第129話 久々の仕事
雪から真実を聞いてからのいつも通りの学校。
気温の低さは日に日に増しており、本格的な冬の到来はそう遠くなさそうだ。
そんな俺達のことを気遣ってか、教室にはストーブが置かれるようになった。まぁ、まだまだ使用頻度は低めだが。
そんな心地よい教室の温度に僅かな眠気を誘われつつ、俺は前の席である光輝へと話しかけた。
「どうだい最近? 元気にやってるか?」
「何その年頃の娘に接し方のわからない父親が言うようなセリフ」
「それはアレだ、“今日はいい日ですね”っていう感じのやつと一緒だから気にしないで」
俺はいつも通りの感じで光輝に話しかける。
だが、主人公の一番輝ける親友とて安易なヒロインズとの交友関係を聞いてはならない。
親友の言葉は時に主人公への枷になるかもしれないからな。
それに今回の俺の目的は光輝とのいつも通りの日常パートを送ることと現状にどれぐらいの影響が及んでいるかということを知るためだ。
「唐突だけどさ、さすがに光輝の耳にも届いているよな? 生野と雪のこと」
「あぁ、うん。瑠奈の方でも雪の力になれないかかなり悩んでた様子だから。僕にも相談してきたぐらいだしね」
「そうなのか」
やはりか。ヒロインとして光輝の近くにいた生野ともはや姉妹のように仲が良かった雪のケンカだ。本当はそうじゃないって知ってるけど。。
乾さんは生野ともは同じヒロイン仲間で、雪とは中学時代からの友達である。
言わば自分の友達同士の問題でどうにかしたいけど、下手に介入して拗らせる結果になるのを恐れているって感じか。
そして、乾さんは中立の立場を保っている。単に動けないというだけだが、これが今一番ベストポジションとも言えよう。
まぁ、真相を知っている俺からすれば乾さんが介入した所で拗れる心配はない。むしろ、爆弾なのは俺の方。
さすがに俺とて気付くぞ。生野が俺と微妙な距離感の保ち方をしてることぐらい。
この前のハロウィンパーティーなんてなおさらそんな風に感じたし、それに――――
「学......学!」
「わぉ、ビックリさせんなって。俺以外と肝っ玉小さいんだから」
「いや、単純に声をかけただけなんだけど。何か考え事か?」
「あぁ、実は日々深刻になっている問題でな。沙夜にどんなクリスマスプレゼントを渡そうかと思って!」
「それってまだ1か月以上先じゃん」
「甘いな、親友! 妹の兄への尊敬の目は待っちゃくれれないんだせ☆
つまりはクリスマスにどーんと好感度を稼いでおかないと!」
「別に沙夜ちゃんはそんなことで嫌いにならないと思うけど......あ、でも僕も沙由良に何か考えとかないとな」
「ふっ、さすがだぜ親友。お前ならそう言ってくれると思っていた」
だが、ここでふと思った「エロ漫画渡せば喜びそうだけどな」と言う言葉は大事に心の内にしまっておこう。
意外と会話もあったまって来たな。んじゃ、俺もラブコメの支配人として少しだけ仕事しますか。
「それじゃあ、他の連中にも挙げるもの考えとかないとな」
「え?」
「え? ってお前......まさか沙由良ちゃんに渡して終わりとか思ってないじゃないよな。シスコンの俺でもあるまいに。
お前にはお前のことを大切に思ってくれている乾さん達にも何か送るの考えないと」
思いっきりブーメランであることは気にしない。ウン、全然イタクナイ。
その反応に光輝は視線を落として「そっか......そうだよな」と呟いている。そこに告げるは悪魔の一声。
「それとももう特定の誰かだけにしか送らないって決めているのか?」
「あ、いや......それは――――」
そう光輝が何かを言おうとしたところで肩に向かって強めに叩いて言葉を遮る。
「冗談だって。お前にそんな勇気があるとは思えないしな。
でも、学校の身目麗しき女子達を侍らせて一体何を考えてるんだ?」
ふふん、全力で自分を棚に上げてるがそこは気にしない――――
「それは学も一緒だろ?」
「え?」
その光輝の痛烈な一言に一瞬俺の思考は止まった。
しかし、俺の言葉にはこういった警報が鳴った時のために予め仕組んでいた文章が用意してある。
「バレたか」
「え?」
「そりゃあ、俺だっておこぼれに預かりたいお年頃でっせ?
光輝と言う平凡な男に集まる麗しきチョウ達。そのチョウ達がさらにお友達を呼んで増々光輝のハーレム化は進んでいる」
「平凡な男で悪かったな。って、僕は別にハーレムなんて作ってないって!」
「黙りな、小僧」
「小僧って......」
「お前の言葉は何を言ってももはや意味を成さない。
どれだけ弁明しようとも実際お前の周りにもお前に呪詛をかけてでも羨ましがる学園の華が咲き乱れているんだ!
これで今更一体何を言ってこのすぐ近くにいても僅かなおこぼれしか得られない俺にケンカを売るってんだ? ほら、言ってみんしゃい?」
「それは......」
「俺は! お前が! 羨ましいんじゃあああああああ!」
「が、学!?」
俺は叫びながら教室を抜け出ていく。
そして、その途中で乾さん達とすれ違ったことを確認すると人気の少ない階段に座って大きく息を吐いた。
「ふぅ、モブも楽じゃないぜ。でも、これで良い感じにラブコメの種を蒔けた気がするな。後はどうやって咲かせようか」
「相変わらんと、学校では上手う仮面を被ってるようどすなぁ」
「......っ!」
花市!? 相変わらずどうやってしれっとそばに居るんだよ。足音も立てないでさぁ!
「今時のJKは足音を消す歩き方を学ぶんどすえ」
「お前はどこのゾル〇ィック家だよ」
それから当たり前のように人の心内読まないでくれる? もう今更だけどさぁ。
「にしても先ほどの醜態としか思えへん行動を周りの目も憚らずこないにも簡単にやってまうとは......ほんまに阿保どすなぁ」
「親友の幸せのためなら俺はいくらでも踊る阿呆になってやろう」
「どれだけカッコつけて言うてもセリフのせいで締まりが悪おすなぁ。
まぁ、本人泥水を好んで飲んでるさかい別に気にするこっちゃなおすけど」
コイツ、人の頑張りを「泥水を飲んでる」で済ませやがった。なんてふてぇ女だ。口には出さないけど。
すると、相変わらずの薄笑いのまま少しだけ真面目な目をすると花市は話題を切り替えた。
「そういうたら、生野はんと音無はんの問題。あんたはどう解決するつもりどすか?」
「どうって......お前がどこまで知ってそう言っているかは知らんが、雪から聞いた通りだと本当に二人が解決するに相応しいことだと思ったよ」
「そらほんまにそう思てますのん?」
花市が俺の顔を覗き見るようにして真っ直ぐな目で見てくる。
からかっているような笑みもない。ガチの奴だ。
「......どう意味だ?」
「どちらが学はんにケンカの内容を教えたのかは知らしまへんが、そのケンカとなる決定的な発言はほんまにあったのかて聞いてるんどす」
「そ、それは......」
言い返す言葉も見つからなかった。そこに傷を抉るように花市は言葉を続ける。
「ケンカの内容を知って、それで全てを知った気になって、ほんまの真実があるかもしれへん可能性を放棄して、それで本気で二人をほんまの意味で救えるのかって聞いてるんどす!」
静かでゆったりとしていて、されど熱のこもった本気の怒声。
そして、その目は可哀そうな人を見るかのような目であった。
「最終的に救われるかどうかはあの子達の頑張り次第やろう。
そやけど、それまでの障害を取り払うて真摯に受け答えするのがあんたの仕事どす。
それにうちはええ加減自分を見てもええ思てます」
「花市......」
何も言葉が思いつかないまま、花市は「説教過ぎた」と言うと立ち上がって教室へと向かっていった。
その後ろを見ながら、追いかけてその言葉の心意を確かめる気力もなく、悩む頭を掻きながらゆっくりと教室に戻っていった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')