第109話 女装デート#1
――――パシャパシャパシャパシャパシャパシャ
とめどなくスマホのカメラでのシャッターの連写音が聞こえ、それに合わせてフラッシュがたかれている。
しかし、俺はひたすらにその羞恥に耐えながら、今にも殴りたいほどに真剣な眼差しをしている姫島に努めて冷静に告げた。
「ひ、姫島? もうそこらでいいんじゃないか? というか、撮り過ぎだと思うんだが」
「そんなことないわよ。これでも足りないぐらい。あ、こっちの服の方が良いと思うわよ。ちょっと来て撮らせてもらえないかしら?」
「本音漏れてるぞ。っていうか、そろそろいい加減にしろ」
「ふっ、そんなもので屈する私だと――――」
「お前の中学の頃のデータが俺にないとでも?」
「ごめんなさい」
そう言うと姫島は不貞腐れた顔で渋々カメラを取るのを止めた。
ついでに何枚撮ったか聞いてみると「232枚よ」と返ってきた。いや、取り過ぎだろ。
ともあれ、姫島がこんなにも夢中に写真を撮るのは当然理由があり、その理由が現在俺がしている格好と言えよう。
今の俺は姫島プロデュースの女装をしているのだ。
見た目の感じを言えば黒髪ロングで濃い緑のベレー帽を被り、ニットの大き目な服に赤いチェックのロングスカート。仕舞には顔に化粧までされている。
まぁ、これが俺の望む姿であるから文句を言えようもない。
この恰好をしているのも昂の心理状態に少しでも近づけるための苦肉の策と言えよう。
現在の昴はほぼ男の精神でありながら、女でもあるという微妙な精神状態だ。
その心理状態を近づけるとすれば、完全に男の精神である俺には単純に心を女に近づけるなんてできるはずもなく、だったら形から女の恰好に寄せればいいと考えたのだ。
もちろん、これが正解だとは当然思っていない。むしろ、ほぼ間違ってるすら言えるかもしれない。
しかし、昂が抱えているのが自分が男女の境に立っている故の気持ち悪さなのだとしたら、今までの人生で初めての女装を経験している俺の複雑な心中と似てたり......しないかな?
ともあれ、俺が昂に足りないのが理解力であるとするならば、どんな形であろうと理解する姿勢を見せることが友として、好意を持たれている者としての務めではなかろうか?
ま、こんな“責任感じてますよ”的な心中を抱えてるんだったらさっさと今のハーレム状態をなんとかしろっていう話なんだけどね。うん、自分で自分を全力で首絞めてらぁ。
「それにしても、先日にあなたから『女装デートをしてくれ』って言われた時には驚きが隠せなかったわ」
「その数秒後に、『ちなみにどんなテーマで女装したい?』って聞いてきたんだけどな」
とはいえ......こうして姿鏡の前で女装した自分を見てみると本当に自分かって思うぐらいには化けてる。
文字通り粧して化けるで“化粧”だな。ちなみに、服は全部姫島の私物である。
「それで? 実際にこうして化粧して女装したわけだけど......どう?」
「そうだな......まぁ、化粧してまで女装するのは想定外だったが、これで外に出るんだろ?
今、全力で胸の中がグルグルと複雑な気分になってる。よく、スカートで外歩けるよな。スゲーよ」
「ま、ぶっちゃけそこら辺は慣れよね。小さい頃からスカート履いてれば抵抗なくなるし、それにやっぱり可愛く見られたいしね」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
そこに同じように“カッコよく見られたい”という気持ちを抱かないのは俺自体の性格の問題か、それともこれが男精神の特有の在り方か。ま、どっちかっていうと前者だろうけど。
「――――はぁ、もう覚悟を決めてとっとと行くしかねぇか」
「そうね。それが本来の目的なのだから」
「ま、女装した時点で目的の半分は達成したも同然だけど。
後、さっきから後ろ手でこっそりと動画撮ってんじゃねぇ」
「ギクッ!」
嫌がる姫島のスマホを取り上げ動画と罰として9割の写真は削除した。1割は慈悲である。
そんな俺の行動に「悪魔!」と半べそかきながら四つん這いに崩れ落ちる姫島。俺、こいつに好かれてんだぜ?
そして、姫島と一緒に姫島宅から出発した。
デートプランは姫島に任せてある。テーマとしては女友達と遊びに行くならって感じだ。
性別上で言えば男である昂が男である俺と男友達として遊んだ前回を真似る感じだ。
そん時の昴を思い出せば、ただ一緒に全力で楽しむことに費やしていた。
つまりは俺も躊躇うことなく、むしろ積極的に遊ぶべきである。とはいえ......視線が辛い。
今は大通りにやって来ていて若者の往来もかなりある場所だからかな、羞恥心で複雑だ。
「見られてんなぁ......それがたとえ姫島に向けてのものだとしても、恰好のせいか過剰に反応してしまう」
「見られてる視線は私だけじゃなさそうよ?
あなたの顔は普通だけど肌自体はキレイだったし、目鼻立ちもキレイな方だから化粧でそこら辺がより強調されてるはず。正直、普通に可愛いわ」
「......好意として受け取っておこう。にしても、こうも視線が集まるだったらもう少し視線に気を遣わなければって思うよな。
通り過ぎる野郎達も出来る限りバレないように見てるようだが、存外わかるもんだし」
「そういう意識を感じてくれるのは割とありがたいわ。
正直、学校での視線って鬱陶しいもの。バカ丸出しにガン見してくる人だっているし。特にある部分を」
「いつにも増して刺々しい発言してるなぁ」
「あなた相手だからこそ自然体の自分を見てもらいたいってのもあるけど、女性の恰好をしているからこそより接しやすいのかも」
「つまり普段はそんな風に女子には野郎に対して不満を愚痴にして言うってことか」
「ちょ、違うから! それにそんな意地悪な言い方しなくてもいいでしょ?
でも、ぶっちゃけあなたも感じてるはずよ。特定の気持ち悪い視線を」
「まぁ、確かに。正確な方向はわからないが......これは嫌だな」
どこからか妙にねっとりとした視線が送られてる気がする。
加えて、見た目女の俺が実は男であるというバレてはいけないような空気感が余計に敏感に感じさせる。
となると、昂も本当は女であることを俺にバレないようにこれまで接してたってことだよな。
それは恐らく俺に対する好意に気を遣ってのことだろうけど、いつかバレると思うような妙な冷や冷や感が心の中にずっと渦巻いている。
視線やら心中やら悩みごとやらと目的地である隣町のデパートまでまだ全然距離があるのになんだこの疲労感。
なんだったらまだ駅まで来てないぞ。というわけで、ここはいっちょ糖分補給。
「姫島、近くの店でクレープ買おう。脳の疲労度が半端じゃない......姫島?」
姫島に声をかけてみたがなぜか姫島は俺の声に反応しない。
思わず小首を傾げると少し前に出た姫島がクルっと回って俺の正面に立った。
今思えば、姫島の恰好ってもう肌寒くなってきたのに割に足出した格好してるな。
「......学ちゃん、私達って女友達って設定よね?」
「......どうした急に?」
唐突に下の名前で呼ばれてすぐ声が出せなかった。
こいつが俺の名前を下で呼ぶなんて恐らく初めてだ。
驚きと戸惑いが同時に襲ってきている。
しかし、なんとか捻り出した言葉は落ち着いて言えた。
だが、すぐに俺は二度目の戸惑いに襲われる。
「なら、私のことを下で呼んでくれないかしら――――今日ぐらいは」
「確かに、そっちの方が都合良さそうだしな。別に下の名前で呼ぶくらい大したことない――――」
大したことない......はずだった。
しかし、いざ姫島の名前を呼ぼうとしたその瞬間、心中から怒涛に沸き起こる渦巻いた感情と共に熱まで込み上がってきた。
雪の時の俺とは違う、明らかな変化。
それ以上の思考は出来なかった......いや、きっとしなかったんだろう。
今抱えている気持ちをより混沌とさせたくなかったから。
だが、名前を呼ぶぐらいで躊躇うのは俺らしくない。
俺は相手に主導権を握られるのを好まない者として、ここは堂々と――――
「ゆ......ゆ、縁......これでいいか?」
言えなかった。面と向かって言うにはあまりにも顔が熱かった。
チラッと見てみれば、同じように顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに笑う姫島の顔がある。
その瞬間、姫島のよりハッキリした“好意”という意味が見えるようで......もう心を複雑にしないでくれ。名前を呼ぶくらい大したことないはずだ。
「さ、さっさと目的地に行くぞ、縁」
「ふふっ、そうね。学ちゃん」
微妙な気持ちを抱えながら、まだこれが始まったばかりということにこれまた頭を悩ませるのであった。
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