第119話 後夜祭#1
文化祭は多大なる衝撃を周囲に与えつつも無事に終了した。
一般客が帰った後はもちろん撤収作業なのだが、それすらも一括りがつくと浮かれ気分をそのままに後夜祭へと移行した。
グランドの中央に木が組まれていて、日が短くなり夜に差し掛かってもなおキャンプファイヤーの炎が夕暮れのごとき明かりを灯している。
そんなキャンプファイヤーで周囲で気を利かせたように流れるマイムマイムと陽キャどもの踊りを端のベンチで座りながらやつれたメイドさんをやってるのが――――俺だ。
俺は実行委員であるだけに撤収作業の責任者として働く必要があり、となれば着替えてる時間など当然なく、メイドの姿のまま指示厨をしていた。
その時の俺の知り合いの男やら提供屋としての顧客(女子も含む)がニヤニヤした顔でほぼずっと視線を送られているのは正直痛かった。
なんなら、最初の数分間記者会見なみのフラッシュとシャッターの連写音を聞こえていたし。
ともあれ、人類が生き延びてきた最大の武器である適応力を活かしてその場は乗り切った。
ま、結局は完全適応などはできず、心を無にしてやっていただけだが。
そんなこんなあるともはやベンチでだらけてるメイドさんがいてもなにも思われないわけで――――
「癒しを与えるメイドがだれてんじゃないわよ。にしても、近くで見るとこれはなかなか......」
「......」
そんな所へ当たり前のようにやってきたのは生野と雪であった。
生野はメイドイン姫島の俺をまじまじと見つめ、雪は無言でスマホを取り出すと明らかに押し過ぎだろと思わんばかりの連写音を鳴らしていた。
しかし、今の俺はこいつらに気を遣う体力などゼロで......ってもう今更の気がするし、こいつらはもうすでに気の置けない仲だし。
とはいえ、少し姿勢を正すと俺はこいつらの劇について個人的評価を送った。
「お前らの演劇......凄かったよ。良かった。
生野が王子様をやるなんて意外かと最初こそ思ったが、見てるうちに姫が雪であるならパートナーは生野であることにしっくりしたし、様になってて驚いた」
「ふふん、でしょー? まぁ、ただその結果、やたら女子にモテるようになっちゃったけど」
「雪もとても良かった。
俺はお前の一番初期の状態を知ってるだけに不安で仕方なかったが、あそこまで出来るならもはや上出来だ。免許皆伝を十分に満たしてる」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
二人とも本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔ははるかにキャンプファイヤーの炎の明るさを上回っていた。
そして、二人は俺を挟むように座ってくると生野が話を始めた。
「ま、確かに不安はあったでしょうね。なんせ最初の演劇の構成が完全にR指定あったし」
「R15なら未だしも、内容的に明らかにR18だったからな。
内容のベースは『親指姫』って童話のはずなのに何がどうしてあんな官能的になるのやら。
まぁ、普段読んでるジャンルが正しく影響したのだろうけど」
「加えて、演劇で使える時間が1時間から長くても1時間半というなかで最初の構成では明らかオーバー。
さらに、8割官能。小説としてはそれでもいいのでしょうけど、劇向きでは当然ないしね」
小説の8割が官能の小説ってそれもさすがにどうかと思うけどな。
よくある同人誌で男女の愛が高まって告白してすぐにヤっちゃうみたいな感じだしそれ。
そんな俺と生野のちょっとしたからかいに雪は「もう本当に反省してんですからー!」と頬を膨らませて怒っている。なにこれ可愛い。小動物?
俺はそんな雪を見るとついついいつもの調子で雪の頭に手を乗せて撫でたくなる。ほら、猫を無性に触りたくなる的なアレだ。
そうすると、雪は相変わらず目を細めて口元が緩んでいく。
しかし、僅かに変わったことがあるとすれば――――雪自らが頭に乗せた手をそっと自分の頬へと移動させるのだ。
すると、表情は増々蕩け、熱ぼったい視線が届くようになり――――
「......!?」
その瞬間、俺の反対側からごまかしようなく裾がクイッと引っ張られ、そのまま俺の手は雪から離れると同時に体が傾いて生野との距離が僅かに近くなる。
その時の生野の表情は当然知らない。
ただしかし、正面を向いていた雪の表情が明らかに「え?」とでも言いたげそうな表情を浮かべていた。
「......生野?」
「......え?」
振り返ればそこにはキョトンした生野の顔があった。
俺個人としてはこの積極性有り余る雪の行動に最近冷や冷やしっぱなしだったのでありがたいが......なんだその「私なんかした?」みたいな無意識な感じは?
「どうした?」
「ど......ぅしたんだろうね。私でもわかんないや。
ごめんね? 遮るつもりは別になかったんだけど。
あ、いいよいいよ全然お構いなく~。
それでは私はことっちとめいっちに会いに行くから。これにて失礼」
息継ぎせずに溢れ出た言葉を垂れ流していく生野。
そして、そのままベンチから立ち上がると俺達から距離を置こうと歩き出す。
しかし、その動き出しはすぐに雪の言葉で止まった。
「――――嘘です」
「え?」
「その言葉は嘘と言っているんです」
雪が怒っていた。先ほどのような可愛らしいような感じではなく、目つきを鋭くして真剣に。
こんな姿は初めてで俺は二の句が継げなかった。
そんな俺を他所に雪は言葉を続けていく。
「迷っているのですよね? 自分の在り方に――――他人に委ねるか、もしくは自分も取りに行くか」
「......っ!」
「......少しお話しましょうか」
そう言うと雪も立ち上がって「それではまた明日、影山さん」と一言述べていくと生野の手を取ってそのまま俺のいる位置とは反対側の方へと向かって二人で話し始めた。
二人の姿を遠くから眺めながらも、未だに雪の表情の変化に戸惑いが隠せずに固まっている俺。
そんな俺にしれっと声をかけてくる女が一人。
「しんどい場面に出くわしいやしもたんえね、お互い」
「花市......聞いてたのか?」
「こればっかりはたまたまや。毎度通りそん珍妙な恰好をからかおうとどしたら、ね?」
「......そういえば、お前は今まで何してたんだ?」
俺はそれ以上二人の問題に対して話を広げることを止めた。
それは花市なら確実に的確な答えを出してしまう気がしたから。
しかし、そんな俺のミジンコメンタルの考えすらも見透かしたように薄ら笑いを浮かべると俺の質問に答えていく。
「うちはこしらえるよりも食す専門どすし。まぁ、伴侶相手なら別どすけど。
それにうちは接客向きやてへんさかい、外で看板持って突っ立ってやはったよ。
そどしたら、なんも呼び掛けてへんんに人がわらわらと集まってきて、ちびっと笑ってみせたら勝手に『店行きます』とか言いましいやね。はぁ、美少女って罪どすなぁ」
当然のように自分に酔ってやがる。にしても、それでか異様にクラスに人が多く来てたのは。
「意外だな。もう秋とはいえ、快晴だった昨日や今日は十分に暑かったはず。
それなのにわざわざ厄介客にも絡まれかねない面倒ごとを引き受けるなんて」
「皆はんが頑張ってる中で一人だけ遊んでるなんてのは花市の女としても、光輝君の未来の伴侶としても示しがつかへんどすさかい。それに厄介客なんていてもどないかなるし」
「そりゃ、確かに」
俺が返答するとまるで話の区切りをつけるように花市は一度パンッと手を叩いた。
そして、相変わらずの薄ら笑いで告げる。
「さて、前座はここまでにして。多少積もる話もあるやろうし、後は若い“男女”二人で」
そう言うと花市は半身になって後ろにいる人物が俺から見えるようにした。
そして、そこにいるのは予想通り――――昂の姿があった。
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