第106話 低温度の告白
俺は昂に連れられて今は帰り道に通る河原にやって来ていた。
そこの斜めった土手に昂がおもむろに座るので、俺も釣られて座っていく。
正面に見える川は夕焼けに染まってオレンジ色の水が流れており、横から吹き抜ける風は優しく髪をたなびかせ、頬を優しく撫でていく。
心地よさそうに目を細める昂の表情を横目に見ながら、俺は昂へと本題を告げた。
「それで本題ってなんだ? あんまり遅くなると花市にどやされるだろ?」
「そうだね。ただもう少し待ってくれないかな。今は勇気が欲しいんだ」
「......わかった」
明らかに何か大きなことを告白しようとしているのは雰囲気からわかりきっている。
ただそこまでして告げたいことが何なのかはわからないが。
......いや、それは正確じゃない。
「ねぇ、昔のボク達の思い出ってどこまで覚えてる?」
「昔の俺達の?」
突然の質問に俺は思わず聞き返してしまった。
とはいえ、そう聞かれれば思い出は沸々と蘇ってくるもので。
ま、言ってしまえば、俺の記憶は光輝と昂のしか思い出ねぇんだけど。
「がっくんは昔っからお嬢様に弄られてたよね。
その度にボクに“なんとかしろ”って言ってきたけど、ボクはお嬢様には勝てないから」
「勝てないか。確かにそっちの方が正確かもな。
俺に加担して反抗しよとしたってすぐに言いくるめられて無力化される」
「本当に弱かったよ。というより、お嬢様が強すぎたともいえるかもだけど」
その話を皮切りに昂は思い出に浸るように昂は様々な過去のことを話し始めた。
一緒にゲームしたり、絵を描いたり、ただしゃべっていたりと色々実に普通で地味でされど楽しかった時間のことを。
俺と昂に主人公が幼少期に送るような奇跡的な出会いというのは存在しない。
俺の幼馴染はあくまで花市で、その従者としていたのが昂なのだ。
......いや、結果的には同じように過ごしたのなら昂も幼馴染枠に入るのか?
ともあれ、俺が昂と会っていたのは必ずそばに花市がいた時ぐらいで、幼少期から華があったアイツとは学校での接点などまるで無いに等しい。
言ってしまえば、実のところ思い出らしい思い出というのはそれほどない。
蘇ってくるとはいったものの、それは様々な場面がたくさん溢れてくるという意味ではなく、どちらかというとその当時の記憶が短い映像のような形で蘇ってくるのだ。
遊んだ数があまり多くないからこそ、その遊べた時の記憶を大切にしているというか......そんな感じ? なんかちょっと自分で言ってて恥ずかしいな。
「実のところ、ボクという人間は君と友人でありたいと思ってる」
「え、友達じゃなかったの?」
「あ、いや、そうじゃなくて......がっくんは覚えてる? 昔、僕に言ったこと」
「え? いや、それはどんな場面かによると思うが......」
「ボクが女の子ばかりに囲まれてたから、それに嫉妬した周りの男の子達が揃って嫌がらせをしてきて。それに対して、僕は何もできなかった。
怯えて、やったらさらにやり返されることを恐れて、それにお嬢様に知られるのも嫌で黙って、ただ笑ってそのことを受け入れていた時のこと」
あー、あったな。そんなこと。あの頃に色恋沙汰に関して少しだけ悟った気がする。
“リアルに嫉妬するぐらいなら誰しもが己の嫁になり得る二次元に恋せよ”と。
「でも、その時にがっくんが助けてくれた。
『やり返されることを恐れるのなら、相手にやり返させる意思を徹底的に叩き折ってやれば解決する』って」
「我が昔ながら随分な事言ってんな.......」
そして困ったことにその精神は今も微塵も変わっていないという。やー困った困った。
「いや、さすがにその言葉じゃないよ? そんな言葉が心に響いちゃったらさすがに不味いと思うから」
「確かに。その当時から考え方がひねくれてると思うわ。確か実際にそれでわからせてやったし」
さすがに何をやったか覚えてないけど。
ま、あくまで子供の範疇で出来ることだったんじゃねぇの? 知らんけど。
その言葉に昂はやや苦笑い。すまん、大事な場面だったのに大分話の腰を折った感が否めない。
俺が「続けてくれ」というと昂はその言葉をそのまま受け取って話していく。
「ボクが響いたのはがっくんが嫌がらせを受けてたボクに対して怒った時の言葉かな。
『大事なことは言わなきゃわからない。誰かが気づいた時にはもう遅すぎる』ってね」
「わぁー随分達観してやがる。なんだそのガキは」
「がっくんだよ」
認めたくねぇ~。つーか、そんなこと言ってたの? 全然覚えてねぇんだけど。
そして今更ながらその言葉めっちゃ恥ずかしいんだけど。
「その時はどうしてがっくんが怒るのかわからなかったんだけど、少し経ったらその言葉が身に染みたよ。そして今はなおさらに」
昂は川に移った揺れる夕陽を眺めながら俺にふと質問してきた。
「がっくんはさ、男女の友情って成立すると思う?」
「失敗する......っと言いたいところだが、現環境的には俺と花市という関係が幼馴染という腐れ縁ながらも成立してるのがなぁ」
「確かに。でも、やっぱり失敗すると思うんだね」
「どうして急にそんな質問を?」
「ボクの気持ちが今まさにそれだからさ」
含みのある言い方をされた。そして、その手の質問に対する察しの良さなら俺は間違いなくピカイチである。
だが、未だに答えが口からハッキリと出せないのは恐らく......現状の変化に対する拒絶によるものだろう。
故に、今の俺はわからない。
俺が俺自身を俯瞰して見ているような冷めたような思考回路が片隅にありながら、俺はまだ悩みあぐねいている。
「何が言いたいんだ?」
だからこそ、相手側からハッキリ言わせようとする。
それが自分で自分の首を絞める結果になることをわかっていながら。
「結局ボクはどうにもこうにもこの気持ちを発散させる場所がないみたい。
でも、きっと少しでもスッキリさせたいのならきっとやることは一つしかないんだと思う」
そう決意じみた言葉を告げると夕焼けに染まる横顔をそのままにこちらを緊張させないような温和な笑みで浮かべて告げた。
「僕はがっくんのことが好きみたいだ。もちろん、ね?」
“それ以上はわかってるでしょ?”と言わんばかりのその言葉はきっと俺が昂に対して感じた違和感というものを昂自身も気づいての発言だろう。
そして、昂が俺のことを良く知っているからこそ、それ以上の言葉は不要で、無駄で、飾りでしかない。
しかし、その温和な笑みから感じ取れるのは俺に対する全力の気遣いで、あくまで自分の気持ちに自分自身で折り合いをつけたかったがためにした告白であろうということ。
それは先ほどの昴からの言葉でもよくわかる。だからこそ、よりハッキリと感じる――――温度差が。
昂の告白には熱がない。姫島のような強情さが、雪のような積極性が、沙由良のような感情の変化が。
今の告白は明らかに自分の恋を諦めるための告白。
言い方が悪いが、ただ暴れてスッキリしたかった子供と一緒かもしれない。
とはいえ、その言葉に俺が返せるはずもない。
なぜなら、俺はすでに三人の好意を知りながらも、現状から未だ変われずにいる男で、自分の意思すら曲がりくねているクズ野郎で、そんな野郎にこの告白に対して何を返せるというのか。
そんな固まって動けない俺に対し、昂はその流れのままに俺に尋ねて来た。
「ねぇ、がっくん。ボクが実は女の子と知った所で一つ聞いていい?
ボクは男と女.....どっちとして生きるべき?」」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')