第111話 女装デート#3
不幸は突然やってくる。まぁ、幸福も突然やってくるけど、なんにせよ未来のことは予測つかないという意味には変わりない。
そんな言葉の意味を正に身を持って実感しているような状況が今であった。
「ふむ、お友達とお出かけですか、ゆかりん」
「ええ、そうよ」
「ゆかりん」て。君ら大分仲良くなってたんだな。ってそんなことはどうでもよく、どうしよう......後ろ向けねぇ。姫島が向いてるのに俺が向かないってのも不自然だよな。
だけど、相手が沙由良だぞ? そもそもこの姿を見られるのが姫島だけに抑えたかったのに、そこに沙由良まで来るなんて。あぁ~、心が擦り減っていく。早く去ってくれ。
「何か買い物してるんですか?」
「秋物の洋服を買いにね」
んでもぅ、こういう時に限ってなんで質問してくるかなぁ。
こんなもんなの? 女子同士のたまたま会った時のってこんなもんなの!?
するとその時、姫島がこっそりと小声で話しかけてきた。
「大丈夫よ、影山君。あなたの見た目は傍から見ても普通の女性としか思われないわ」
「ほ、ホントだろうな?」
「私が言うんだから本当よ」
仕方ない、後ろを向くか。このまま後ろを向き続けた状態はやはり不自然極まりない。どうか神様、俺のことがバレませんように!
そう突然の困った時のキリシタンになりつつ、俺は意を決して出来るだけ温和な笑みで表情を固定しながら後ろを向いた。すると当然、俺の顔を沙由良が見るわけで。
「.......」
「.......」
「.......」
無言が辛い。なんか俺の顔をジッと見てくるんだけど。やめて、見ないで。そんなマジマジと見ないで。
あぁ、もしかしてこういう心苦しさが俺と昂の関係だったりするのかな......。
俺は思わず沙由良から目を逸らす。何を考えてるかわからないような目であるが、その瞳にはありありと俺の姿が移っていて、その吸い込まれそうな瞳に思わず顔を逸らす。
もうこれ以上は見てられない。不用意に顔を合わせ続けることはバレる原因にもなるだろうし、そもそも女子と長い間目なんて合わせられるか!
「.......失礼」
「......え!?」
「なっ!?」
沙由良は何を思ったのか突然俺に抱きついてきた。沙由良の華奢な上半身が俺の腕ごと包み込んでいく。そして、まるで心音を聞くように顔も胸にべったりと。
な、ななな、なんだこの状況は!? なんでコイツ俺に抱きついてきてんの!? なにこれ、コイツ。意味わかんねぇ! え、怖っ!
た、確かに学校の教室でも女子同士のハグなんてよく見たことあるけど、それって仮にも(女装で)初対面であろう俺にやることか!?
が、コイツならやりかねないと思ってしまうところが沙由良クオリティなのか。普通に目の上にその光景が浮かんで見えるわ。
とはいえ、これは......こればっかりはどうすればいいんだ? どうすればいいんですかねぇ!? ねぇ、姫島先生!
「は、ハグ......私もないのに、ハグ、ハグ、ハハハハハ」
だ、ダメだ。目の前の現実に対して情報処理が追い付いてねぇ。
だが、ある意味こっちで良かっただろう。もし、頬キス事件を知られたらコイツ、この調子だと倒れかねんな。
落ち着け、冷静になれ。ここは軽く深呼吸してスーハ―。よし、思考は正常値に戻ってきた。
だが、心音はうるさくて敵わねぇ。この音が沙由良にがっつり聞かれてることに多大な恥ずかしさを抱えているが。
ともあれ、冷静になったなら考えることはただ一つ。なぜコイツが抱きついてきたのか、だ。
コイツは言動もポーズもどこか電波的な要素が強いが、少なからず普通に会話は成立するし、確かこのような露骨な言動を示すのは俺ぐらいだと情報が.......ハッ!
ま、まさか.......コイツ、今の俺が俺だってことをわかっているのか。
だとすれば、最初の沙由良の沙由良語からしても、こうして抱きつくような行動も理解できる。
いや待て、それは逆じゃないか? 抱きつくような行動は俺だと理解しての行動じゃなくて、俺と断定するための行動であって、抱きつくことで色々確かめてるんじゃないか?
例えば骨格、これには男女の差がありありと出てくる。
例えば胸、これも男と女で違いが出る。あぁっ、こんな事なら姫島のパット付け事案を拒否しなければ良かった。
そして最後の例えばはリアクション。もし仮に俺が本当に女で姫島の友達という立場なら抱きつかれた瞬間は動揺するが、同じ異性に抱きつかれただけでそこまでの激しい心音にはならないはず。
しかし、ここにいるのが女装した野郎だからこそその心音の違和感を確かめるために胸に顔を当てているのかもしれない。
「.......かも」
「ど、どうしたんですか?」
精一杯の裏声。だが、一回ひっくり返ってしまった。
すると、沙由良は抱きついたまま俺の顔を見上げるようにして、やや赤らめた頬で告げた。
「沙由良ん、あなたのこと好きかもしれないです」
「「......っ!」」
体中が震撼した。言葉からして気づかれているわけではない。
されど、二度目の告白。まさかの言葉に動揺しか生まれない。
またその動揺は姫島も同じようであるらしく、沙由良の言葉にまるでエサを求める鯉かのように口をパクパクさせている。
俺達が固まっていることを気にも留めず、沙由良は俺から離れると無意味にクルっと一回転。
足取りが軽やかな感じからして妙に気分がいい日にスキップする感覚と一緒かもしれない。
「沙由良ん、今日初めての経験をいただきました。
初対面の人なのに見た瞬間に走る電流、目をくぎ付けにする魅力、沙由良んπを焦がすような熱の高まり。
その相手がまさか同性だとは思いませんでしたが......あぁ、今日はなんという良い日でしょうか」
沙由良は一人でミュージカルをするようにそれは良い顔で語った。
「初めて......経験......いただいた.......夜の!?」
その一方で姫島は良からぬことを言っている。待て、そこで「夜」ってつける意味は何だ?
つけた瞬間、甘酸っぱいものから一気にドロ甘になるでしょうが。
ともあれ、姫島がこういう反応をするのもわからなくないから余計に反応しづらい。
まぁ、「夜」とつけた意味は全くもって擁護できないが。
しかし、気づいてないのであればこっちのものだ。
安易にツッコまず、素人リアクションを目指して―――――
「にしても、一つ気がかりなのは抱きついた瞬間に微かな学兄さん的ニオイを捉えたような......」
「お前は犬か」
「.......っ!」
あ、しまったつい。くっ、これが周囲の環境によって歪んだ立場による行動か!
「今、ツッコみましたよね? それも学兄さんっぽい声で?」
「え? そんな声聞こえましたか(裏声)」
沙由良がズズッと近づいて来る。興奮した猫のような真ん丸黒目で見つめてくる。
「......すみません。さすがに人違いでした。とはいえ、まさか沙由良んズイアーに不調が来るなんて。
そもそも学兄さんへのリビドーをこの人からも感じるのも不思議でしたし。
もしや、学兄さんが近くに居なくても近くにいるような幻聴が聞こえるようにレベルアップしたとか!?」
あぁ、それは確かにレベルアップしてるよ......ヤベェ方にな。
はぁ、バレないことは成功したが、何か沙由良の枷の一つを壊したような気さえする。
全く、姫島といい、雪といい、沙由良といい、俺が答えを長期化してるせいで余計な拗らせ方してる気がする。やっぱり、早急に答えを出すべきかもな―――――
「あ、沙由良んちゃん。こんな所にいたんですか? 探しましたよって、縁ちゃんとこちらの方は?」
んもぅ、フラグじゃないのよゆっき~~~~~~~!
読んでくださりありがとうございます(*'▽')