第116話 文化祭#3
時間は刻一刻と近づいている。俺が俺なりに考えた真面目な雰囲気になり過ぎず、されど伝えたいことは伝わるような結果が訪れるまでの時間が。
もちろん、その結果も自分の理想論でしかない。だが、きっと伝わる。
そんな理由もない確信だけが今の心の支えとなっていながら――――俺は姫島に前払いをしていた。
「う~ん、おいしい。やっぱりこういう屋台で食べる焼きそばってなんか一味違く感じるわね」
「祭りの雰囲気がスパイスになっていたりするんじゃないか?」
「なるほど、空腹がスパイスになるみたいな感じね。とはいえ、私的には今の状況が限りなくスパイスだと思うわ。幸せのスパイスってね」
「.......」
なんてコメントしづらいことを......とはいえ、姫島にはそう思われても致し方ない状況と言えるだろう。
というのも、俺は現在姫島とデート中である。それは俺が姫島にお願いしたことに関係するので、これが姫島にとっての等価交換ということになるらしい。
にしても、なんだかんだで俺は姫島とデートしてないか? なんだろう、このむず痒い感覚。
別に付き合ってるわけじゃないのにこうして男女二人で歩くって妙に周りの視線に敏感になる。
前までそんなこと微塵も思ったことないのに。
で、きっとそんなことを考えてるのは俺だけで、木陰のベンチに座っている俺の隣で午前中に死ぬほど働いた姫島が幸せそうに焼きそばをがっついて食ってる。全く、唇の端に青のりくっついてんぞ。
「もう少し落ち着いて食え。焼きそばは別に逃げねぇから」
「とはいえ、本当にお腹が減ってると妙に咀嚼回数減ってとにかくお腹に入れたくならない? 今はとにかく食べたい気分なのよ」
「まぁ、わかるけどよ......」
それにしては、姫島が買ってまだ手に付けてない食い物があまりにも多すぎる。
フランクフルトにホットドッグ、ジャンボフランク、広島風お好み焼き、たこ焼きなどなど。袋は見る限りまだまだ全然太っている。
「なるほど、隣に好きな人がいて美味しい食事を頬張る。これが幸せ太りの原因なのね!」
「そう言うのは夫婦限定で言う言葉じゃないのか?」
「なら、なんて言うのよ?」
「ぶくぶく太り」
「デリカシーのさじ加減を全くしない辺りさすが影山君だと思うわ......って手鏡?」
俺はやはりさっきから妙に気になってしまっていた唇についた青のりをそれとなく指摘するように財布から小さな手鏡を出して姫島の前にそっと出した。
すると、姫島はその鏡を覗き込むやすぐに唇に青のりが付いていることに気付いて、恥ずかしそうに顔を赤らめながらポケットティッシュで口元を拭った。
「......そういうことだったのね。『落ち着いて食え』って」
「いや、それはそれとしてだ。普通に食ったとしてもつく場合があるからな。それよりも時間帯的にもうそろそろじゃないか?」
「そうね。約束したのなら見に行かないとね」
「お前はもう見たのか?」
「いえ、今日が初めてよ。だから、ものすごく楽しみだわ」
「あまり期待しすぎるな。学生クオリティだぞ」
「と言いつつ、その腰ポーチの中にキッチリカメラが、それも一眼レフが入っていることは知ってるわよ」
「.......うっせ。行くぞ。ポジションが大事だからな」
「ふふっ、はいはい」
俺と姫島はベンチから立ち上がると体育館に向かった。
体育館では特別ステージが設置されていて、そこから離れた場所に等間隔にパイプ椅子が並んでいる。
俺が見ようとしている雪達のクラスの発表まではまだ十分ほどの時間があるが、もう席はほぼ満席となるほどに人が集まっていた。
壁際にも大勢の人達が並んでいてその数だけこれから始まる演劇を楽しみにしているというのがわかる。
俺達はたまたま空いていた席に座ると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やや、学兄さん。自ら沙由良んの隣に座ってくるとは沙由良んのハートを射止めるために必死なのですね。
とはいえ、安心してください。沙由良んのハートはすでにが――――」
「あれ? 君って確か流川霧江ちゃんだよね?」
「やっほー、お兄さん。お兄さんの方もお元気そうで」
「え、沙由良ん、ここまで主張してて空気扱いですか?」
流川霧江――――陽神光輝の第2幼馴染といえるポジションに位置し、夏休みの時は泊った旅館にいた子である。
「こっちこそ元気そうで何よりだよ。にしても、確か霧江ちゃんの家ってこの高校から離れてなかったっけ? 頑張って来たって感じか?」
「そうですね。こういう機会でしか会うことも出来ませんし」
「そういう意味では沙由良んも同じですよ!」
「なるほどな~。それじゃあ、俺達のクラスには寄ったか? 光輝は午前中に入ってたはずだけど」
「あー、生憎午前中の人数に気圧されてその時には入らなかったです。
五分前まではあっちに居ましたけど。あそこまで人気クラスになってるとは思いませんでしたよ」
「それは激しく同意する。あそこまでの人気は俺も想定外だったわ」
「沙由良ん、ガチ空気じゃないですか。悲し過ぎてぴえん超えてぱおん」
ちょっとやかましい小娘がいるが、さすがにここまで無視するのは可哀そうか。仕方ねぇな、話に混ぜてやるか。
そして、さらに悲しそうに目線を向けてきた姫島も交えつつ話をしていると舞台が開演する音が鳴り響く。
舞台の方へと視線を向けると少し前の席に光輝とヒロインズがいる。
そして、ヒロインズに混じるようにして花市の隣には昂が座っていた。
それを確認すると改めて視線を舞台に向けた。
舞台演目は「親指姫」。その内容を簡単に話すとチューリップの花から生まれた親指ほどのサイズの可愛らしい姫が、ある日容姿の醜いヒキガエルに誘拐されるという事件性しかないとんでも展開で始まる。
誘拐後、魚達によって助け出されるが、次は臆病者のコガネムシに人生二度目の誘拐をされてしまう。その上置き去りにして。誘拐しておいてそりゃないだろ展開。
置き去りにされたまま季節が経ち、秋になった所で紆余曲折あって野ネズミお婆さんの家で居候することになるが、今度は隣の成金モグラに求婚されるのだ。
しかし、金でものを言わせて品性と言動がひん曲がったモグラと結婚させられそうになると、たまたまモグラの家で傷ついていたツバメを介抱していたというフラグが立って、結婚式当日にそのツバメと逃避行をするのだ。
そして、向かった場所は花の国と言う場所。そこで突然の花の国の王子の登場で親指姫はその王子と結婚する。いや、なんでやねん。
とまぁ、だいぶ偏見強めのあらすじを並べてしまったが、個人的に感じた見解はそんなんだ。
なんというか、遠回しに女にとってどういう男が一番かっていうのが端的に示されているよな。
特に最後のツバメの件は男として悲しい。優しいだけではダメなのだ。
よく優しければモテるなんてあるが、結局八方美人な態度は一定の好感度しか保てない。言い換えれば都合のいい存在になる。
なんでこんな演目にしたんだか......いや、単に小学生並みの体格の雪を主役にするためだったってのは知ってるんだけど......いやいや、違うな。
遠回しに傷ついているのは話の内容を確認するために元ネタを調べた俺だけだ。
それにこれは雪の手によって元ネタからだいぶ改編された演技になっている。いうなれば「Re:親指姫」である。
元ネタは先言った感じだが、今見ている雪達の「親指姫」はだいぶ冒険色が強くなっている。
いわゆる、ツバメ以外の登場人物は敵として扱われ、花の国の王子は最初に出会った登場人物として扱われ、その王子とともに冒険しながらやがて辿り着いた花の国で結婚するというもの。
ザ・王道といえる内容だ。ま、その演技の中で一番驚いたのは王子が生野であるということだが。
案外様になっていて、二人の息の合った演技は言うまでもなく魅入ってしまった。
雪は俺の心配をよそにどこまでも堂々とした演技をしていて、(ピンマイクもあるが)ちゃんと聞こえるほどに声量が出てる。
そして、生野は時に雪の行動に目を配りながらイケボを響かせていた。
こんな声優いなかったっけ? と思うまでには王子が生野であることには正解だと感じた。
そして、その他の仲間とともに歩んだ度はついに花の国の結婚式へ。
演技が終わると誰しもが立ち上がって祝福した。スタンディングオベーション。当然だ、それほどまでに完璧だったのだから。
観客に向かって雪は何度もお辞儀をして、生野は正しくアイドルのように観客に手を振っていた。
その瞬間、俺の姿を捉えたように二人の視線が同時に届く。
直後、一度顔を見合わせた二人はすぐさま顔を向けると満面の笑みで揃ってピースした手を向けてくる。
「......っ」
胸に大きくざわめく感情が動き出した。それは熱となって体温を上げていく。
「もう準備しないと間に合わないわ。それはそれとして、少し妬けるわね」
そう言って姫島は嬉しそうな笑みを浮かべながら先に席を立って歩き出した。
その言葉の意味を噛みしめながら、俺は心を落ち着けるように深呼吸するとその後を追っていく。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')