに聞いてしまった俺の質問に対し、雪は全く気にしてないようにサラッと答えてきた。
え、え? なんか温度差についていけない。
「俺の存在はそのせっかく仲良くなった状態のお前らの仲を切り裂くような感じなのに、意外にあっさりと答えるんだな......」
「まぁ、それについては随分前から私達の中で議題として上がってましたし、それに一度全員で話し合うこともありましたし」
え、そんなことあったの? 衝撃的な言葉を本当にあっさり言ってくれるじゃん!
「別に私達は影山さんのことを悪く言ってはいませんよ。
確かに複雑のように見える関係ですが、全員思いの外理解力がありますし、そもそも話す前からそういう事態に関しては予想がついてたらしいです」
「お前らがそれでいいならいいけど......別に気になったから聞いただけで俺から何か言うつもりもないし、そんな権利ないし」
「影山さんはしっかりと考えて決めてくれればいいですよ。
数奇な運命を辿ってるとは思いますが、影山さんという縁があったからこそ他の皆さんとも縁を結べて仲良くなれたんです。
それに影山さんは閉じこもっていた私の殻を壊してくれました。
感謝こそあれど恨みなんてあるわけないです」
いい子過ぎて泣きそう。そして、俺はほんとなにやってんだと自分で自分を殴りたくなってくる。
もちろん、こういう複雑な関係性を生み出そうとしたわけじゃないが、それでもこういうことに雪を関わらせてしまったことを申し訳なく感じてくる。
「雪は強いからきっと俺と関わらなくても前に進めてたと思うぞ」
「それは違いますよ。それだけは断言できます」
雪は揺るぎない意志を持ったような瞳で俺を見てくる。
正しく俺の言葉が間違っているかのように。
それから、雪はそれに答えることなく、ショッピングモールに着くとまるで床に本屋まで直通のエスカレーターでもあるように進んでいった。
「あ、え、あれ? なんで私は本屋に来てるんでしょうか!?」
「もはや狂いもなく最短距離でここまで来てたけどな。新刊が出てるんじゃなかったのか?」
「あ、えーっと、そうですね! そうでした、そうでした。ちょっと見てきますね!」
雪は恥ずかしさを隠すように本屋の中へ入っていく。そして、本を眺めて始めた。
まぁ、それがただのここに来るまでの口実だとは知ってるけどね。
しかし数分後、別の本について純粋に買うかどうか悩み始めた。見てるのはもちろん官能小説。
傍から見ていると小学生と見間違えるほどの女の子が一人でそのコーナーにいる感じで、周りの大人が妙にソワソワしてる。
凄いな、雪はいつもこんな環境の中で買ってるのか。わざわざネットで注文せずに。
男なら日中から堂々とエロ本吟味してるようなものだぞ。
それからさらに数分後、雪は何冊か手に取るとそれを買い、満足げな様子で俺の所に向かってきた。
「すみません、時間取らせてしまって」
「いや、大丈夫。雪に感心してたから時間なんて気にならなかった」
「?」
その次は雪の本命である新しい店に向かっていく。
時間帯も夕刻なのか割に人が並んでいた。
それもそのはずこの店はテレビで紹介されるほどのシュークリーム専門店である。
甘党の俺がもはやこの店をリサーチしないはずがない。
なので、正直言うと雪がこの店を紹介することはなんとなくわかっていた。
「凄い列だな」
「とはいえ、サイン会に遅れた時に比べれば大した長さじゃないですね」
なんか隣に猛者がいた。
そして、俺は雪と適当に話しながら番が来ると互いにシュークリームを買っていく。
俺はイチゴで、雪はマロンホイップ。
ほほう、雪はまたいいチョイスをするな。
近くの席に座ると早速口に含んでいく。
ふは~~~、うんめぇ~~~~。
「美味しいです」
「やはり王道でもこの美味さ。来てよかった」
感動に心を震わせていると何やら雪がこっちを見てくる。
その表情はどこか強張っていて緊張しているという感じだ。
「どうした?」
「失礼します!」
そう言って身を乗り出すや俺のシュークリームを一齧り。ゆ、雪さん!?
「あ、間違って食べてしまいました......」
それは無理があるよ、雪さん......。
「お、お詫びに私のをどうぞ......」
な、なんだと!? まさか今のはこの流れに持っていくための行為ってことか!
なら、余計に無茶しすぎではないか!
だがこの瞬間、雪の勇気ある行動によって俺が窮地に立たされた。
つまるところ公然でイチャ付きカップルのようにあ~んをしなければいけないということ。
は、ハードルが激高ぁ。
「わ、私のは食べたくないですか......それとも先ほどのを怒ってますか?」
その悲しそうな顔は反則だ! もう食うしかなくなるじゃん! あぁぁぁぁぁままよ!
俺は雪のシュークリームを一口貰った。
「ど、どうですかお味は?」
「......甘めぇ」
もう、ほんと、色々と。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')