第136話 勉強会は9割8分の確率で成功しない#2
女子の部屋。初めてではないが、姫島の家には少年向けの漫画があった分どこか自分の部屋に近しいものを感じたが、ここは......全然違った。
敷き詰めたようはファンシーさはなく、かといって可愛らしさを残すように適度に人形を置いていたり、壁にあるコルクボードに張られた友達との写真だったり、どこか清楚感を漂わせるようなシンプルなカーテンデザインだったりと控えめに言ってストライクだった。
俺はギャルゲーを愛する人間だ。
でなければ、リアルギャルゲーなんてやろうとは思わなかっただろう。
そして、ギャルゲーではしばしばなんかしらの理由で主人公が女子の部屋に訪れることがある。
その時のキャラによって変わる部屋の背景。
主人公がその部屋に対して直接言及することは少なく、加えてそんな部屋はヒロインと仲を深めるうえで必要ないため、「こういう感じですよ」と表現されるのが普通なのだが、俺はその部屋が結構好きだったりする。
その部屋のデザインセンスが気に入ってるとでも言うべきだろうか。
結局はその部屋はあくまで架空のもので、キャラの個性を印象付けるただの要因でしかない。
ストーリー上何も関係ない。
あるのは部屋に置いてある小物ぐらいだ。
「されど、個性!」と俺は高らかに宣言したい。
部屋のキレイさ汚さ、置いてある家具、使われている色合い、飾ってある小物それら全てがヒロインそのものを表してるのではなかろうか。
故に、部屋のデザインはキャラの個性を高めるものではなく、キャラ性を前面に見せていると考えられる。
すなわち、裸を見せているのと一緒と思うのは過言ではないのではないか?......すぅ、さすがに過言か。
ともあれ、厄介ヲタクさながらに暴走してしまったが、俺は部屋というもので人がわかる気がして、そう考えている以上生野の部屋は色々と不味い。
「ねぇ、そんなに見ないでよ。恥ずかしいから」
「そ、そうだな。悪い」
「?」
やばい、動揺が前面に出るとは俺らしくない。
しかし、この生野の部屋の内装......好きなんだよなぁ。
なんというか、センスを感じる。
もとよりギャルなんて一部のセンスを持ったスクールカースト高めの奴しかいないだろうけど。
ほら? 家と学校でギャップあるとかあるじゃん?
でも、コイツはどこまでもコイツだった。
なんだろう、この言語化しにくい心の状態は。
とにかく、わかっていることは俺は今とんでもなく危ない檻の中に閉じ込められてしまったということだ。
「それじゃあ、早く始めようよ」
「.......それもそうだな。つーか、あの取り巻き二人はどうしたんだ?
どうせアイツらもお前と一緒で成績低いだろうし、どうせだったら一緒に混ぜても問題ないが」
「残念だけどそれは無理ね。
なんでか知らないけど、あの二人は普通に頭いいのよ。なんでか知らないけど」
「つまり頭が悪くてギャルしてるのはお前だけってことか」
「言わなくていいことを......そうよ! だから、あんたに教えてもらうの!
あんただったらあの二人よりも頭いいし、加えてあんたの情緒をメチャクチャにできるし一石二鳥でね」
「はぁ、厄介な話だ」
ホント厄介な話になったな。
なんとかこの居心地の悪さからの脱出を図るために人数を増やそうと試みれば無理と来て、現状況で俺の情緒が狂い始めてる。
これ以上はさすがに危ない気がする。さすがの俺でも男だし。
「で、何を教えて欲しいんだ?」
「それは――――」
そして、俺達の勉強会は始まった。
ここで意外なことに生野は普通に真面目に勉強した。
「何か裏があるのではないか」とずっと疑っていた俺であるが、気が付けば早2時間も経っていて、それでも生野の集中力は途切れる様子はない。
さすがの俺も邪推が過ぎたみたいだ。
まぁ、これまでの生野の行動を顧みれば俺の行動もある種の必然と言えるんだけどな。
「よし、一旦休憩。休憩ついでに昼飯作ってあげる」
「いいのか?」
「勝手にこっちの都合で付き合ってもらっといて恩も返さないような恥知らずじゃないわよ」
「そうか。なら、もらう」
「楽しみにしてて」
生野が部屋を出ると同時に大きく息を吐いた。
いざ勉強会が始まると俺の複雑な心中は凪のように静かになっていた。
さすがに部屋が好みだったからって変に動揺することもなかったのにな。
好きなものは好きだと言えるタイプだったはずなのに......どうしてかそれをすんなり口に出すことも出来ず、むしろ隠すような意識を持ってしまった。
「よっこらせっと」
長らく座っていた影響か伸ばした足の関節からはパキパキと音がする。
まぁ、床に直座りで丸テーブル囲ってただけだしな。
今一度周囲に目を配ればやはり俺が好きなのはデザインセンスのようだ。
だから、間違っても生野の個性を好んでいるわけではない。
「ん? あれは......」
まるで「見てください」と言わんばかりの小さな物置タンスの上にある伏せられた写真立て。
これは見ることで何かが起こるフラグか?
それとも「情緒をメチャクチャ」とか言ってたから手に取って見ることを見越したトラップか?
はたまたこれはデコイで別に何かがあるのか?
わからない。しかし、改めて見たことで気づいたこともある――――ここには俺に関するものが一切ない。
自意識過剰かもしれないが、生野の情緒発言、そしてこれまでの生野の行動を考えれば、例えばコルクボードとかに林間学校だったり、文化祭での俺の写真があるはず。
だが、ない......つまりは好きな人の写真がないことは不自然なのでは?
俺の情緒をおかしくするなら少なからず俺にそう意識を持っていきやすそうないわゆる盤外戦術的な行動がないのは、単にコイツが頭が悪いからだろうからか。
いや、生野は極めて常識的な人間だ。
普通に恋して青春する女の子。
若干3名の変態性が強調された連中とは違い、昂みたいな特殊な立ち位置でもない。
それに生野はどことなく俺と近しい考え方をする。
感情に振り回されがちだがそれなりに考える。
それが自分にとって本気のことであれば。
「これも邪推であればいいが......写真見てみるか」
そっと伏せてある写真立てに手を伸ばす。そして、手に取り裏返してみた。
そこにあったのは生野が樫木と阿木とディ〇ニーにいった時の写真だった。
これが意図的に伏せたのか、それとも勝手に倒れたのかは定かじゃないが、俺の邪推だったらしい。
さすがにこればっかりの考えは酷いか。
そう思いながらふと視界の端に入ったのは机に置かれたファッション雑誌とその上にある名刺。
しかも、その名刺は普通に有名な会社からだった。
「おまたせ~......って何か漁ってないでしょうね?」
「してない。それよりも読モやるのか?」
生野がお盆に乗せた二人分のチャーハンを丸テーブルに置いていく。
俺の好み......偶然だよな、さすがに。
「そうよ。自分の新たな可能性を見つけようと思ってね。
決してあんたの言葉に影響を受けたわけじゃない」
俺と生野は床に座ると手を合わせて「いただきます」と告げた後に食べ始めた。
「どう? といっても、冷凍に少しアレンジ加えただけだけど」
「今時の冷凍は何でも美味いからな。多少アレンジしたところで味は落ちねぇよ」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど。
ま、あんたに無難な答えすら求めようってのが無理な話ね」
「凄い言われようだな。美味いよ、美味い。
まるでプロが作り置きしたチャーハンみたいだ」
「絶対バカにしてるでしょ」
「にしても、普通のチャーハンより少しコショウ効きすぎてないか? 味濃いのが好きなのか?」
「そうでもないけど......少し加えようとした時に1回ドバっとなったからそれが偏ったのかも」
「まぁ、食えないわけじゃないから問題ないけど。でも、さすがにのどか湧くな」
「なら、あんた用に入れた水飲めばいいじゃない」
「あ、気づかなかった。もらうわ」
気配りが出来ているかのように用意された冷水を飲んでいく。
そして、適度に水分補給しながら無事完食。
「ごちそうさまでした......っと、ごめんスプーン落とした」
「もう何やってんの? テーブルだったからよかったものの」
「あぁ、ごめん......っ!?」
生野の顔を見た瞬間、不自然なほどに二重にブレて見えた。
加えて、変に平衡感覚が保てない。な、なんだこれは!?
その時、生野は確かに告げた。
「ごめん。正攻法じゃなくて」
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