第107話 安易な答えは出せない
日に日に短くなっていく黄昏という時間に自分の摩耗していく心を重ね合わせながらぼんやりと見つめる。
場所はいつもの公園。だんだんと陽の短さが顕著になっているせいか夕暮れ時まで遊ぶ子供達の姿はあまり多くない。
まぁ、そういった点では不審者扱いを受けずに済むが......っていうか、今は上を向いたままだから見てすらいないか。
「はぁ......」
そうため息が出るのも当然理由がある。それは先日のシルバーウィークでの昂の告白の件について。
俺は長年男だと思い続けていた相手から女であるという宣告をされ、それによって俺の思考回路は激しく混乱している......という簡単な話じゃない。
正直言っちゃそこら辺に関してはもはやプロである俺にとっては大した問題ではない。
当然、全然自慢できることでもなく、何人も女子から好意を受けてキープ的な態度を取っていることには大した問題でしかないのだが、今はそれ以上に......なんというか、それとは別ベクトルで大きな問題を昂から提示されているのだ。
というのも、前回に昂から「男と女のどっちで過ごしたらいい?」的な質問はかなり内容が深かったのだ。
その質問は安直に考えれば昂が高校生活における過ごし方として、家の方針として着ている男装で過ごすのか、もしくは本来の性別である女で過ごすというのかと思うものだろう。
しかし、昂の質問はその意味がやや変わってくる。
このことを一言で言えば、性別上女として過ごすか、性格上男として過ごすかということだ。
即ち、昂はトランスジェンダーである。
本人曰く、その性格上の男女比が7:3ということだから全体的に心は男に近いと言っていたが。
とはいえ、それでも女としての心も持っているとも言っていた。
中学の時には同じ女子を“男として”好意を寄せたこともあれば、男に“女として”もあるらしい。
それは昔医者からも言われたことなのでそこに狂いはないらしい。
ちなみに、その後俺もネットで調べられる限りで得た情報では体が女で心が両性的なのもあるので昂はこっちに近いんじゃないかと思う。
正直、その言葉に驚かないはずがなかった。
男だったと思ってた奴が女だったみたいな展開はよくある。
なんなら漫画でもありがちな設定と言えよう。
しかし、このような捻り方をされればもはや何と答えるのが正解かわからない。
特に今のご時世ではそういうジェンダー論というのは発言次第でどれだけでも相手を傷つける。
もっと言えば、どんなに相手のことを思って告げようとしたってそれら全てが相手を傷つけるような刃になってしまうかもしれない。
故に、最初にそれを昂に聞かされた時は沈黙が正解だと思った。
もちろん、単に言葉が思いつかなかったという意味合いの方が強いが、それでも咄嗟に出た言葉で昂を傷つけるよりはマシだったと思う。
しかし、今思えばそれが正解だったかも怪しい。
答えなかったとはいえ驚きはした。
表情は時に言葉より雄弁に事実を語る。
その表情をよりその問題を深く抱えている当の本人が気づかないはずがない。
そして、シルバーウィークが明けての平日の現在ですらその言葉が頭の中から離れずに囚われているのだ。
俺は昂が男であれ、女であれかけがえのない友であることには変わりない。
友のためには何かしたいと思うのが俺の本心だ。
とはいえ、ジェンダーというかなりのグレーゾーンの話題にどう触れればいいか全然わからない。
昂からはあまり深く考えず俺なりの答えを聞かせてくれればいいと言っていたが......当然、本人がそう言ったからといって安直に答えていいものじゃない。
なぜかって? その理由は至極単純だ。それはアイツが俺に対して好意を寄せているからだ。
好きな人の言葉というものは言う側が思うほどにより強力な言葉となって相手に伝わると俺は思っている。
例えば、太っている女子がいたとしてたまたま好きな人が“痩せている人が好きだ”と言ったとしよう。
そこで折れるか折れないかはさておき、もしその女子が本気で自分に振り向いて欲しいと動くならどうするか。簡単だ、ダイエットを始める。
相手の好きな人としてのタイプに入ろうとする。なぜなら、それがその相手の好意を寄せる最低条件となるから。
つまりは好きな人の言葉はそれを受け取る者にとっては呪詛のようなもので、その呪詛はトラウマいうものを作りかねない。
それで言えば雪なんかがいい例だ。
ベクトルはやや違うが、アイツも中学の時には仲良くしてくれた女子達がいた。
アイツはそいつらを信用し――――好意を持った。
しかし、その連中からの言動が原因となって、雪は高校で俺に会うまで心を閉ざしていた。
つまるところ、昂もそう言うことになりかねないと思う。
これを考えすぎと断定するには俺の思考に対して否定材料が少なすぎる。
ともかく、随分と遠回りな考え方をしたが、要は昂は俺の答えによって人生での生き方すら決めかねないということだ。
それほどまでに好きな相手である俺の言葉は昂を強く締め付ける。
だからといって、“昂が生きたい方で過ごせ”というのもどこか投げやりな感じがしないだろうか。
それにアイツは俺に好意があることを告白したとはいえ、その抱いた恋心に自ら決着をつけようとしている。
俺は別に光輝みたいな学園ハーレムを築きたいわけじゃない(結果的にそうなってしまっているが)。
故に、昂が自身で決めた考えでそう実行に移したのなら俺はありのままを受け止めるつもりだ。
しかし、アイツの諦めは違う。
周りに自分と同じように好意を寄せている女子がいて、そんな人達に勝てるわけないからと身を引くわけじゃない。
アイツは“自分自身が気持ち悪い存在であるから”という理由で諦めようとしているのだ。
その考えは恐らく俺に対する気遣いから来るものだろう。
俺には結果的にとはいえ、学園の華とも呼べる女子が好意を寄せている――――身も心も女である連中が。
しかし、昂はジェンダーという観点から男の気持ちもありながら男である俺を好きになったことに、好意の相手である俺が気持ち悪がるかもしれないとそう思っていそうなのだ。
それについては、内容が内容だけに直接聞けたわけじゃない。
しかし、アイツの表情に、そしてアイツの俺に男女の在り方を決めさせるような質問からしてそう思ったのだ。
故に、俺はそれを本気で理由としているのなら俺は昂の告白に対して真面目に取り合ってやるつもりはない。
今時、BL好きな腐女子がどこにでも湧いていて、男の娘が好きな男がいるご時世でそんなことを理由にしているのなら「バカにすんな」と言ってやりたい。
しかし、それを単に伝えるだけではいくら俺であっても説得力に欠ける気がする。
それに俺はもう少しアイツも本気になっていい気がするんだ。
本気で俺に好意を寄せろというわけじゃない。
ただ自分の在り方という大きな悩みであっても、それが気にならないぐらい自分の気持ちに真っ直ぐであって欲しい。
アイツは花市の側近的な立ち位置として過ごしてきて色々な縛りもあっただろう。男装して高校生活してるのも縛りによるものだし。
もう少し自然体で......そう、俺は自然体の昴が見たいのだ。
俺にしか見せないような――――っていうのとなんか語弊があるがともかくそんな感じの。
「にしても花市のやつ、なんでこんな大きなことを隠してやがった......いや、それは本人のタイミングで言わせるのが正解だったのか?
はぁ~、とにもかくにもこれからどうすりゃいいんだ......」
「どうしたのよ、ため息なんか吐いちゃって」
「姫島か......」
俺のため息に反応の声出したので振り返ると下校途中の姫島であった。
そういえば、委員会とかで遅くなるとか言ってたな。
「こんな所でどうしたのよ? まさか、私と一緒に帰るためにここで!?
いやねぇもう、そうならそうと言ってくれればいいのに」
「ちげぇから。それになんだその妙なおばさんくさい反応の仕方?」
「......調子悪そうね」
ツッコみで俺の調子を判断すんな。
そう思う俺の一方で図々しく俺の隣に座り距離を詰めてくると姫島は優しい口調で聞いてきた。
「何か悩みことがあるなら聞いてあげるわよ。言えばスッキリするわよ。下の方は物理的にもね」
「慈愛の笑みであれば下ネタも浄化されると思ったら大間違いだぞ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')