第154話 ことよろ
「ほら、神様の前だ。少しは印象を良くした方がいんじゃないか?」
「あら、私はこれで印象良い方よ? 最悪、可愛ければ許してくれるはずだわ」
「考え方がすでに印象悪い」
ついに参拝列の最前までやってきた。
ここまでの間が妙に長く感じたのはこいつらの誰が姉で誰が妹かという至極どうでもいい談議がやんややんや続いたせいだと思う。
なぜこいつらの仲では姉や妹はただ一人しか存在しないのか。
神話生物とでも思ってる? そう思っていいのはラブコメの女子だけだぞ。
そして、俺が全員の行動をまとめつつ二礼二拍手一礼と行っていく。
その際の二拍手後の祈りはとりあえず「ケジメはつけます」とだけ告げておいた。
確かこういうのは神頼みじゃなくて自分の目標を神様に告げる的な感じだったはず。
神様が見守ってくれているから頑張ろう的な。
俺はチラッと見るとそこにはたまにテレビで見る芸能人の参拝風景にも似た光景が広がっていた。
ただ少し違う点があるとすれば、皆が妙に必死な顔をしていることだろうか。
もう何がとは問わん。
というか、それだけで「何をお願いした?」と聞くまでもない。
というか、妙に恥ずかしいんだが。
「さて、参拝というメインの目的は終わったわけだが、お前達は何か予定あるのか?」
そう聞くと雪が軽く手を上げて答えた。
「私はお母さんから破魔矢を買ってくるよう言われてます。後、おみくじも引きたいです」
「おみくじ! いいわね、是非引きましょう!」
「とはいえ、もしそれで悪かったらなんだかしょげそうだよね」
「そういう時は引き裂けばいいんです。おみくじがなんぼのもんじゃいと」
「バチ当たりなことを平然と提示しないの」
姫島、昴、沙由良、生野と言葉が続いていった。
もしこれだけで捉えれば女子高の友達同士で初詣に来た日常系漫画のシーンとして利用できそうな光景である。
というか、こいつらの場合、俺のせいで結託してしまった影響で妙に仲が良いんだよな。
ホントにお前ら恋敵同士なの? というレベルで。
なんか後が怖そうと思ってるの俺だけ?
「なら、順番にやっていこう。俺も途中の屋台で見たバナチョコ食いたいし」
「え、売ってたの? なら、ボクも食べたい」
「相変わらず甘いものを見つける目は優秀ね」
「良いだろ別に。俺の勝手だ。というか、甘い物だったらお前も食いたいだろ?」
「ま、まぁ、仕方ないわね! そこまで言うなら!」
「そこまでは言ってないな」
ふぅ、相変わらず昴と生野は非常に話がしやすく助かる。
え? なんで急にそう思ったかって?
それは俺が意図的に意識を外している他の三人にあるからだよ。
一応、知りたい方のために少しだけ耳を傾けてみよう。
ちなみに、俺達とは全く別ベクトルの話で盛り上がってるのはあしからず。
「ねぇ、さっきの学兄さんの言葉......ちょっとエロくなかったですか?」
「「わかる」」
「たまにあるわよね、少しエッチな漫画でこうチョコレートバナナをヒロインにエッチく見せるような食べ方するやつ。
あれって読者の目を引くためにと思ってたけど、もしかしたら実体験に基づく見解なのかもしれないわ」
「そうですね。私も脳内で少し想像してしまって恥ずかしながら興奮してしまいました。
一応、BLも科目として抑えてるもので......」
「ちゃん雪、それはとても素晴らしいことですよ。
というか、男子で想像できることは大体女子でも想像できることなんですよね。
なぜ女性向けのラブコメでそういうシーンがあまり使われないのでしょうか」
「男性には需要ありそうだけど女性には......的なじゃない?
ほら、女性主人公の場合、キュンポイントが思ってる以上にハードル低いし。
確かに壁ドンとかあごクイとかで胸が高まることもあるけど、結局女性も男子並みの思春期を心に抱えてることを忘れてもらっては困るわ」
「となると、どこまでエッチなら許されるのでしょうか。
水泳シーンとかあれば上裸まではセーフでしょうから、海水パンツが普通にパンツになったらセーフでしょうか?」
「普通のラブコメでも湯気多めにヒロインのシャワーシーンがあるぐらいですから普通にアリだと思いますよ。まぁ、個人的に望むのはその先のベッドインまでですが」
「それ完全にR18ね。でも、その気持ち、否定しないわ」
さーて、ここらでいいでしょう。ね? ホントに聞くに堪えない至極どうでもいい話でしょ?
最初のバナチョコの下りからだいぶ話が脱線してるけど、アイツらには十分に繋がってると思ってることで......うん、俺は是非とも混ざりたくないな!
「ほら、行くぞ」
「「「「「はーい」」」」」
そして、俺達は雪の破魔矢を買いに社務所に向かった。
そこはたくさんの人だかりが出来ていて、低身長の雪は今にも飲み込まれていきそうだ。
「っ!」
その瞬間、手に少しひんやりした柔らかい感触がした。
反射的に握るとそれは小さな手で、ふいにその方向を見ると雪が照れた表情で告げる。
「迷っちゃいますからね」
「あ、あぁ、そうだな」
これはどっちだ? 純粋な手助けを求めているのか?
それともこの人ごみに乗じて狙ってやって来たのか?
とはいえ、雪が言うように雪だけでは前に進むだけでは苦労するだろう。
故に、仕方なくだ。
そして、雪の代わりに破魔矢を手に取るとそれを買っていく。
ついでにお守りもなんか見ていると隣からひょこっと昴が現れた。
「ねぇ、これなんかどうかな?」
そう見せてきたのは「結」と書かれたお守りだった。縁結び的なやつか?
「がっくんは色んな縁に恵まれてるからね。
これからもそうであって欲しいと思って。
ただ個人的なことを言えば、ボクとの縁を大切にして欲しいかなって」
「っ!」
少し照れたような顔が余計にインパクトを大きくしている。
普段の昴からすればとんでもない大胆な行動に思わずドキッとした。
お守りを買うと次におみくじを引いていった。
それぞれおみくじを引いていくと俺も引いていく。
結果は中吉。なんともコメントにしずらい......いや、おみくじなんてそんなもんか。
そんな俺の結果を覗き込むようにやって来たのは沙由良であった。
「学兄さんは中吉......なんとも微妙ですね」
「重要なのは内容だ。俺の願い事は無事に叶うみたいだな」
「恋愛運は『待ち人来たり。すぐ近く』ですか。ちなみに、沙由良んは大吉で『待ち人。来ず』でした」
「あー、それはなんというか......」
「ふふっ、別にそんなことで一喜一憂はしませんよ。
なんせ待ち人なんてすでにいるんですから来るわけないです。
なら、後は捕まえるだけですね」
普段表情の変化がとても乏しいこいつが少し口角が上がっただけでこうみ魅力的に見えるのはなぜだろう。
先ほどから妙な感じが続いて体温が上がっていく。
おみくじを近くの縄に縛っていくと次は屋台に向かっていく。
当然、向かった場所はチョコバナナの屋台だ。
なぜか略していうときはバナチョコと言ってしまうのはなぜだろうか。
俺はそこで三本買うと一つを生野に渡していく。
「え、ありがとう。奢ってくれるの?」
「ついでだ。もちろん、あいつらには聞いてあるが別に食べたいものがあるそうだ。あと一つは昴の分」
「あんた何気サラッと男らしい行動するわよね」
「別に奢るぐらいそんな行動でもないだろ」
「......そうね。あんたからは普通かもしれない。
だけど、あんたのことを好きなあたしとしてはもっとあんたを好きになるってだけ」
「......反応に困るからやめてくれ」
「ふふっ、顔が真っ赤よ。なら、言った甲斐があったってもんね」
生野はクリスマス以降から妙に吹っ切れたように自身の好意を言葉にして伝えるようになった。
その一発の重みが凄すぎて処理できないのがしばしば。
コイツの近くにいるともう心臓が持たなくなりそうだな。
「昴に渡してくる」と言ってその場を離脱。
呼吸を整えながら昴に渡していくと少し遠くで姫島が三人の男達に囲まれていた。
その表情は妙に困ってそうだ。
俺は意を決してその場に割り込んでいった。
「すんません、俺の連れが何かしましたか?」
「チッ、彼氏持ちかよ。ま、当然か」
今時珍しいほどの強引タイプのナンパだったんだな。
引くのが早い当たり慣れてる感じがする。
「あ、あの......その......影山君、手がその......」
「あ、悪い」
姫島の顔が妙に赤いからなんだと思えば俺が咄嗟に手を握ったからだと思う。
どうしてそうしたかはわからない。
手を離すと姫島は動揺を隠すように手に持つ紙コップを口につけていった。
「甘酒か?」
「えぇ、そうよ。体が温まって丁度いいの」
「お前、大丈夫か? 前に酒入りチョコで酔ってただろ?」
「それはそのチョコを食べ過ぎたからよ。
さすがに甘酒一杯で酔うことはないわ。
それに私はすでにあなたに酔ってるから」
そう微笑む姫島は大人のような色香を放っていた。
先ほどのせいでやや赤く染まる頬はその魅力に一層の磨きをかけ―――
「影山君、大丈夫?」
「え?」
俺は鼻から血を出していた。
どうやら五人の無意識な連携ともいうべき好意で俺の体は持たなかったらしい。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')