第114話 文化祭#1
――――文化祭当日
『さーて、始まりました楤場祭。本日は晴れやかな空でクラスにはそれぞれ多くの生徒で賑わっており――――』
校内放送に響く放送部の軽やかしゃべり声。そんな声に耳を傾ける――――余裕もなく、俺は必死にオムライスを作っていた。
俺達クラスの出し物は女子はメイド、男子は執事服という形の喫茶店である。
そして、このクラスには割に美少女が偏って集まっていたり、昂目当てだったりで男女ともに人が集まっているのである。
また初日の今日は生徒オンリーの文化祭となっており、翌日には恐らく満席で入れる可能性も少なくなろうだったりだとか、明日の一般公開では一日がかりの作業となるためフリーの今日のうちに行きたいところに行こうとかの理由も含めてでもあろう。
そのせいで厨房担当の俺は大忙しである。
独り立ちスキルとして養ってきた料理スキルを買われて厨房で腕を振るっているのだが......この忙しさは想定外。やめときゃ良かった。
「3番テーブル、オムライス2つお願いー!」
「了解!」
接客担当の女子から新たな注文が舞い込む。
教室内に簡易的に作られたキッチンでは正直待たせるのは必至なのだが、頭の中で少しでも時間をかけないように最短効率を模索しながら作っていかなければならない。
ま、これは俺が勝手に決めたことで別に強制されてるわけじゃないのだが......ほら、よくあるだろ? 注文が遅くていちゃもんつける担当のモブとか。
そのシーンでヒロインをカッコよく守る主人公っつーのは正直エモいよ?
ザ・王道でヒロインの感情が動いた時の表情とか漫画で見れば「くはぁ~~~~~!」ってなるし。
だが、それが実際にリアルで起きて欲しいかと言われれば全く別であろう。
それ以前に、ああいうシーン自体は好きなのだが、単にああいう手前の奴は嫌いなのであまり作り出したくないのだ。
つまりだ、俺がオムライスという一番注文されているメニューを担当して作っているのは。
もちろん、他にも作ってくれる女子はいるが、申し訳ないが下ごしらえ担当になってもらっている。効率重視のために。
ともあれ、それで厄介客が来ないとなればそっちの方が良いだろう。
まぁ、そのせいで俺は接客の様子を見れないのは残念だが。
もしかしたら、ラブコメしてるかもしれないのにーーーーー!
――――2時間後
「かぁ~~~~~~」
俺は椅子に座りながら全力で溶けていた。全身から湯気が出そうな勢いの熱を発散しながら。
顔に乗せてる濡らしたタオルももしかしたら乾いてるかもしれん。
「お疲れ様。影山君の頑張りで厄介客は出なかったわよ」
「それはどうも。って早々に出ても困るけどな。あと、勝手に俺の頑張りの理由を読まないでくれる?」
俺はタオルを取って座り直した。すると、俺の言葉に姫島は微笑みながら返答する。
「それは残念だったわね。好きな人のことは思考すら支配したいのよ」
「やめろ。今、一瞬体がゾワッとした」
「ふふっ、冗談よ。でも、あなたの考えそうなことは大体察しがつくわ。それに丁度体も冷えて良かったじゃない」
「全然喜べねぇな」
と言いつつも、この会話のいつもらしい感じに先ほどの忙しさが終わったかと思うと少しだけ肩の力が抜けた。
そんな俺の表情を見た姫島は「私はもう既に休憩入ったから接客に戻るわ」と言ってはこの場から離れていく。
だが、ひょいと仕切りのカーテンから顔を出すと俺に伝えてきた。
「そう言えば、廊下に莉乃ちゃんが待ってるわ。恐らく出し物のことで。それじゃあ、また明日ね」
姫島は少しだけイタズラっぽい笑みを見せると接客に戻っていた。その顔にため息を吐きながらエプロンを脱ぐと休憩に入った。
廊下に出ると姫島の言った通り窓際の壁に寄り掛かりながらスマホを弄っている生野の姿がある。
「せっかくの文化祭だってのに、陽キャの癖してつまんなそうな顔......いや、違うか。緊張してんのか」
ニヤニヤした顔でそう告げると生野のスマホを弄っていた指がピタッと止まる。
そして、ため息を吐いたので言い返してくるかと思えば、意外にも肯定的な反応であった。
「......やっぱりあんたにはバレるんだね」
「......まぁ、提供屋としては人の顔色窺って情報の対価を決めるからな。表情の差分には気づく時は気づく」
「案外曖昧なのね」
「で、俺を呼び出してどうした? 確か1時間後ぐらいだろ? 出し物は」
「......少し、回らない?」
生野の提案で俺は生野と一緒にクラスの出し物を見て回り始めた。
落書きせんべいを買ったり、チョコバナナを買ったり、りんご飴を買ったりと安定の甘い物尽くしを堪能していくと休憩場所として選んだ屋上近くの階段で急に生野が話し出す。
「そういえば、ありがとね。演劇の校正してくれて」
「あぁ、それか」
まぁ、それは一抹の不安があったからな。というのも、生野達のクラスの出し物は雪が脚本をしたものだ。
雪が推薦してくれた皆のために頑張りたいということで自ら立候補したらしく、主役が雪という小柄な女子ということでベースは愛称と同じ「親指姫」。
そして、雪は演劇に向けて熱意を持って脚本したのはいいが、読者様は当然お気づきであろう。雪がよく読むジャンルを――――そう、官能小説である。
故に、雪からすれば真っ当なストーリーなのだが、それを一番最初に読ませてもらった俺からは明らかにR規制が入りそうなシーンがいくつもあった。
高校の演劇なのだ。加えて、素人も同然の。その中じゃキスですらとんでもない行動のはずなのに、その先の......なんというかこう......とても言いずらいが、一言で言うならば前戯があった。
それを指摘したら「これでもまだ致してないですよ?」と言われた時には思わずため息を吐いたものだ。十分にアウトだから。
そんなこともあり、俺が校正役として雪の脚本を何度もダメだししながら試行錯誤した結果、皆が安心して演劇に臨める内容となってるわけで、一応他の意見も聞きたいからと読んだことのある生野はそれについて感謝してるのだ。
「雪は大丈夫なのか? 正直、真っ先に俺の所に来そうだったが」
「なんでも『自立した姿を見せたいから』ってあえて会いに行きたい気持ちを押し殺して頑張っていたわよ」
「そっか。じゃ、俺の代わりにお前が支えてやってくれ。それから『頑張れ』って伝言も。生憎今日はシフト的に見れそうにないからな」
「わかったわ」
「それで――――」
俺は一区切り入りそうなタイミングを敢えて潰して、淀みない会話をしていた流れを利用して聞いた。
「お前は俺に何か愚痴りたかったんじゃなかったのか?」
「違うわよ」
「......あら、そう」
ちょっと決め顔で言った自分が恥ずかしい。
生野の最初の反応からそう言うことだと思ってちょっとウザいと感じるような顔で言ったのにスルーの上全く違った。
生野が不思議そうに眺める視線を感じつつ、俺は顔を両手で隠しながら改めて尋ねた。
「んじゃ、何の用だよ」
「それは単にあんたと回ってみたかっただけよ。明日は友達とだったり、家族と回ったりする予定だから」
「際ですか」
「......まぁ、全くそう言う気持ちがなかったわけじゃないけどね。
でも、あんたとのんびり回っていたらどうでもよくなっちゃった。あ、別に演劇がって意味じゃないよ?」
「わかってるよ」
「ともかく」
生野はそう言うと立ち上がって階段を下りていく。そして、途中で振り返るとにこやかな笑みで告げるのだ。
「付き合ってくれてありがとね。んじゃ、明日は必ず見るのよ! 雪ちゃんのためにも!」
「へいへい」
言い終わると颯爽と姿を消していく。だが、俺の目には残像のように生野の後ろ姿が残っていた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')