第140話 世の主人公は凄いな
俺がおかしくなったと姫島達から認識されてから12月に入った。
そして学校も残りわずかという所で俺は昴に買い物に付き合わされていた。
ショッピングモールの中をダベりながら歩いていく。
「ごめん、ちょっと冬物の服が欲しくってさ」
「気にするな。俺とお前の仲だろ?
それにお前も大変だと思うしな。花市に入れ知恵受けたんだろ?」
「え? そんなことないよ。今回はボクの独断だし」
「そ、そうか......」
今、完全に自ら罠にはまりに行ったな。
ごく自然のカウンターを食らっちまった。
そんな俺の様子を横目に見ながら昴は告げる。
「それにここ最近がっくんの様子がおかしかったからさ。
なんか悩みでもあるんじゃないかなって」
「気を遣ってくれたのか。悪い......いや、ありがとうか」
とはいえ、現在進行形で悩みが加速しているんですけどね。
どう足掻いたってお前らが近くにいる時に俺の悩みが解決するとは思えん。
だって、お前らのことで悩んでるんだし。
「にしても、がっくんと歩くの案外久ぶりになるな~」
「学園祭の終わりに一度だけ遊んだ以来か?
まぁ、お前は家の事情的に仕方ないと思うよ」
「いや、むしろお嬢様からは『とことん休暇やるから行け』みたいなスタイルで、僕自身の判断で行かなかっただけだよ」
「そうなのか。俺が聞くのもなんだけど、それはどうして?」
その問いに対して昴は「う~ん」と当時の自分の気持ちを思い出すような素振りをすると答えた。
「少し自分の気持ちを抑えたかったから......かな」
「抑えたかった?」
「うん......がっくんに会うだけで凄く胸がドキドキするのに、そう何度も会ったらボクの心臓が持たなそうだし、それ以上にその......想いが......止まらなくなりそうで」
「......っ!」
昴はニヤけた口元を隠すように両手で覆っていく。
しかし、隠しきれないほどの頬と耳の赤みがどれだけ昴の胸に抱えた想いが熱いかを語っている。
そんな気持ちが今の俺には伝播しないはずもなく、マフラーで鼻付近まで覆っていく。
いちいちこんなことに心を慌てさせてたら本当に持たない。なんせ残り4人もいるんだし。
今の俺が目指すべきスタンスはこの心を以前の俺のように持っていくことだ。
じゃなきゃ、誰しもに思い入れを感じてしっかりとした答えが出せなくなってしまう。
「す、昴、お前の目的の店ってあそこじゃないか?」
「そ、そうだね。わぁー、おしゃれな服がいっぱい」
俺達は互いになんとなく気まずくなった空気を察して少し速足でその店に向かっていく。
すると、さすがに昴の興味も服に映ったのか瞳をキラキラさせて物色し始めた。
「昴にはこの色ってどう見えるんだ?」
「男目か女目かってこと?」
「そう」
「女目だよ。結局、僕の体は女であるわけだしね。
でも、お嬢様に比べれば服にあまり頓着は無いかな」
「なら、今日はなんで?」
「そ、そりゃあ、がっくんに可愛く見られたいからだよ......」
うっ、藪蛇だった。今の質問はどう考えてもしなくても察することが出来る類の質問であった。
なんで俺は自らダメージを負う方に進んでいってしまうのか。
一度冷静に深呼吸をしよう。思考はクールに回せ。
でなければ、演じるのは無様な俺になるぞ。
とはいえ、それすらも受け入れるだろう相手であるが。
「さて、がっくん。この服とこの服どっちがいい?」
「よかった。同じ色系統のやつ出されなくて。あれは答えられないから」
「じゃあ、今出てる服は答えられるの?」
「あくまで俺の服の好みってことならまぁ......」
そして、俺は目の前に差し出された服を見る。
一つがニットの長袖で、もう一つがゆったりとしたタートルネックが特徴の服であった。
正直、脳内で着せ替えイメージしたところどちらとも似合う。
そもそも俺が意識してる相手であるだけにどんな服でも似合ってしまうと思うのだが。
しかし、ここで答えを出さないというのは、いずれ来る選択の時にも曖昧な逃げ方にしかならないだろう。
つまりはこれは決断するということの練習でもある。
「なら、俺はこっちかな」
「ニットの方? ちなみに、理由を聞かせてもらっていい?」
「お前が俺に可愛く見られたいなら、それはお前の女性的心の一面であると考えられる。
なら、普段ボーイッシュさが出るお前が俺から見ても尚更可愛く映るのは強いて言うならこっちだと思った。
まぁ、本音を言えば着飾ってるお前は何でも似合うと思うが」
「そ、そこまで考えてくれたんだ......というか、本音を言い過ぎだよ......」
昴の顔が真っ赤である。あまり女性的扱いの経験が少ないのだろう、顔が真っ赤である。
しかし、そのくせ嬉しそうに口元を緩めてるんだから......可愛いな、チクショウ!
周りにいる店員も初々しいカップルのデートでも思ってるのだろうか。
酷く生暖かい目で見られる。
世のラブコメ主人公はこんな気持ちを抱えて耐えていたのだな。
この気持ちになってよりハッキリ感じたと思う。
昴は「ちょっと暑いね」と手で顔を仰ぎながらそそくさとこの場を離れて別の服を見に行ってしまった。
しかし、俺が選んだ服はキッチリと買い物かごの中に入れてある。
そんな一人残された俺はゆっくり歩きながら昴の所に向かっていく。
女性ものの服に囲まれて男一人いる方が絵面的に良くないからな。
それからしばらく、昴の買い物に付き合うと今更ながらに思うことがあった。
「そういえば、昴はどうしてわざわざ外で買い物してるんだ?」
「というと?」
「いや、普通に考えたら昴はあの花市のご令嬢に仕える身。
そして、アイツも自分に尽くしてくれる昴のことはよく思ってるはずだ。
だとすれば、服なんて花市がすぐに調達してくれるだろうに」
「まぁ、確かにいつもならそうだよ。
僕自身は服に無頓着だし、それに基本的に執事服から変わることないし。
私服を着るなんて暇を与えられて気分転換に外に出るときぐらい。今とか」
「だったら――――」
「でも、良いブランドだからって良い服とは限らないと思うんだ。
だから、どうせ無頓着ならボクは例え庶民的な服と言われようと好きな人の好みが入った服でボク自身を着飾りたい。
そうすれば、ボクにもっと意識向けてくれるかもって思えるから」
「......ちょっとたんま」
あまりにも破壊力しかない言葉に砂糖の滝が口か溢れ出そうだった。
加えて、昴は今の発言に関しては自分がどれだけ恥ずかしいセリフを言ったか気付いていない様子だ。
「え、拍手?」
すると、昴は周囲の店員や客が拍手してることに気付いた。
なんか猛烈に感動されているご様子。
その反応に昴は自身の言った言葉を振り返ったのか、それこそゆでだこの如く顔を真っ赤にさせていく。
「ぼ、ボクを殺せええええぇぇぇぇ!」
昴は顔を隠すように両手で覆うとそのまましゃがみ込んでしまった。
たった今昴の黒歴史が生成された瞬間だな。
俺はそっと昴にてを差し出すと昴は片手で顔を隠したまま手を取り、俺が買い物かごを持ってレジへ。
そこでずっと顔を伏せたまま会計を済ませると再び手を取って店を後にする。完全に介護であった。
そして、座る場所のあるオープンスペースに昴を座らせるとしばらくして復活した。
「ありがとう。復活の呪文をかけてくれたんだね」
「随分古いネタを引っ張ってくるな。俺は何もしてないぞ。移動させただけ」
「そっか。でも、ありがとう。きっと一人じゃ動けなかった」
「ま、まぁ、あの状況じゃな......で、どうする? さすがのメンタルの削れようだし、帰るか?」
「そうだね。今日はもう休む」
それから、俺達はそのまま帰路に着いた。
昴を送るように花市の家までやってくると昴は思い出したように俺に花市からの言葉を伝える。
「あ、今日楽しくて言うの忘れてたけど、お嬢様がクリスマスパーティーを計画中だって。
がっくんは強制参加らしいよ」
再び地獄への片道切符が強制的に切らされた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')