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第102話 休日の強制労働#2

「ぜぇぜぇ......広すぎる......」


 現在、執事長である昂にこの家の間取りを教えてもらいながら掃除をしているのだが、その掃除が実に細かいというべきか。


 いや、それは執事としての立場からすれば当たり前のことなのだろうが、アフターが比喩表現なくピカピカに輝くような部屋になっているのだ。


 当然、そんな部屋にかける労力は半端ではなく、俺は昂から指示を貰いながらやっていたが、不十分な所は容赦なくやり直しを食らって現在3つの部屋を掃除し終えて俺の一日に使うはずのライフはゼロである。


「さすがに疲れただろうし休憩にしようか。時間帯もお昼だしね」


 そう言って昂に案内された場所は庭であった。

 そこには丁寧に剪定された木々が庭を彩っていて、大き目な池には橋が架かっている。


 正直、この光景だけ見れば別世界に来たような気しかしないが、ここは紛れもなく住宅街の中にある。

 もう苦笑いしか浮かばない。さすが金持ちと言うべきか。


 そして、そこにある白い丸テーブルとオシャレな白い椅子に座ると途中で厨房で取ってきたお昼ご飯をテーブルに並べていく。


「お昼に優雅な椅子に座って職人のサンドウィッチに紅茶なんて人生初の昼飯だよ」


「まぁ大抵の人にはそうかもしれないけど、ここじゃ別に普通なんだよね。

 それにどうせ一流シェフがいるなら一流の料理を味わっておきたいし」


「そう言うのって毎日食ってたら飽きるもんだろ」


 と言いつつも、俺も遠慮なく貰っていく。別に貰わないとは言ってないからな。

 それに労働と引き換えに一流シェフの飯がタダで食えるのなら案外対価としては理に適ってる気もしなくもない。


 「これも一流職人が作ってるだろうなー」と思われる枝が編まれたケースに入っているサンドウィッチに手を伸ばしていく。お、なんだろこれ?


「この黒いの気になるな。食ってみよ.......はむ、ん? なんだこれ?」


「それキャビアだよ」


「ぐふっ」


「あ、紅茶飲んで! 紅茶!」


 昂からしれっと言われた言葉に思わず驚いてサンドウィッチがのどに詰まった。

 なので、昂に紅茶のカップを渡してもらうと一気に飲み干していく。


「あー、びっくりした。にしても、これがキャビアか......通りで知らねぇ味なわけだ」


「ちなみに、ただのキャビアじゃなくてキャビアの中でも選ばれたキャビアだから」


「マジか......そんなもん食ってたのか俺は......なんか急に怖くなってきたな」


「もっと言うとさっき飲んだ紅茶も最高級のアールグレイだね」


「ヤバい、急に胃もたれしてきた。主に庶民の体に過ぎたるブルジョワの食事を取ってしまったことに対して」


 ちなみに、もっとヤバいのがそれらを食って最初に思ったのが「なんか口に合わねぇな」であるということだ。


 当然、味覚は人によって千差万別であり、食べ物の好き好きは多岐に渡るだろう。

 とはいえ、何も知らない状態で高級品を食っておきながらその感想はさすがにねぇよな。


 俺はどんだけ庶民に染まっていたんだ.......いや、庶民生まれ庶民育ちだから当然なんだけども!


 こうなることも予想がつくことでもあったはずなのに! 結構失礼な感想を抱いてしまった感じが否めない!


 一先ず黙ってそのサンドウィッチを味わいながら食っていく。

 しかし、正直味も触感も未知の感覚なのでなんと言葉にすればいいかわからなかった。

 とりあえず、無難なことだけ言っておこう。


「......美味いな」


「そうかな? 僕的にはコンビニの『ごはんですよ』の方が好きかな」


 俺より結構な毒吐いてる奴がいたよ。しかもそいつこの豪邸で執事長やってる奴だよ。

 いや待て、それは単に高級食材に食べ慣れてるからという理由があるかもしれない。


「そ、そうなのか......じゃあ、こっちの肉が挟まってるやつ貰うわ」


「あ、フォアグラね」


 また高級食材かい。全く、圧倒的な庶民舌には高級食材の連続は重過ぎる。胃にも心臓にも。

 なんかこう高いもん食ってると無性に悪いことしてる気になってくるんだよなぁ。

 うん、なんかもう味もようわからん。初めて食うし。


「フォアグラってカモの肉なんだっけ?」


「正確には肝臓だったかな? そこの部位のお肉だよ。でも、ぶっちゃけ普通のレバーの方が上手いよね」


 だからもうこの子はどうしてこう無邪気に毒吐いてるの?

 あれかな? 高級食材に慣れちゃって一蹴回って普通の庶民の食事の方が美味しく感じる時期かな?


「普通のレバーって......まぁ、俺も嫌いじゃないけどアレって結構エグみみたいのが合って嫌いな人多いはずだぞ? 中学の給食の時も残してるやつ多かったし」


「そうなんだけどさ、ここに使えてるとそういう味ってまず出ないんだよね。

 だから逆にそういう味が味わえるって意味でそっちの方が美味しく感じるんだ」


「なんつーか変わってるな。いや、習慣による影響と言った方がいいのか」


「まぁどっちかって言えばそっちの意味の方が強いかもね」


 やっぱそんな感じか。俺達庶民とてファストフードはたまに食うから美味しく感じるみたいな感じで、常に高級食材ばっか食ってたらそら庶民の味が気になるわな。


 ん? そう考えるとたまにラノベの設定で出てくるお嬢様系女子が庶民の味を気にいるってのもこういう理由か。

 いざ実際にそれを体験している友人と話をするとその意味の実感がすごく湧いてくる。


 それから俺と昂はしばらく話を続けると再び掃除に戻った。

 すぐにヘトヘトになりながらもまるで普段全く気にしないような部分まで掃除していく。


 ちょっと違うかもしれないが、例えると服のオシャレだけではなく、下着もオシャレするみたいな感じだ。


 「そこまでする必要あるのか?」と聞いてみたら「もしかしたら見られるかもしれないから」という答えが返って来たので、その例えは単純な意味だけで考えれば間違ってないはず。


 ちなみに、俺がいることでの掃除の進捗は通常の5分の2辺りらしい。

 通常は5分の4が午前中には終わるということ。つまり何が言いたいかというと俺が全力で足を引っ張ってるということだ。


 しかし、そんな俺がいる時のペースも把握していたのか本来昴がやる予定の半分以上は他の執事やメイドに任せているらしい。

 そこら辺の時間管理がしっかりできる所が執事長たる所以かもしれない。


 こまめな休憩や他の有能執事やモデル並みのメイドと歓談も交えつつ、ひたすら俺の執事としての時間は進んでいく。


 正直、休日の午前から夕方までがこんなに早く過ぎたのはいつぶりかと思うぐらい、気が付けば窓から夕焼けで茜色に染まる空を眺めていた。

 すでに体はガタガタだがまだ俺の仕事は終わらない。


 夕方になれば夕食の準備をし始め、夕食中は花市の食事風景を見つつ終始弄ばれるように言葉を投げかけられるという飯テロ&尋問に耐え、自分達の食事が追えれば部屋の戸締りや自分達の執務をしていく。


 それからあれまあれまと夜9時になった所で、ようやく俺の仕事らしい仕事は終えたとのこと。

 そして、俺は案の定この度重なる疲労感に耐えかねて食堂のテーブルに突っ伏すことしかできなくなっていた。


「ぐはぁ~、疲れたぁぁぁぁ~~~~~~~~」


「お疲れ様、正直初めてにしてはよく頑張ったと思うよ。

 それに午後からは順応も早くていつも通りの時間に終われたし」


「さすがに迷惑かけるわけにはいかなかったからな。強制的に呼ばれたとはいえ」


「ハハハ......そこは......うん、ごめんね」


 そう言って昂は「疲労回復効果があるよ」と言われて紅茶を出してくれた。

 くぅ、俺というお荷物を抱えてのこの気遣い。マジ神か。

 ありがたくその紅茶をいただいているとバスローブ姿の花市がここに現れる。

 その姿は実に色っぽかったが言うほど興味が湧かない。


「どや? うちの姿? イイ女やろう?」


「性格以外はな」


「まぁまぁ。それよりもお嬢様、乾かしますよ」


「今日の所はせんでええどす。それよりも二人で一緒にお風呂に入ってきたら?」


「......え?」


 その時、花市の言葉にやけに顔を赤らめて驚く昂の姿が印象深く残った。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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