第105話 給料貰っちまったよ
俺の貴重なシルバーウィークは花市家にご奉仕という形で強制的に消費されてから3日目の最終日、俺の仕事もだいぶ様になったようであまり昂に負担をかけることはなくなっていた。
「よし、これで終わりっと」
「終わりか。まだ昼前だな」
「正直、がっくんがここまで飲み込み早いと思わなかったよ」
「飲み込みが良いっていうか、無理やり飲み込ませたというか。
少なからず花市に迷惑かけるなら未だしも、昂に迷惑はかけたくなかったからな。頑張った」
「そっか、ありがとう。でも、お嬢様にも迷惑かけちゃダメだよ」
そうは言うがな? そもそもここで働かされてるのって花市のせいであって、アイツ自身は俺の都合なんざ知ったことじゃないって感じなんだよ。
それって俺に迷惑かけても問題ないってことだろ? つまりは俺が迷惑かけても問題ないということだ。そうでなきゃおかしい。俺はストライキするね。
「ふふっ、相変わらず好き勝手言うてくれるなぁ。まぁ、そっちの方がらしおすけど」
「げっ、花市......」
相変わらず無音の足取りで突如として声をかけてくるもんで俺の心臓は跳ね上がる。ここはホラーゲームの館じゃねぇんだぞ。
そんな花市は俺の言い分を気にすることなく、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべた状態で手に持った何かを持ってきた。
「はい、これ」
「なにこれ? 封筒? まさか言葉巧みに俺に不平等な誓約書のサインをさせるつもりじゃないだろうな?」
「うちをなんや思てるんどすか。令嬢としてそないなおもんないことはしまへんで。それにそんなんで捕らえられる相手思てまへんし」
「ならなんだ?」
「開けてみたらわかる」
そう言う花市に一抹の不安を抱えながら封筒を破って、その中に入っているものを確かめる。
すると、そこには現金が入っていた。ぱっと見46000円ほど入っている。なんじゃ、この金!?
「え、なにこれ......賄賂?」
「賄賂じゃあらしまへん。労働に対する対価どすえ」
「対価......ってことは給料か。いや、だとしても高すぎるだろ!? 時給いくらだよ!」
「1200円どす」
「羽振り良すぎかよ!?」
たった3日でほぼ週で14時間ぐらい入った最低賃金のコンビニアルバイト並みの金額が入ったんだけど!?
はぁ、これが金持ちか。やっぱ金銭感覚わっかんねぇ。
「そら花市家に仕えた者のに対する報酬どす。強制的とはいえ、働かした分の謝礼はしっかりとさせてもらいますえ。
ちなみに、もちろん今日の夕刻までの働きを含めての金額どす」
「......」
「なんだか嬉しくなさそうな顔だね?」
俺の顔色を窺ってかそう聞いてくる昂にこの心に抱えた何とも言い難い気持ちを吐き出していく。
「いやまぁ、そもそもこうして給料が出たことに対する驚きもあるけど、それ以上にたとえ花市の言い分が正しかったとしても幼馴染から金貰うっていうのはなぁ」
「あら、幼馴染思てくれとったんどすなぁ」
「そりゃぁ、よく知りもしねぇところにノコノコとやってくるかよ。
俺とお前は腐れ縁みたいな関係だが、れっきとした友人でもあるはずだ。
そんな相手に金を貰うって言うのはなんか妙に気が引けんだよ」
「......」
「なんだよ、妙に驚いた顔をしやがって」
花市が珍しく目を大きく見開いたまま固まっている。
俺の言葉はそれほど花市にとって衝撃的な言葉であったのだろうか。
少しして花市は自然と表情を元に戻していくと再び相手を見透かしているかのような薄ら笑いに戻っていく。
「やっぱし、もしうちに陽神光輝ちゅう相手と出会うことなかったら、あんたに惚れとったやろうな」
「......は? なんだ急に?」
なんだこの妙な展開は......?
「そやけど、うちの恋心陽神君に向いている以上、この役目は他の者に託すとしまひょか」
そう言うと花市は振り返り、歩き出すと捨て台詞のように告げていった。
「そのお金はうちに対する気遣いとしてもろうとってとぉくれやす。
それから、ええ加減そろそろわしの幸せを見つけてもええ思いますえ」
その言葉を聞いてからしばらく、俺は動くことが出来ずに花市の姿が消えるまでその後ろ姿をただ見つめていた。
いや、その間に花市の言葉の意味を理解しようとしたのかもしれない。
しかし、花市が言った意味がどうしてもわからなかった。
まるで俺は俺自身の幸せを探していないみたいな言い方。
そうとしか捉えられないその言葉に、恐らく俺が思いつく以上に意味が込められているような気は何となくしたが、それがなんなのかわからない。
「受け取ってあげて。それがお嬢様なりのがっくんに対する評価だから」
「俺に対する評価......」
手に持った封筒をぼんやりと見つめながら花市の言葉を今一度反芻させるがさほどの効果はなし。
単に脳に無駄な思考を割いただけであった。
しかし、どうしても考えられずにはいられなかった。
なんせあの身勝手な花市が俺のためとして言った言葉なのだから。
「がっくん」
その時、昂にふと呼びかけられた。その声に顔を向けると片手にスマホを持った昂がこっちを向いてとある提案をしてくる。
「一緒に買い物行かない? 少しは外の空気吸ったり、歩いたりすれば気持ちに整理がつくかもしれないよ」
「......あぁ、そうだな」
その提案に乗るように俺は昂と一緒に買い物に出かけた。
今や慣れた執事服での買い物も、もう着ることがないとなると少しだけ感慨深くなる。
最初こそコスプレしたみたいな心持ちで歩いたから恥ずかしかったが、いざ数を繰り返すと多少なりとも慣れてくるみたいだ。
感慨深くなったのも別にもっと働きたかったわけとかじゃないが、少なからず久々に昂と肩を並べていれたことが嬉しかったのかもしれない。
そんな買い物もあっという間に終えてしまい後は帰るだけになったその時、昂は再び俺に提案してくる。
「ゲーセン行こうよ。たまにはさ」
「いいのかよ? お前は普通に仕事中だろ?」
「いいの、いいの。だって、がっくんのおかげで予定より早くに終わり過ぎちゃったし。
それにお嬢様はある程度の自由は許してくれる――――特に今日はね」
「ふ~ん、そっか。なら、いいか」
それから俺と昂は近くのゲーセンに向かった。
執事服という格好の二人組のせいかいつにも増して視線が向いたが、楽しそうに「あれやろうよ!」と誘ってくる昂の輝きにはそれらの視線はもはや無いに等しい。
そんな異色の二人組はゲーセン内の色々なゲームを楽しんだ。
対戦型のアーケードゲームだったり、UFOキャッチャーだったり、銃を使った協力型のゲームだったり。
とにかくいろんなものを片っ端から触れていった気がする。
それほどまでに俺と昂はゲーセン内のありとあらゆるゲームを楽しんだ。
きっとそれが昂なりの俺の迷う心に対する気持ちの気遣いだと思われる。
そんな気遣いを俺はただただ一緒になって楽しむことで受け取った。
「う~~~ん、はぁ~~~~。楽しかったー!」
「まさか日暮れ近くまで遊ぶとはなぁ......」
正直、すげー遊んだ。ここ最近は光輝と二人でどこかに出かけるってこともなかったし、恐らく高校生活が始まってからだと一番にゲームで遊んだんじゃないかと思うぐらい遊んだ。
それは正しく時を忘れるほどにだが......正直ここまで外でふらついてたらさすがに何か言われないか?
そんなことを思いながらふと昂を見るとその横顔はどこか決意を露わにしたような表情で、小さく「よし」と勢いづけるように呟くと俺を見る。
「がっくん、もう少しだけ付き合ってもらっていい? 話したいことがあるんだ」
その妙な強い眼差しに俺の否定する言葉は当然出てこなかった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')