第123話 俺に休みはない
「――――なるほどね。ボクがどうやら早とちりしてしまったみたいだ。ごめんね?」
「そう思うならこの状況を早く解決してくれないかな?」
俺は逆さまな状態で身動き一つ取れず、照れくさそうに笑う昂を見ていた。
どういう状況になっているか説明するならば、サプライズ登場して俺と沙由良のヤバい構図を見てしまい、それはそれは匠の速さで簀巻きにされて天井に吊るされているってわけだ。
「にしても、どうしてここに? それもお前一人で」
ともあれ、昂が突然ここにやって来た理由が検討もつかない。別に遊ぶ約束してたわけじゃないしな。
隣から「その状態でしゃべるんですね」という沙由良の突っ込みを聞きつつ、そんな質問をすると答えてくれた。
「い、いや~、別にどうもないけど......なんか急に今日お嬢様に暇を与えられて、ついでに『遊びに行って来れば?』とも言われたんだけど、僕って正直同級生と遊んだことなくて。
で、お嬢様に聞いてみれば、突然でもいいから家に訪れて『来ちゃった♡』って言えばどんな男でも喜ぶと言われて......」
「ホントに可愛い女性か、二次元でしか許されないやつですね」
「そう言ってやるな」
にしても、花市のやつそんなこと言って俺によこしやがったのか。
もとより、昂から花市の魂胆から聞いてるからアレだけど、こう来たってことは昂は少なくとも乗り気だったって意味だよな?
「にしては、随分な登場でしたけど」
「あ、アレは玄関から出てきたのが妹さんで、言おうと覚悟していたのが空回った分一蹴回って恥ずかしくなって元気なテンションで行けば気が晴れるかと思って」
「まぁ、確かにお前らしくはない登場だとは思ったがそういうわけだったのか」
昂もやっぱ苦労してんだな。ん? そういえば、沙由良のやつ、随分フランクに昂と話してるな。
「お前、昂と普通に話せんだな」
「文化祭に面識があるんですよ。先ほども“とある高貴な女性から”と言ったじゃないですか」
「あぁ、そう言えば」
花市から昂のために文化祭のライブやった的なこと言ってたな。
花市のそばには必ず昂がいるわけだし、少なからず俺がライブする番が回ってくるまでの間はいくらでも話す機会はあっただろうしな。
「......そういえば、沙由良は花市と何を話したんだ?」
「やだ、学兄さんったら、乙女のピロートークを聞きたいんですか?」
「お前は普通の“トーク”ができないんか」
こいつは隙あらば下ネタを挟んでくるな。あ、なんか姫なんとかさんとデジャヴるなぁ~。まさかアイツの影響じゃないだろうな。
「別に普通のことですよ。学兄さんの幼少期の様子から小中学校、そして現在の高校に至るまでを根掘り葉掘りと」
「それを普通というなら俺のプライバシーがばがばじゃないか」
というか、お前らと会ってない小学校の途中から中学の時のことをどうやって教えたんだよ。例の花市情報網か?
「まぁ、さすがにボクの監視があったからがっくんの黒歴史はバレてないはずだよ?」
俺的には黒歴史がすでに花市の手に渡ってるという方がよっぽど爆弾なんだけど。
「はぁ、にしても沙由良が遊びに来て、こうも最悪なタイミングで昂が来るとは......」
ん? 待てよ? タイミング? そう言えば、昂は「急に今日」と言ってたな。そして、沙由良は文化祭で花市と面識があると。
となれば、花市はそのタイミングで沙由良の予定を知ることができるかもしれない。そして、俺の行動を見透かしたようなあいつならこうなることも予想できた。
もし仮に沙由良にそのタイミングでは予定がなく、今日に至るどこかで沙夜と遊ぶ約束を取り付けたとしても、花市情報網なら容易にその情報をキャッチできるはず。
加えて、アイツの本性は腹黒。自分の都合のように引っ掻き回し、俺のことはそれとは関係なく面白がって引っ掻き回す。
となれば、この状況は花市に仕組まれたことじゃないか?
沙由良の俺に対する好感度は文化祭の時に話せばある程度はわかる。いや、沙由良の電波的な言動が俺の時だけ以上に働くようなことは想像に容易い。
故に、そう言う相手の行動はアイツなら予想がついてしまう。
結果、今の状態のような修羅場が生まれた。そして、俺がアイツにトレースするなら、少なからずの意味があるはず。
その意味とはこうして寄こした昂に関係しているだろう。
俺と沙由良の劇的にやらしく見える構図はたまたまとしか言えないが、少なからずそれに近い光景が見られるとすれば、俺に好意を持っている昂はよくは思わないはず。
つまり、昂を寄こしたのは昂自身の嫉妬をエネルギーとした闘争心を上げることか。
現にこうしてさかさ簀巻きにされてるわけだし。
俺のことはついでに起こる副反応的なことだろう。
となると、俺は花市の手のひらで上手いこと転がされていたことになる。
あああああ! やっぱりアイツウゼェえええええ!
「はぁ、なんだか目が回ってきた」
「それは逆さまな状態で頭に血が行ってるだけじゃないですか?」
俺は昂と沙由良に下ろしてもらって簀巻きを解いてもらうと疲れたようにベッドに座り、そのまま寝転がった。あ~、ほんとに頭に血が上ってたみたいだ。少し冴えてきた。
「そういや、昂の話だと沙夜は起きたんだろ?
沙由良はもとより沙夜と遊ぶために家に来たはずだ。ほら、さっさと沙夜のとこ行け」
「ど、どうしてそんな酷いことを言うのですか!?
せっかくこうして会いに来たのに! 私のことは捨てて別の女に乗り換えるんですね!」
「変なことを言ってんじゃねぇ。それとお前基本表情一つしかねぇんだから、悲壮感が伝わってこねぇんだよ。言動と表情が合ってない」
沙由良はオロロロという風なポージングだけしてるが、しっかりと目はスゥーとしている。
表情筋が仕事していない。されど、沙由良節は止まらない。
「わかりました。今から昂さんとここで組んずほぐれずするつもりなんですね?
小さい子供が夜にパパとママが何をしていたか尋ねた時に『プロレスごっこ』っていうアレを!」
「しばいていい? ねぇ、こいつしばいていい?」
思わず起き上がって拳を作ってしまった。されど、これで怯むような変態ではない。
「しばくですって......!? なるほど、魅惑の沙由良んボディにもう自分から逃げられないよう快楽のキズをつけて、愛のM調教をするつもりなんですね!?」
「お前の思考は無敵か」
「伊達に同人誌の原作担当ではないので」
ダメだ、これ以上沙由良に何を言おうとイカれたコピー機のように卑猥な文章しか出てこない。
いや、それ以前にアイツの思考回路自体に卑猥な情報しかインストールされていない。
まぁ、唯一の救いとしてはどんなに卑猥な言葉を垂れ流そうともアイツ自身の表情がピクリとも変わってないことだがな。まるで機械に卑猥な言葉をしゃべらせてるみたいだ。
「ごめんな、昂。コイツのことはとち狂った時の姫島と思えばいいから――――」
「ここでがっくんと組んずほぐれつ......それってがっくんのピ―――を僕のバキューンに〇〇〇して、×××しながら△△△を――――」
あー、こっちはこっちで雪タイプか~。
脳内で想像しちゃって独り言のように呟いてるけど、興奮してるせいかいつもより声が大きくなってることに気付かなくて結局卑猥な言葉を垂れ流ししてるやつ。
......あれ? これって結局姫島と雪がいる時と状況変わって無くね?
なんかどっと疲れが出てきた俺に沙由良がちょいちょいと手招きしてる。
どうやら耳打ちしたいことがあるらしい。
俺は疲れた顔をしながら沙由良に耳を傾けると沙由良がこんなことを聞いてきた。
「そういえば聞いたんですけど、学兄さんって昂さんと一緒にお風呂は行ったんですよね?」
「.......」
......確かにそんなこともあった。
あの時は昂が女と気付かなかったとはいえ、一緒に入ったことにるよな......なっちゃうよな......。
あれ? そういえば、あの時って確か俺はのぼせて気を失って、目が覚めたらバスローブ着た状態で――――。
「学兄さん、どうしました? 布団に潜って」
「......寝る」
「ご一緒しますね」
「くんな」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')