第133話 翻った反旗#2
夕刻、四時頃を過ぎるともう夕方とも思えるような茜色の空が広がっている。
陽の長さがもう十分に短くなっているのをよりハッキリと感じさせてくれる。
そんな夜に向けて暗くなっていくのに加え、冬の寒さを考えれば普通はアクティブに外に出るなんてことはしたくない。
というか、ヲタクというのはどうしても外せない用以外は元来そんなもんだ。
しかし、今の俺にはどうしても外せない用はなくとも、逃げることのできない言わば「強制イベント」が存在している。
それが靴箱から正門方向に向かって見える生野の姿であった。
壁に寄り掛かってスマホを弄る様子はさながら彼氏を待つ彼女。
今回は生野の情緒がおかしくなったとしか思えない積極的な行動に、周囲や俺の評価が大きく変動して疲労が大きいのに......あいつ、本気で放課後も詰め寄ってくる気か?
ふぅー、さすがにめんどくさい。あいつが何を考えてるかは知らんが、これ以上俺をかき乱すような行動は止めて欲しい。
ただでさえ、姫島と雪、さらには昂にまで「あれはどういうこと?」って迫られてんだから。
それに別に俺は仲良くしてくるなと言ってるわけじゃない。
ただ都合のいいラブコメのように告白を断ってその後も友達で変わらぬ関係値、距離感で上手くいくはずがないのだ。これはリアルなのだから。
加えて、これ以上は生野自身の評判に関わってくるものであって、俺が生野と関わらないことは俺にとっても生野にとっても都合が良いはずだ。
というわけで、俺は気配を殺しながら出来るだけ自然体で横をスッと通り抜け――――
「ちょっと、どこ行くのよ。せっかく待ってあげたのに」
「......」
「あ、無視して歩きだすな! 待ってってば!」
生野が横に並んでくる。冬にもかかわらず、ミニスカート風に制服のスカートを折るとは大したものである。
「で、何の用だ? 俺はお前の頼みを一切聞くつもりは無いが、用件だけは聞いてやる」
「相変わらず上から目線ね」
「俺はマウントを取られるのが嫌いなんだ。馬乗りになって一方的に殴りタイプ」
「それってただのサイテーじゃん。ま、タイプであってあんたはそんなことしないだろうけど」
「時と場合によるな。で、なんか用があるから靴箱前で待ってたんじゃないのか?」
俺がそう聞きながら横を向くと生野は視線を落としたまま、妙にニコニコした表情を浮かべている。
「何、下見て笑ってんだ?」
「そんな頭どうかしたか? みたいな顔しないでよ。別にどうもしてない。
ただあんたってなんだかんだであたしに合わせてくれてるんだなって」
「は?」
「だって、あんた、今あたしの歩幅に合わせて歩いてるでしょ」
その瞬間、俺の足は止まった。それと同時にそんな些細な違いが相手にバレたことに妙な恥ずかしさを感じる。
そして、再び歩き出した。
「......気のせいだ。もともとこの歩幅だ」
「ふふっ、バレないとでも思った? 些細な変化ってのは女の子の方が気づきやすいもんなの。
そんで、さっきからあたしにツンケンしてるくせにそういう所はきちんと気配ってるあたり、あんたの方がよっぽどツンデレじゃない?」
「女子のツンデレは至宝だ。だが、男のツンデレなんておぞましいったらありゃしない」
「そう? 別にあたしは嫌いじゃないけど。むしろ、可愛く思ってもっと構いたくなる」
「......」
言葉に詰まる。妙な言葉のペースに飲まれそうになってるのを感じる。
その度に生野がニコニコと笑ってるのが気恥ずかしさと共に腹立たしくなる。
「あ、そういえば、さっきの質問に答えてなかったわね」
そう生野が言った頃には交差点にやって来ていた。
そこはちょっとしたスクランブルになっていて、左側に行けば家の方向で、右に行けばショッピングモールの方向である。
赤信号が青に変わる。それと同時に俺の足先は右を向いていた。
「あんたと放課後デートを約束......って覚えてんじゃない」
「別に放課後デートを約束した覚えはない。ただどうせ行かなきゃまた今回みたいに周囲を憚らずしつこく距離感を詰めてくると思っただけだ」
「十分ツンデレじゃない。嫌いじゃないわよ」
「違う。後の展開の余計なリスクを避けるための行動だ」
「そういうことにしておいてあげるわ」
なんだこいつ......「わかってますよ」みたいな顔しやがって。絶対わかってない。
しかし、生野に対して酷いことを言った引け目があるのか、それ以上の言葉が出てこない。加えて、邪気のない微笑んだ横顔を見れば。
少しして学生の放課後の聖地とも呼べるショッピングモールに着いた。そこで俺は生野に尋ねる。
「俺はもう新刊買ったしここでの用はないけど、お前はなんかあるのか?」
「そうね~。それじゃ、服見ていい?」
それから俺は数々の服屋から生野おススメの服屋に連れて行かれた。
この場所......店の奥にランジェリーあるじゃん。うわぁ、居心地悪い。
しかし、しっかりと俺の行動制限をするように生野が俺の袖を掴んで離さないので逃げること叶わず。
しばらく、生野は片手で気になった服を手に取るとそれを俺が持っている買い物かごの中に入れていく。
「試着してくる。感想聞きたいからそばに居なさいよ」
「へいへい」
生野は試着室に入るとすぐに着替えを始めるような布が擦れる音が聞こえ始めた。
その音を出来るだけ聞かないようにスマホで漫画アプリから最近読んでる漫画を読んで気を逸らしていく。
「ねぇ、いるわよね?」
「あぁ、似合ってるぞ」
「まだ見せてないわよ!」
少ししてカーテンがシャーと開かれる。そこにはひざ下まである赤を基本としたチェックの厚めロングスカートにクリーム色のポンチョを着て、頭に薄い緑色のベレー帽を被った生野が現れた。
「どう?」
「あぁ、似合ってる」
「そんな定型文みたいのじゃなくて。もっとこう......ないの? オリジナルのなにかをさ」
「俺にそんな高難易度の要求をしてくるなよ」
「単に思ったことを言ってくれればいいって話なんだけど......」
「それなら――――」
その後の言葉に詰まった。何も考えずに口から出るような言葉なら確かにある。
しかし、それを伝えることは生野にどういう影響を及ぼすのかを考えるとすぐには出せなかった。
だが、俺と生野はもう何もない関係のはずだ。これ以上の何かを築くこともない。ただの男子生徒Aと女子生徒Bだ。
「読モの雑誌にでもいそうだな」
「......っ!」
僅かに生野の目が見開くのを感じる。
「それは私を高く評価してるってことよね?」
「まぁ、そうなるな」
「そこにあんたが並び立つことはあるの?」
「は?」
なに言ってんだコイツ。
「あるわけないだろ。というか、現時点でのお前に対しても周囲からの俺の評価は圧倒的に下だろう。
なんせお前はもう『陽艶姫』という二つ名が定着しちゃってるし」
生野は僅かに目を伏せるとカーテンを閉める。そして、再び布が擦れる音が聞こえる。なので、俺はスマホを開こうとすると生野が話しかけてくる。
「あたし、思うのよね。あんたって周囲の評価を上げる癖に、自分のことは上げようともしない。普通逆じゃない?」
「......逆なんだろうな。でも、もうこういう人間性として確立してしまってるわけだ。
それに俺自身も俺の大切な人達が幸せなら幸せだし。十分に釣り合いが取れてるwin-winな関係じゃないか」
「損な生き方ね。もったいないとすら感じる」
「周囲からはそう思うだろうな。自分で自分の幸せを求めないなんて普通じゃありえない。
けど、俺にはそれがありえるんだ。ここ最近になってそう自覚した」
思ったよりもボロボロと言わなくていいことを口にしてる気がする。
それはあいつが聞き上手なせいか、それとももうこれ以上の関係はないと判断しているせいか。
その時、カーテンが開く。膝まである長い茶色のコートにクリーム色のニット、足の長さを出すような黒めのジーパンを身に着けた生野が告げる。
「あたしはそんなの納得いかない。周囲が幸せだから、自分も幸せ? そんなちっぽけで人間が満足するわけじゃない。
人間はどこまでも欲張りな生き物だと思ってる。だからこそ、あんたの本当の我欲を引き出してやるわ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')