第112話 女装デート#4
「――――で、今の時期だとそういうタイプの方が良いらしいですよ」
「へぇ、そうなの。随分と詳しいのね」
「沙由良ん、同人誌の原作担当でしたから。こういう季節感を合わせてあげると受けもいいんで調べたりしてるんです」
そんな風に俺の前では沙由良と姫島が絶賛女子トークをしている。
随分と話が弾んでいるのか、今の状況を半分忘れてるんじゃないかと思うぐらい。
で、俺はと言うと先ほどから雪にジッと横から見つめられている。
誰か気づいた様子ではないが、のどに小骨が刺さったように妙な何かを感じているのかもしれない。
さて、ここで安易に反応した方が良いものか。
沙由良には半分諦めかけた裏声でなんとかなったが、雪に同じように通じるかとなれば話は別だ。
まぁ、別にバレた所で然したる問題はないのだが......ただでさえ姫島に弱みの一つを握らせたようなものなのに、残り二人に同じように握らせるのは俺のプライド的に避けたいところだ。
つまりは隠し通すというわけだが、さすがに女子同士で全く話さないというのも不自然か?
現状、俺の立ち位置は姫島の友達で沙由良と雪からすれば他人。言わば友達の友達的位置に属する。
無言を貫けば余計なボロは出さないが、それが過ぎれば逆に不自然さが出るというもの。
ましてや先ほどからジッと見てきている相手の視線にまるで気づかないというのはそれはそれで不可解さを感じさせないだろうか。
しかし、それを解消するためには話しかける――――声を出すことになる。
仕方ない、ここは自然さを取るのが一番だ。バレないように高すぎず、低すぎず。持ってくれよ、俺の喉。
「ど、どうしたんですか? 先ほどからジッと見られてますけど(裏声)」
「あ、ごめんなさい。知り合いに似ていたのもで......え?」
え、何? もしかしてバレた?
「......どうしたんですか?」
「ごめんなさい、すごい私的な事なんですがとてもスムーズに話せてるんです。
色々ありまして全く知らない人と話すのは苦手で上手く言葉が出ないことが多かったんですが、今は全然違うんです」
「そうですか。それは良かったですね」
あっぶねぇ~。バレてない。セーフ。にしても、俺って案外裏声でもバレないもんだな。
昔にミックスボイスを練習した結果か? だとすれば、人生何あるかわからないもんだな。
「そうえいば、お名前をお聞きしてませんでした。私は音無雪と言うものですが、あなたはなんて言うんですか?」
名前......そういえば、考えてなかったな。姫島以外合わない前提だったからな。う~む、どうしよう。適当に名前を文字ればいいか。
「日山マナです。ひめ......縁ちゃんと同級生なら同い年のはずなので、好きな呼び方で構いません」
「わかりました。では、マナさんと呼ばせてもらいます。私の方も雪でいいですよ」
「わかりました、雪」
「......っ!」
その瞬間、雪が軽く目を見開いて立ち止まる。
その反応に少し前で止まって俺は振り返った――――心臓をバクバクとさせながら。
内心冷や汗が止まらない。俺は何かやっちまったか?
少なからず、声に地声が出ることはなかった。
言い方も話の流れに合わせてごく自然なものだったはずだ。
だが、だとすれば何が雪の琴線に触れたというのか。
「ど、どうしました?」
「あ、あの、おかしなことを言うかもしれませんが、もう一度名前を呼んでもらっていいですか?」
「え? えぇ、いいですよ.......雪、これでいいですか?」
「やっぱりです」
「何がですか?」
「やっぱりドキドキします!」
「.......?」
名前を呼ばれただけでドキドキする? なにその付き合い始めたカップルが感じる甘酸っぱいシーンみたいなの。え、もしかして俺ピンチ?
「よくはわからないんですが、マナさんに呼んでもらった時の感覚が好きな人に名前を呼ばれた時に感じる嬉しさと似てる......いや、ほぼ一緒みたいな感じでドキッとして嬉しさが込み上げてくるような感じなんです」
「ふふっ、そうなんですか」
.......いや、そうなんですかじゃねぇええええ!
なんとか上っ面はカバーできたが、内心の動揺っぷりが半端じゃねぇよ。
つーかなんだよ、沙由良も雪もさ! 女装した俺相手に似た様な反応してさ!
もしかしてもうバレてる? バレててあえてそんな反応してる?
いやいや待て待て、落ち着け俺。冷静さを欠いてはダメだ。
軽く深呼吸して......よし、なんとか動揺は収まった。
にしても、女装の俺に対してホント二人とも似た様な反応したな。
バレてないで反応したとすれば、それって乙女センサー的なもので感知したってこと?
いやいや、非現実的すぎるだろ。あまりにも妙な反応されて混乱してるだけだ。
あれだ、長いことガチャで手に入らない時に“物欲センサーが働いてる”って言うのと一緒。
しかし、結局は確率の問題で手に入る時は簡単に手に入るし、入らん時は入らんで気持ちにフィルターをかけているだけだ。そして、それは今回も同じ。
それに本当に気づいているならあの沙由良がちょっかいを出さないはずがない。
俺のこの姿なんて見た時にはすかさずスマホを取り出しカメラを起動して連写モードであらゆる角度から撮ることだろう。
そうじゃないということは気づいてないということ。
少なからず、動きがない時点ではそう思うことにしておこう。
確かめようとして藪をつついて蛇が出ちまったら嫌だしな。
「そうなんですか。雪さんの好きな人に声が似てるんですね」
「はい、そうなんです!」
雪はテクテクテクと隣に並ぶと歩きながら瞳を輝かせながら語り始める。
「その好きな人が影山さんと言うんですが、その人がすっごくカッコよくて優しくて」
あ、やべっ。地雷踏んだかも。
「いつもは自分本位でそれ以外には興味ないって態度を取ってるんですが、結局興味ないことにも気を配ってますし、私達のことを必ずどこかで考えてくれてるんです」
ぐむっ......む、むず痒い。なんだこれは.......なんの恥辱を受けているんだ!?
「それでいて勉強も出来て料理も家事も出来るという割に完璧超人なんですが、案外押しに押していくと弱かったり、興味ないふりをしてるくせして私達に必ず構ってくれるんです」
や、やめぇ。もうやめてくれぇ。っていうか、雪よ、お前は実はそんなこと思ってたのか。
天使のような輝く笑みに隠れて小悪魔的要素も含んでいたのか......天然でそれってかなりの強キャラだな。
「でも、その完璧超人にも一人でに悩んでる姿があって、それを見ると少し嬉しいんです」
「困ってる姿が嬉しい?」
特殊な扉を開きかけてないか?
そう思っていると雪は慌てて顔を横に振って訂正した。
「いや、そういうことじゃなくて。私にとってあの人は特別な人です。
ですが、遠い人でもあって、手を伸ばしても全然届かない人で......しかし、そんな人でも悩んでいる姿を見ると凄く身近に感じて助けられるんじゃないかと思うんです」
「雪......はその人を助けたいのですか?」
「助けたい......とは違いますね。恩返しがしたいんです。
あの人は塞ぎ込んでいた私に光の世界があることを教えてれた太陽のような存在なんです。
あわよくば、なんて思っちゃうこともありますが、それよりも私はどんな時でも味方で居たいと思うだけです。で、その人曰く私とその人は――――」
「「似た者同士」」
「......え?」
雪が俺の言葉に小さく声を漏らす。それに対し、俺は笑って告げた。
「その人ならそのようなことを言いそうだなって思っただけです」
ま、本人だしな。にしても、雪は相変わらず俺のことを太陽だなんて思ってるのか。
太陽、か......ハハッ。これは少しばかりのサービスだ。
それから、俺は三人にフラフラと連れて行かれるままに楽しみ女装デートを終えた。
冷や冷やすることが多かったけど、存外バレないもんだな。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')