第118話 文化祭#5
二番目の歌詞が光輝によって歌われている。
初めて書いた歌詞がこんな風に歌われるとは......たった一人のために送ったこの歌はまるでラブレターを校内放送されてるようで恥ずかしい。
しかし、そんな恥ずかしさを押しのけて伝えるべきことがある。
“言わなきゃ伝わらない”......確か小さい頃に昂に伝えた言葉で、直近で言えば光輝の幼馴染である結弦に言った言葉だっけか?
体育館にガンガンと音が鳴り響く。
光輝が一生懸命俺のわがままに付き合って歌ってくれている。
渡良瀬も名撮も随分な無茶に容易く答えてくれた。
もっと集中しなきゃいけないんだと思う。
しかし、頭の中の片隅では不意に別のことを考えてしまう。
自分の行動に対する自分なりの評論と言うべきか。
言うだけ言って自分は行動しない奴なんてたくさんいる。俺も結局その一人でしかない。
だが、絶対に逃してはいけないタイミングがあるとするならば、それは自分の安っぽいプライドを捨ててでも行動しなきゃいけないと思う。
それが俺にとっては人生で何度あるかわからないうちの一個が今であった気がする。そう考えると俺の今の行動って随分と暴れてんなぁ。
文化祭と言えば、皆で協力して祭りを盛り上げていこうとする行事なはずなのに、俺は俺の勝手な都合で動いて挙句にはこんなことまでしてるわけだから。
しかし、案外後悔していないのはなぜだろうな。いや、後悔するはずないか。俺だけが気持ち良くなるように暴れてんだからな。
こんな俺のバンドを聞いてくれているあいつらはどう思ってるんだろう。
見た感じでは楽しんでくれている様子だが......いや、これこそ今更悩む必要も無いか。
さて、自己陶酔もここまでにして。肝心な飛び出した昂はどうしてるんだろうな。
俺が歌った一番の歌詞を聞いて唐突に立ち上がるなり外へと出ていってしまったアイツは。
俺の言葉の意味が伝わっただろうか。それとも俺の想いの伝え方がこんな形であったから怒ってしまっただろうか。後者だったら嫌だなぁ。
俺なりの伝え方でちゃんと伝わってくれるかは俺の伝え方次第と相手の受け取り方次第による。
昂にとって俺に伝えて欲しい時の場の雰囲気が真面目であって欲しかったならこの伝え方は間違いなく失敗だ。
加えて、俺の歌に対して昂がよくわかって無かったり、よく聞けば曖昧な返答の仕方しかしていないことに気が付いたりすれば、それも失敗。
あぁ、さっきから失敗失敗って.......そう考えるほどに怖いんだなぁ。昂の返答が。
胸がざわめいて、渦巻いて、ぐちゃぐちゃになってるくせにそれでも言葉を欲しがってる。
たとえどんな最悪な結果が待っていようとも。自分のどうしようもなく原型がなくなった気持ちにケリをつけるために。
そうか......俺はアイツらにこんな苦渋を飲ませ続けていたんだな。
それでもアイツらは俺のことを思ってどこまでも待っていてくれたってわけか。
コイツはひでぇ男だ......ってそれは俺か。なら、きっと俺がすべきことは早く答えを出すことにある。
そのためには惑い迷っている心に向き合って指針を作らないとな。
そうなると.......ごめん、どんな報いも受けるからまだ待っててくれ。
二番の歌詞が終わる。間奏タイムに入った。
その直後だった――――俺のインカムにピピッと二回音が入るのは。
瞬間、俺の汗ばむ顔には自然と笑みが浮かんだ。どうやらそれが昂の答えらしい。
俺はギターから手を放し、頭上で手を叩いて観客に手拍子を求めた。
すると、姫島達がいた方から手拍子の音が響き、次第に全体に広がっていく。
これは観客に盛り上げるよう求めたわけじゃない。俺が打ち合わせした照明係との合図だ。
それによって、音がなったままステージはゆっくりと暗転していく。
その暗転に合わせて音楽も音が静かになり、完全な暗闇と共に止まる。
すると、手拍子も次第になりを潜め始めた。
直後、俺の横側から暗闇の中でも確かに感じる人の気配があった。
そして、それは俺を通り過ぎると「ありがとう」と小さく答え、丁度俺と光輝の間に立つ。
終わり――――そう観客の誰もが思い始めた瞬間、スポットライトがステージの中心だけを照らし、俺の最後のメンバーを紹介した。
そこにいたのは同じようなメイド服を着た昂であった。メイクなしのただ着替えただけ。
しかし、その素体は紛れもなく化粧下野郎どもよりも照り輝いていた。
その姿に男子や女子達は盛大な声を上げていく。
そして、渡良瀬がドラムを鳴らし、名撮がキーボードを弾いて、光輝がギターを鳴らし、俺がエレキギターを捌いていくと昂が歌い始めた。
ラストの三番。それを昂が歌っていく。その姿を横目に見ながら俺はその凄さに苦笑いを浮かべていた。
なぜなら、俺が歌詞を送ったのは俺がステージに向かう直前なのだ。スマホを弄ってたのはそう言う理由。
昂はその歌を三番だけとはいえ一言一句間違わずに歌っている。
加えて、昂に“最近ハマっている曲”と称して今演奏している音楽の完成版を送っただけなのに、歌の音程までしっかりと取れている。
あの大財閥花市家に仕える執事だけに凄まじいポテンシャルだな。まさに脱帽。お前はスゲーよ。
歌は終盤のサビに入り、俺と光輝、渡良瀬、名撮も混じって全員で最後まで歌い上げた。
曲が終わるとそこは大歓声の嵐。バンドは清々しいほどまでの大成功で幕を閉じる――――はずだった。
「実はここで皆に聞いて欲しいことがあります」
唐突に昂はそんなことを言い始めたのだ。
ここからは俺のシナリオにない未知の領域。
あまりのことに俺達はその場で立ち尽くした。
その一方で、昂は大きく深呼吸するとマイクを両手でギュッと握りながら告げた。
「実を言うと......僕は男子の制服を着ていますが、性別で言えば女になります。
ただし、性格や考え方は男寄りで、つまりはジェンダーということになります」
おいおい、昂!? お前、そんなこと大勢に言っていいのか!?
確かに伝えるべき人はいるだろうが、何もこんな大勢の前でなくたって!
この中でも当然一生関わりない奴とかいるんだぞ!?
昂のカミングアウトにわかりやすいほどに会場はざわめく。
特に少なからず昂と面識がある奴は戸惑いが大きいだろう。
しかし、昂はそんなことをわかりきっていたように言葉を続ける。
「このバンド......これは僕がこうして言いやすいように協力して作ってもらったんだ。
最後の登場に疑問に思うかもしれないけど、そうしようと決めた演出だからあまり気にしなくていいよ」
演出とは最高の躱し文句だな。にしても、このバンド自体をわざわざ自分が主導で実行したように見せかけなくても。
「というわけで、僕は女の体に男の心という不思議な体を持って生まれて、それに対して少なからずの苦労や苦悩を持ってこれまで生きて来たけど、大切な友人――――いや、大好きな人の言葉で考えが変わった」
......なっ!?
「僕はこの体で自分の好きなように生きていくことにした。
半分女として女子達と買い物しに行ったり、半分男として男子達とバカ騒ぎしたり。
つまりは男女ともに併せ持つボクはどっちの気持ちも理解できる完全体。つまりは最強!」
.......ん?
「惚れたい方に惚れなよ。ボクは男女併せ持つだけにどちらの気持ちも全て受け止めるよ。ただし、ボクの気持ちが揺らげばだけど」
昂は最後にビシッと“挑戦者を待ってる”とばかりに会場に人差し指を向けると堂々とそう言ってのけた。
その直後、男女ともに盛大な歓声が巻き起こる。それこそ演奏終わりの比じゃないほどに。
「昂様、結婚して~」だったり、「昂を俺のものにしてやるぞー!」と熱量高くして吠える女子と男子の声が会場の至るところから響き渡った。
その光景に「あ~あ」と思いながら見ているとふと隣から視線を感じて見てみれば、昂がこちらに視線だけを向けて目が合えばすぐにウインクしてくるではないか。
その瞬間、照らされる天使のメイド服の最高の友人を見てパシャリとシャッター音が切られ、その写真は素早く脳内フォルダーにしまわれた。
つまるところ......はいはい、俺の負けですよ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')