第103話 茹で上がったな
「おぉ~、露天風呂じゃん!」
かっぽ~んというSEが聞けそうな石で囲われたそのお風呂は俺の疲れた肉体を見るだけで癒す勢いであった。
前回入ったのは夏休みでそれから大体1か月ぐらいか。
そもそもこういった風呂自体入ることがないから、まだ短いスパンの2回目とはいえやはりテンションが上がってしまう。
しかし、ここは仮にも昂が使える家の私物だ。
それに俺も高校生でありながら幼稚な行動をしないように心掛けなければいけない。
そう意識しながらも心の好奇心という名のソワソワは一向に拭えることはなく、先に体を洗い済ませるとダッシュで走り込みジャンプ!
――――ザッバーーーーン
俺が入った瞬間に風呂のお湯が勢いよく弾ける。
そして俺は一度風呂の中に全身を入れながら、満足したように顔を出した。
「ぷはーっ、ダメだ~好奇心に勝てなかったぁ~~~~。でも、花市と取引すりゃなんとか許されるだろう」
「取引とかなくても普通に謝れば許してくれると思うけどな」
ガラガラと音を立てながらドアを開けて入ってきた昂はそう返答してきた。
その言葉に気付いて後ろを振り向いてみれば......妙な立ち姿の昴がいるではないか。
湯あみ着を着ながらも端々から見える手足の細さで胸を隠すように自分を抱きしめ、どこか内また気味に恥じらいを持った顔で立っている。
.......何だその立ち方は。やめろよ、スゲー女子と一緒に風呂入ってる気分になるじゃん。
「あ、あんまりこっち見ないでよ......」
「あ、あぁ、すまん......」
え、何今の!? え、何この空気!? 明らかに俺が悪いことしちゃったみたいなこの気持ちは一体!?
そう言えば、昂が花市に「一緒に風呂入ってくれば?」と提案した時に妙な動揺をしてたな。男同士であれば気にする必要はないのに。
いや待て、深読みは止めるんだ。俺の深読みはだいたい当たることが多いが、それでもそれが間違っていた時の傷つけ方も大きくなってしまう。
もし仮に“昂ってまさか女じゃないよな?”と聞いて帰ってきた返答が“え、がっくんってずっとボクのこと女の子だと思ってたの? いくらなんでもそれは引く”とか言われたら俺のメンタルブレイクは確定!
俺の唯一の癒し男子に安易にこの疑問をぶつけていいものじゃない。それに最近だとよくあるじゃないか男の娘系親友というものが。
しっかりついてるものはついてるが、見た目が女の子らしいために勘違いされてしまう男子が!
バ〇テスの秀吉然り、俺ガ〇ルの戸塚然り、きっと昂もそういうタイプなのだ! うん、そうに決まってる!
それにそもそもこの疑いは先日大きな勘違いで恥をかいたばっかりじゃないか。
にもかかわらずこんな調子でいるのはさすがに不味い。
俺は男と一緒に風呂を入っているだけ。
俺は親友と裸の付き合いをしてるだけ!
俺の昴は男である―――――
「熱っち!」
「......」
昂が座ってお湯に入ろうとつま先で軽く触れて温度を確かめている。
しかし、熱かったのかすぐさま足を引っ込めてしまった。
そんな一連の動作が、何気ない誰でもやりそうな行動が妙に色気を醸し出して襲ってくる。
まさかこれが冬のゲレンデのスノーマジックに並ぶ男すら色っぽく見えてしまう風呂マジックか!?
......ってそれって単に同性にも関わらず欲情してるだけじゃねぇか!
風呂で何昂相手に心がゾワゾワしてんだよ! もう頭がのぼせたか己はああああああ!
自分自身に嫌気が刺すように頭を抱えながら悶えていると昂が俺の様子を心配したように尋ねて来た。
「がっくん、大丈夫?」
「あ、あぁ、ちょっと自己嫌悪してただけだ。時折あるんだよ。発作的なやつだと思って気にしないでくれ」
「それどこにも気にしないでいい要素ないんだけど......」
「それにしてもここって湯あみ着なんてあったんだな。俺おもくそ真っ裸だけど着た方が良かったか?」
「いや大丈夫だよ。これを着るのは人それぞれだから。特に女性に多いだけで」
「そうなのか」
.......今、暗に自分を女子って言わなかったか? いやいや、邪推は良くない。別に男で着るような奴がいたっていいだろ。
今の時代男だって化粧したりするんだ。
つまりは男でありながら美意識に目覚めてるというわけで、それを昂がやっていようと何の不思議でもない。
しかし、俺の心のざわめきが収まらない。まるで昂には何かあるとでも伝えたい様子だ。本能的に何かを捉えているのか?
風呂で仲良く和気あいあいとした会話が続くと思えば、思った以上に沈黙が続いている。
別に俺とて光輝と二人でいながら、互いに漫画読みに耽って会話しなかったことはあるが全然苦じゃなかった。
しかし、今はどうだ? なんかめっちゃ気まずい。
まぁ、それは俺が変な勘違いをしかけていることが主な原因なのだが......でも、こう昂が顔を背けてそっぽ向くような仕草も多少なりとも悪いと言いたい。
そんな固まって動けない俺を見た昂はなにやら意を決したように少し離れた位置から俺のすぐ隣までスススッと近づいて来る。
その際に漂ってきたシャンプーの香りがまた勘違いを加速させそうになる。な、なんか良いニオイするんだが!?
さっき体洗った位置に置いてあるシャンプーを使ったとなれば、俺と同じであるはずなのになぜ昂の方が良いニオイするんだ!?
「な......なんか良いニオイするね。同じニオイなのに不思議」
「そ、そうだな。単に使ったシャンプーが良いニオイなだけじゃないか?」
「.......かもね」
なんという歯切れの悪い会話だろうか。妙な意識が先行して頭が上手く回ってこない。顔がだいぶ熱い気がする。
「顔がだいぶ赤いけど大丈夫?」
「......!? だ、大丈夫に決まってんだろ!? なんせ俺だからな」
「そっか。ならせめて無理しないでね」
「風呂で無理とかよくわからんな」
急な指摘に思わず慌ててしまった。しかし、視界が若干ぼやけてるだけで何の問題もない。うん、問題ないのだ。
そんな俺の様子に気を遣いながらも昂は唐突にこんな話を切り出した。
「ボク達って昔っから仲良かったよね」
「どうした急に?」
「なんかさ、急に思い出に浸りたくなっちゃって」
「ふ~ん。ま、確かに。というよりは、花市という同じ敵を持っていたから協力するうえで仲良くなった気がしなくもないけど」
「クスッ、お嬢様は敵じゃないよ。でも、お嬢様が引き寄せてくれたとなればそれだけで感謝かな」
そう言うと昂は途端にどこか寂しそうな顔をし、風呂の水面に映った自分の顔を見た。
「転校してここに来る前、本当はさ、がっくんと会うのは怖かったんだ。
ボクは昔ほどやんちゃな面影は無くなってるし、人って成長する度に思考が変わってきて付き合う人のタイプも変わってくるし、そんなんで久ぶりにあったボクにがっくんがいつも通りに接してくれるか不安だったんだ。
ま、結果から言えばただの杞憂だったんだけどね」
「俺は好きな奴のことは忘れねぇよ。ま、あの唐突なサプライズには驚かされたけど」
「好き......か。ふふっ、そっかそっか」
そう呟いた昂は顔を上げて俺を見た。
その濡れ髪に、星が映り込んだかのような輝く瞳に俺の視線は吸い込まれる。
「ボク、実は女子なんだ」
「......は?」
俺の思考が一瞬止まった。しかし、その言葉には続きがあった。
「――――って言ったらどうする?」
「......はぁ~、驚かせんなよ」
思わず大きくため息が漏れてしまう。しかし、その言葉に案外腑に落ちてる自分がいる。
「俺は......別にお前がどっちであろうと変わらないと思うぞ。ま......知らんけどな」
「がっくん!?」
そう言うとそのままお湯に顔からドボン。
どうやら俺は先ほどまで脳をフル回転させてたみたいでのぼせてしまったみたいだ。
そこから僅かに意識が途絶える。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')