第104話 シュンとしないでくれ
「......はっ!? ここは......」
「がっくん、目が覚めて良かったよ。大丈夫?」
「あ、あぁ.....」
パチッと目が覚めると覗き込むように昂の顔がそこにはあった。
その顔はまるで昔に膝枕してくれた母のような慈愛の笑みを浮かべていて、心の底から安堵している様子がすぐに分かった。
ふと周囲を確認する。どうやら今は部屋にいるようだ。
今はバスローブも着ているし、腰の感触からもベッドの上に寝ているのだろう。
最後に覚えているのが風呂の時だから考えられるのは茹ったってことか。
それを昂がここまで運んできてくれた。それについてはもはや感謝の一言に尽きる。
後は迷惑かけたなって。あ、これじゃ二言か。まぁ、そんなことは左程問題ではない。
となれば、何が問題か......そう、俺の正面に昂の顔がある――――つまりは膝枕されてるこの状況にある。
「なぁ、一つ聞いていいか? どうして膝枕されてんだ?」
「それは......こっちの方がうちわで扇ぐのにいいかなって」
「どう考えても普通にベッドに寝かした方がお前の負担にもならないんじゃないのか?」
「そ、そういうこと聞くのは野暮ってものだよ! 少しは病人らしく大人しくしてなさい!」
「え、あ、はい......」
なんか急に怒られた。普通にそっちの方が効率よくねと思っただけなんだが......まぁ、本人がやりやすいのが一番か。迷惑かけたこっちが口出すのは違うか。
ということで、俺は大人しくうちわで煽られている。
まだ僅かに熱がこもる室内も心地よいぐらいの室温で、顔に優しくかけられる風はとても気持ちが良い。
自分がまるで古代のエジプトの王にでもなった気分だ。
とはいえ、現在に膝枕されてるのは曲がりなりにも野郎の膝なんだよなぁ。
いやまぁ、やってもらう分には悪い気はしないよ? 特に昂限定だけど。
でもね? なんかこう、野郎に膝枕されてるって腐女子が喜びそうな状況は実に俺には堪えるんだよ。ノーマルだから。たださっきから野郎特有の筋肉質な感触がしないのが謎だが。
だったら普通にどけばいいじゃんって思う所だろうけど、俺の目線が常に昂の顔に焦点が合ってるわけで、それであんまり合わないようにしてるんだけど時折目が合うとニコッとした顔されるんだよ。
あれ? これなんてラブコメ? みたいな状況が昂との間で繰り広げられてるわけよ。
正直言って、俺が今まで女子と関わってきて一番「ラブコメしてね?」って感じてるよ。
まぁ、つまりはあんなに良い顔されると動くに動けないというか......なまじ昂の顔が女顔だからなんか悪いことしてる気分になってくるんだよな。
とはいえ、さすがにもう熱は引いて意識もハッキリしてるから起き上がろうか――――
「昂、もういいよ」
「あ......」
「......(スッ)」
少し動いたらなんか悲しい顔されたんだが、そのせいか思わず戻ってしまったんだが。
待て待て、今の声はなんだ? どう捉えても俺がどこうとすることに対する拒否反応だよね!?
え、とすると昂は未だ俺にうちわを扇ぎたいということになってくるわけだけど......どういうことだ?
意味はわかる。状況もわかる。しかし、全くもって理解できない。なにこれ? え、なにこれ?
俺は一体いつまで昂に膝枕されて、一体いつまでうちわで扇がれてんの?
気持ちいいはいいんだけど、なんか別の意味で落ち着かない。
「......やっぱもういいかな――――」
「あ......そっか......」
「......後少しだけ延長お願いします」
「うん、任された!」
くぅ~、なんて溌剌とした笑顔でこっちを見るんだコイツは!
バックに花が咲いたようなエフェクトが出るほどに良い表情をするんじゃないよ!
そして、そんな昂に対して未だになすがままにされている俺も俺だ。
一体いつまで無限の母性のような昂に甘えてるつもりだ!
とはいえ、あんな悲しい顔をさせるわけにはいかねぇじゃねぇか!
昂は俺にとって数少ない男友達なんだぞ! 野郎との友情を蔑ろにする奴が恋情という複雑怪奇な感情を汲み取れるはずがない!
俺は光輝のためにもそういうことには敏感になっていなければならないのだ。
ということは、たとえ野郎の悲しむ顔であってもさせちゃぁいけねぇ。
「えらい仲良おすなぁ」
「なっ、花市!?」
「お、お嬢様!?」
そんなピンクのフワフワしたような空間を一瞬に切り裂くような声が響き渡る。
思わず顔を上げて見てみると寝巻......に着替えた花市が突っ立っていた。
「なんでお前がここに......」
「別にどこに居ようとうちの勝手やろう。うちの家なんどすさかい。
それに入る時はしっかりノックしたで? お盛んな二人は聞こえへんかったようどすけど」
「ホントか?」
「嘘なんかつかしまへんよ。それにうちはお嬢様どすさかいそないなマナーはしっかり守るよう教育されてますし」
「大丈夫だよ。といっても時々破るけど」
「破ってんじゃねぇか」
「ルールは破るためにあるんどす」
いけしゃあしゃあとした様子で当然のように返答してくる。
その常にマウントを取られているような感じが本当に苦手だ。常に取っていたい側の俺としては。
とはいえ、このタイミングはある意味好機である。
それは母性全開うちわ扇ぎをする昂から抜け出せるという意味で。
正直、あんなのいつまでも受けていられるほど俺の精神は強くない。
いくら親友とはいえ。ほんとに男であの母性とか大したもんだよ。
俺は昂にぶつからないようにそっとどいていく。その際、昂の顔を出来るだけみないように。
またあのシュンとしたような顔を見てしまったら変な罪悪感に駆られそうだからな。
そして転がるようにして抜けて床に座った俺に対して視線が突き刺さる。
正面の方――――つまりは花市の方からでなにやらニヤついた顔でこっち見てる。
お前ナチュラルで人を煽る才能あるよ。
「俺の顔に何かついてんのか?」
「いや別に。ただこれから起きるであろう出来事にあんたはどう思のか思いましてや」
「起きる? お前の愉悦のために起こされるんじゃなくて?」
「そないな酷いことはしまへんで。ただ少なからずあんたにとって大事なことであることは確かどす」
「俺に大事なこと......? おい、それってなんだ?」
「さぁ? 知らしまへんなぁ」
「あ、おい!」
花市はそう意味深に告げると部屋から出ていった。どっちだ? アイツの言葉は本当なのか嘘なのか?
アイツはお嬢様という育ちのもと、処世術と言うべきかやたらとポーカーフェイスが上手い。基本常に笑っている。
そして、アイツの言うことは大体意味あることか全くの茶化しかの二つしかない。しかも、アイツの場合それが極端なんだよな。
意味あることは本当に意味あることでそれがかなり大きい助言になってたりすることもあったし、単なる嘘は本当に何の意味もない。
嘘だから意味がないのは当然なのだが、アイツの嘘は基本人の心を揺さぶるような嘘だ。
現にこれが嘘だとすれば、俺がこうして悩んでる時点でアイツの手のひらの上。
本当にそれだとしたらやっぱいけ好かねぇが、それを否定できる材料がない以上下手に決めつけは良くない。
まぁ、これの一番いやらしいとこは結果として花市の一番利益の生むような流れになってるってところだがな。
「昂はさっきの話どう思う?......昂?」
「え、あぁ、どっちだろうね。ボクも普通に騙されることが今でもあるから判断がつかないかな」
「そうか」
今妙に思い詰めたような顔してたな。なんで俺に対して言った言葉で昂がそんな表情になるんだ?
いや、俺に向けてと見せかけて昂に言ったのか? だとしたらなぜ?
あぁ~~~~~! やっぱこう悩まされる時点でええええぇぇぇぇ! アイツやっぱウゼエエエエェェェェ!
こういう時はすごくどうでもいいことを考えよう。それで一度頭を真っ白にするんだ。
そうだなぁ......そういえば、いつの間にかバスローブに着替えさせられてたけど、昂がやってくれたのかな?
読んでくださりありがとうございます(*'▽')