第113話 僅かな兆し
女装デートを終えての総評――――わからん。
正直この結果に至ってしまったことに関しては腑に落ちない点もあるが仕方ない。
やる必要あったかと言われればこの結果を知っていれば絶対になかったが、逆に“わからない”ということがわかったということで何とか飲み込むとしよう。
とはいえ、全く何も収穫がなかったわけではない。男にとっては知らない女の苦労の一部が垣間見えたのだから。
そう考えるとこれは俺が男だからの意見であるからかもしれないが、結局自分にとって楽で過ごせるほうが一番なんじゃないかと思った。
男でもアリ、女でもある。しかし、本人にとっては必ずどちらかに偏った居心地の良さを感じることがあるだろう。
そのどちらかを選べばいいと思うわけで、まぁ男を選んだ場合肉体性別上では女なわけだから多少苦労することもありそうだけど、幸い花市家に仕える家柄という点では特に困ることも少ないだろう。
.......いや、違ったな。アイツが求めてるのは俺の答えだ。
俺が決めたどちらかの性別で未来を生きていこうとしてる。
そんな大事な決断を俺に決めさせるほど悩んでるのか、はたまた信用しているのか。
さりとてそんな未来の重要な決断を決定できるほど俺はまだ昂の人生を背負う責任は持てない。
ま、つまりだ。結局俺の出した答えは変わらないわけで。となれば、今度はどうやってその意見を伝えるかという話になる。
そのまま率直に伝えるのもアリっちゃアリだが......それだとなんか説得力に欠けそうな気がするんだよな~。
アイツのことだから俺の言った意見はそのまま受け入れようとするだろう。しかし、その受け止め方は人によってかわるわけで。
俺がアイツに“赤くて美味しいものは?”という質問に俺の回答が「リンゴ」に対して、アイツの回答が「イチゴ」なんてズレた認識をされても困るわけだし。
俺の意見が「わからない」という回答だったとしても、それを重く受け止めてほしくはないのだ。
内容が内容だけにどうしても重ためで真剣な空気になってしまうだろう。
そうなるとその言葉に重みがあるように捉えかねない。それを重たく捉えて欲しくないのだ。
性別にとやかく言われようと自分が過ごしたいように過ごせるほうでいいし、何だったら別に両方の性別を併せ持つ存在として自分の都合のいいようにその性別を使いこなせばいい気がする。
ま、これも結局はなんの説得力もない偏見でしかないただの俺の意見だ。ただ本心ではある。
そして、これを効果的に伝えるのであれば決して重たい空気を作ってはいけない。
恐らく伝えようとアイツに話しかけたら真剣な顔つきで捉えそうだから、出来るだけ明るい感情で伝えられる何かを―――――
「―――――くん。影山君? ちょっと聞いてる?」
「あ、あぁ、どうした?」
「会議終わったわよ? 珍しいじゃない。文化祭実行委員の会議であなたが終始黙ってることなんて。前回の林間学校では大暴れだったのに」
放課後の定例会議。会議に来てた連中のほとんどはいなくなっている。
「暴れてねぇっつーの。単に自分の都合のいいように回してただけだ。ただなんか今回はあんまし思いつかねぇな」
思考が昂への回答の仕方についての考えで溢れかえってしまっていて、正直光輝達に何かできる策が思いつかない。
きっと前までの俺なら、相手が昂じゃなければこんなに考えることもなかったかもな。
俺はきっと会議中も終始考え込むような顔をしていたのだろう。そんな顔を見て姫島がどこかへ視線を飛ばしていく。
その方向はなんとなくわかる。こいつらも全く物好きな連中だと思うが。
「ねぇ、やめなさいよ。ずっと辛気臭い顔してんのさ」
「影山さん。悩んでることがあれば相談に乗りますよ?」
僅かに視線を向けてみると生野と雪が椅子に座らずにわざわざ近くで尋ねてくる。
相変わらずこいつらの俺に対する心の距離感を感じさせる。
「相談か......別に相談するようなことないが......そうだな、お前達のクラスでの出し物ってなんだ?」
「私達は演劇にすることにしたの。そのせいかそれにかかりきりになっちゃって、私達の教室はただの休憩室になりそう」
「演劇とはまた今時珍しいものに決まったな。あんなのめんどくさくてやらなさそうなのに」
「そ、それが、なぜか私を起用したいという多くの声が寄せられまして......その結果そうなって、意外にも全員がやる気でいてびっくりしてます」
まさかの雪が主演とは。え、それって大丈夫なんか? ちゃんと人前でしゃべれるの? お父さん心配。
「大丈夫なのか?」
そう尋ねる俺の言葉に雪は少し目を逸らすような動きをしながらも、やがて目を合わせるとて告げた。
「大丈夫......とは自信もって言えませんが、それでも皆が期待して出来ると思って私を推薦してくれたんです。だから、必ず成功させるように頑張りたいと思います!」
「......そっか。変わったな、雪は。良い方向に」
思わず差し出した手をそっと雪の頭の上に乗せた。
相変わらずどこか妹のような扱いになってしまうのは雪が小さいからか、もしくは成長を感じ嬉しく思う父性感からか。
そんな俺の撫でに嬉しそうな顔をする雪はその手に触れ、そのままそっと頬の位置までズラしていく。
それは決して兄が妹を撫でるような、はたまた父が娘を褒める時触れるような位置では決してなくて――――
「全てのキッカケを与えてくれたのは影山さんです。
影山さんがいなければ私の人生は暗い道だったと思います。明かりを灯してくれたんです」
その瞬間、ゾワッとした感覚に襲われた。
それは残りの二人に妙な視線が送られてるわけではなく(いや、多少はありそうだが)、それ以上に心が言い得ぬ感情で襲われたのだ。
いつもの雪より、その髪色や目の光の色彩が細かく艶やかに彩られてるように。
ただ変化があるとすれば、一枚の写真ではなく映像に映ったことだが。
「はいはい、終わり終わり。いつまでも女の子の頬を触ってんじゃないの!」
「そうね。まだし足りないのなら私の頬を提供してあげるけど。ど、どうする?」
「いや、いいわ」
「相変わらず私への扱いだけがぞんざいね。でもいいわ、最近は悪くないと思い始めてる」
あー、なんか一気に空気が元に戻ったって感じだな。相変わらずこいつだけは変わらんな~。
ともあれ、この空気感に居心地の良さを感じてるのは拭えんな。
生野がでろんでろんに熱で溶けた顔をしている雪を看病しているのを他所に俺はふと先ほどの生野と雪の会話から一つ考えが浮かんだ。
「なぁ、姫路。確か開会式・閉会式のセレモニーだったり、演劇とかだったりは体育館が会場になるわけだよな」
「そうね、そうなるわ。その他にも有志の団体が体育館に作られた特設ステージを使って色々なパフォーマンスをするらしいわよ」
「有志ってことはやっぱり事前に言っておかなきゃならんよな」
「えぇ、もちろん。さすがに大学祭での外からアーティストを呼ぶ感じではないでしょうけど、それなりの段取りがあるはずだからね......って、ちょっと待って、もしかして有志で出る気?」
「そこまではわからん。ただ確かに今この瞬間、俺にとっての最高なアイデアが閃きかけたところだ。それを少し確かめてくる」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')