第141話 ライフがゼロになりました
昴から地獄の招待状のことを聞かされてから、俺の憂鬱は抜けない。
なんせ、俺は自分の心の症状を知ってしまっているから。
恐らく、花市のことだから家に招くのは知人のみ。
つまりは光輝&ハーレム達とあいつら5人ってわけだ。
そして、学校という制限された空間でないだけにあいつらの行動が活発になる。それが怖いのだ。
今の俺は恋の初期段階。
しかし、自覚した今はその相手が美化されて見え、さらには些細な仕草や言葉に心が動かされる。
つまり、より好意的にその相手を見てしまうということだ。
それが普通の恋愛であればきっと何の問題もないのだろう。
しかし、今の置かれてる現状はこの恋の矛先が誰に向いているか自分自身でもわからないという本来ならばありえない事態が起きているのだ。
頭の中に浮かぶのはたった一人ではない。
俺に好意を寄せている5人の顔。
虫が良い話、俺の好意は現時点で把握できるのが全員に向いている。
もちろん、俺の中ではこの優柔不断な気持ちにケリをつけるために思考は常に巡らせている。
だが、学校であいつらの顔を合わせるたびに魅力が増幅されてる気がして、増々決めることが難しくなっている。
強いて言えば、今の状況で顔を合わせていない沙由良だけが他よりも顔合わせる機会が少ない分、他よりも劣っている―――
「おやおや、こんなところにいるのは学兄さんではないですか」
「おぉ、神よ! どうして俺にこんな試練を与えるのだ......!」
「兄さんがなぜに苦しんでいる!?」
今日は休日の昼間、12月と冬の寒さも厳しい中で晴れた日中の公園のベンチでぼーっと座っていたのが俺だ。
普段漫画の新刊やゲームの買い物以外ぐらいでしか外に出ないはずの俺が何も手につかず外で無職のサラリーマンのように時間を費やしている最中、お前はやってくるというのか。
おぉ、なぜこんなタイミングで!
「せっかく少しでもケリがつくと思ったのに......」
「なにやら沙由良んの登場が学兄さんに良からぬことを与えてしまったみたいですね。
とはいえ、それはさすがに理不尽極まりないので沙由良んズラブガードで防がせていただきます!」
相変わらず独特な沙由良語を駆使しながら風のようにサッと俺の隣に座ってくる。
それも肩がぶつかりそうな程近い。
普段の俺なら全く気にしないことも出来ただろう。
しかし、今の俺にはその甚だ領域侵犯してきたそのパーソナルスペースは明らかに心臓バクバクエリアであるのだ。
故に、俺はすぐさま距離を取り―――
「逃さぬ」
「うっ!?」
「う?」
腕に抱きつかれた。
どことは言わないが柔らかな感触がダイレクトに伝わってくる。
まるで心音が聞こえるんじゃないかというほどに俺の心臓がうるせぇ。
「う?」
「な、なんだ......」
何かの違和感を感じ取ったのか沙由良が俺の顔を覗き込んでくる。
その視線に思わず顔を逸らしていく。
なんとか別のことを考えろ。
コイツは察しが良い方だ。
顔なんか赤くしたらつけあがるぞ。
「う?」
「......」
「う?」
し、しつけぇ! 俺が思わず漏れた声をどこまで引っ張るつもりだよ!
つーか、さっさと視線を外してくれませんかねぇ!?
さっきからじーっと見られんのクソしんどいんだけど!
チラッと横を見てみれば相変わらず光に反射して透き通ったように見える瞳がこちらに向いたまま。
まるで感情を見せないような表情がこちらに考えを読ませないようにしてるみたいだ。
デフォって知ってるけど。
その瞬間、沙由良と目が合った。
そして、コイツは凍った顔を僅かに融解させるように口角を上げて告げるのだ。
「やっと目が合いました」
「......っ!」
不意打ちでそれはズルいだろ......おしとやかに言わんでくれ。
あ、沙由良の目が見開かれた。
クソ、俺としたことが......。
「学兄さん、顔が赤いですけど大丈夫ですか!?」
「......」
あれ? なんか気づかれてないっぽくね?
むしろ、俺の腕から手を放してめっちゃあたふたしてるんだけど。
「失礼します!」
「へ―――なっ!?」
そう言われると突然頭を引き寄せられ、俺の額は沙由良の額とコツンと触れ合った。
その瞬間、俺の顔に熱が巡っていき、その熱で思考停止した。
は? え......な、なんだこれ? 今これなんの状況?
「めちゃくちゃ熱いじゃないですか!」
いや、お前のせいだよ! とは、口に出したくはない。
なんか非常に負けた気がするし、今までの俺らしくない。
俺の思考が少しずつ稼働を始める。
そして同時に、俺の手はすぐさま沙由良の肩を掴み、距離を取っていた。
「もういいだろ。てか、熱を測るなら手でやればいいだろ」
「いえ、これを学兄さんとやりたい願望があったので丁度いいタイミングかと思って」
しっかりと自分の欲望には忠実だな。
こんなタイミングにもその意識だけはあるのか。
もはやそこまでのアグレッシブな欲には関心すらするわ。
はぁ、今日は誰とも会うつもりなかったのに......家にこもれば置いてあるが歴代のギャルゲーソフトが妙にあいつらを想起させるから外に出ればこれよ。
「風邪なら看病しますよ! 今ならナース沙由良んが無料で奉仕サービスを行っています!」
「それは遠回しに俺の近くにいれる口実を作れるからとか思ってない?」
「......」
「なぜ目を逸らす?」
「やましいことを考えているからです」
「隠せないなら隠せないでそうハッキリ言うのはいっそ清々しいな」
なんで「言ってやったぜ」みたいな自信に溢れた顔してんのこの子は。
はぁ......可愛いな、チクショウ!
なんなんだよ! 俺ってやつはよぉ!
考えないようにしてたのについには溢れ出てきたよ!
幸い、口には出なかったけども―――
「が.....学兄さん......今、なんて......」
「......」
え、どうして沙由良の顔は尋常なく赤いの?
待って、何その信じられない言葉を耳にしたような反応......。
待て、待て待て待て、待ってくれ!
お、おい、俺......嘘だろ......嘘といってくれよ!
なんでだ! なんでさっきから妙な冷や汗が止まらねぇんだ!?
無意識に何かやったってことだよな?
この体の反応は俺が気づかなくても、体は気付いているってことだよな!?
「さ、沙由良......俺は......言ったのか?」
「はい......沙由良んズイアーは学兄さんの一言一句を聞き漏らしませんので」
なんか相変わらずイカレたこと言ってるような気がするが今はそんなことはどうでもいい。
ということは、俺は言った......言ってしまったのか......沙由良を「可愛い」と。
確かに沙由良は美少女である。
そして、その言葉は嘘偽りない本心だ。
そんなことはこの気持ちに気付く前にとっくに思っていた。
だからこそ、いざそれを本人の前で聞かれた時の気恥ずかしさと言ったら―――
『言ってしまったのか......沙由良を“可愛い”と』
え、今、目の前から俺の声が聞こえた。
っていうか、これってさっき俺が思ってた言葉そのまま。
つーことは俺はまた言葉を漏らしてたのか!?
どんだけガバいんだ俺の口は!?
「いや、その前にその声はどこから......」
そして、沙由良を見てみれば、変化した顔ばかりに目が移ってしまっていたが、よく見るとその手に握られていたのは―――ぼ、ボイスレコーダー、だと!?
そんな俺の視線に気づいた沙由良は手のソレを見せると微笑んで告げる。
「実は面白い会話を見つけた時に資料参考として録音するように持っていて、今回学兄さんが極めておかしかったので試しに記録していたら......とってもいいものが手に入っちゃいました♪」
「がはっ」
「学兄さん!? 学にーさーん!」
正直、色々ツッコみたいことはあったが、それを言葉にするまでに俺のライフはゼロに達してしまった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')