第100話 もうその話はこっちで片付いてんだから!
時間は未だ昼休み、生野の妙な態度に心のざわめきが落ち着かないままに教室へ戻るとダブルツリーがちまちまと飯を食いながらとある方向を見ていた。
席に戻るついでにその方向をチラッと見てみるとそこには机に腰かけた昂が女子と話している光景であった。
スゲーな女子四人ぐらいに対して平然としゃべってやがる。
いや、俺も出来ないことはないが少なからず教室という大衆の目がある所では絶対できないな。
とはいえ、現状ギャルどもに絡まれてる状況はそれに近しいのかもしれない。
席に座って黒板の上にある時計を見る。時間はまだあって光輝達が帰ってくる気配もなし。
ならば読書と更けたいがコイツらがいる以上難しいだろうな。
「お前らも昂に興味あるのか?」
「まあね、イケメンは見て目の保養にしないわけがないじゃん」
「男子にとって可愛いが正義と一緒で~、女子にとってもイケメンは正義なんだよ~」
「だいぶ意味合いが変わってくると思うけどな」
ま、結局男であろうが女であろうが好みの半分以上は見た目が占めてるだろうし、ぶっちゃけ内面とか言ってる奴はええかっこしいとすら思えるな。
その分で言えばコイツらの言い分は実に清々しいほどにハッキリしたもので俺的には印象が良い。
所詮世の中はイケメンが勝つ世界なんすわ。
「ただあーし的にはイケメンってのは好きだけど興味は引かれないんだよな~」
「正直な話、イケメンで優しいとか御伽噺って思ってるし~。
ほら、キレイな女性には棘があるって言うじゃん~? それの男の人バージョンっていうか~」
「お前らもそういう意見を持つこともあるんだな」
「あるよ全然。ちゃんと理想と好みは違うって理解できるし。ね、りっちゃん?」
「え、えぇ、そうね......」
樫木に突然振られた生野はややビックリした様子でゆっくりと頷いていく。そんな様子を横目で見ながら質問した。
「んじゃ、お前らは何が気になって昂を見てたんだよ。目の保養にしては随分と静かに見てたじゃねぇか」
「なんていうかさ、やっぱりあの人の動きどこか女っぽいというか......そう感じるというか......」
「もちろん確証はないけどね~。でもなんかそう感じるんだよ~。女の勘? ってやつ~」
そんなこと来たばっかの時も言ってたな。
そう言われて昂を見てみれば口元を覆って笑う姿や机に座っている足がしっかりと閉じられてるのはそう思わなくもない。
雰囲気からも昔よりも存在が小さく感じるような気がする。
......いやいや、それはない。確かに前に昂のことを変に勘ぐってしまったことはあるが、それは俺の勘違いで済んだことだし。
今更昂が男の娘に目覚めてるんじゃないかって疑いも持ちたくない。
恐らく昴は花市家に使える身として女性相手にも物腰柔らかな対応が出来るように特殊な訓練を受けてるとかそんな感じだ。
もし仮に男の娘であっても......いや、それはそれ以上考えないでおこう。憶測で考えすぎるのは俺の悪い癖だ。
「ま、あいつにも色々あんだろ? 生野もやっぱそう思うのか?」
「......」
「りっちゃん、呼ばれてるよ」
「珍しく話振られてるよ~」
「え、え!?」
昂の方を見ていた生野は両サイドの樫木と阿木に肩を叩かれると少しびっくりしたように反応した。
コイツ、どんだけ昂のこと見てたんだよ。
「お前、もしかしてホの字なのか?」
「違うわよ。それにその言い方ももう古いでしょ。
そうじゃなくてなんかあの昴って男子が男子に見えなくて......」
「お前も同じような意見なのか。だが、アイツは確かに女顔っぽい爽やかイケメンになった正真正銘の男だぞ?」
「それはどこまでの根拠で言ってるの?」
どこまでって......なんで俺の言葉が疑われてんだ。
「アイツのことは昔から知っているし、そん時から男だった」
「本当に? 例えば小学生頃に一緒にお風呂入ったみたいな記憶もないの?」
「あるわけねぇだろ。アイツは友達であったがあくまで花市の付き人的ポジションだったんだぞ? そこまでの個人的な付き合いは出来ない」
「なら、あんたの言葉に根拠があるわけじゃないってことね」
コイツ......それこそ何を根拠にそんな断定に入ってんだよ!
お前こそ俺と昂の昔のことなんて知らねぇだろ!
――――キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げる予鈴の音が鳴った。
その予鈴に気付いた生野は弁当を片付け、席を立ちあがると去りに際に一言だけ告げてくる。
「あんたの勘違いを正そうとしただけよ......私の根拠が正しければね」
「そうかい。それは御忠告どうも」
その言葉は当然素直に聞き入れられなかった。
どこか俺の友達に対して侮辱......はされていないが、俺よりも昂のことを知ってるような口ぶりに少しだけイラついてしまったかもしれない。
我ながらなんという情けなさ。
生野の顔を見なくなって少し時間が経つと興奮が冷めていくと同時にそんなことを思ってくる。
とりあえず、生野とは良好の関係でいたいのでちょっとした謝罪文でも送っておこう。
「大丈夫?」
「え?......あ、昂か。どうした?」
「たまたま視界に入ったんだけど口喧嘩っぽいことしてたからさ。生野さんは大事な友達なんでしょ?」
「......まあな。心配かけて悪かった。それはこっちで片付けることだから心配しなくていい」
「そっか。なら良かった」
昂は優しいなぁ。わざわざ心配で声をかけてくれるなんて。俺の醜い心が浄化されそうだよ。
「にしても、お前はもうこのクラスに馴染んだみたいだな」
「楽しいクラスだからね。それに割に話しかけてくれる人も多くてそれがキッカケで仲良くなった人は多いかな」
「お前が馴染めたなら良かったわ」
「ありがとう。でも、お嬢様の方も気を配ってくれるとありがたいかな」
「アイツはこっちが心配せずとも勝手に配下を増やしてそうだから心配するだけ無駄って奴だ。
それにしても、お前は花市のそばにいなくていいのか?」
「“学校ぐらいは普通の学生として楽しみたいさかいあんたも好きにしたらええのに”って言われたからね。
だから、お嬢様が陽神君達と一緒に学食へ向かった一方でボクも好きなようにさせてもらってる」
花市にそんな気遣いが出来たとは。
ま、アイツもご令嬢として普通の一般家庭では学ぶ必要も無いような教養を学ばされてる可能性もあるし、アイツ自身が抑圧された環境から出て自由に羽を伸ばしたいというのが一番の理由だろうな。
その理由を言ってないだけで自分と一緒にいるだけで多少なりとも世話を賭けてる昂にもあくまで自分の身勝手な理由という口実で休ませたいというのもあるのかもしれない。
あの腹黒京女は幼い頃の英才教育によって一見微笑してるだけかと思いきや、こっちが考え付かないほどに考えてることなんて多々ある。
ま、別にアイツのことを弁護するわけじゃねぇが、アイツもアイツで自由にやれてるならそれは良かったんじゃねぇの? 知らんけど。
そろそろ授業が始まる時間になりそうなタイミングで昂は自分の席に戻っていき、俺が昂と話していた頃には光輝達も教室に戻っていたのかそれぞれの席についていく。
光輝達の様子を見て特に進展はなさそうと感じ、机の引き出しから教科書を取り出そうとしたその矢先――――俺のスマホに一通のメールが届いた。
スマホの画面を見てみるとその送信相手は花市でコイツのレイソには一言だけ。
『今週末のシルバーウィーク。うちに来とぉくれやす(強制)』
......地獄から片道切符が届いた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')