第99話 ギャルという名の圧
「ねぇ、あの人ってどこかこう......所作が女っぽく見えるよね?」
「あーわかる。なんというか品があるよな」
「もしかしたら、そこら辺の女子より品がありそうだよね~」
「待て、何平然と人の席囲って飯食ってんだ」
時は昼休み、この時間帯は一目があるということで姫島と雪から厄介な絡まれた方をされずに一方的に光輝ラブコメ~ズのやり取りが見られる貴重な時間である。ま、今はいないけど。
にもかかわらず、今日はなぜか生野と樫木、阿木という「木」女子二人が俺の席を囲って弁当食っている。
ちなみに、こいつらは違うクラスであり、三人とも同じクラスなのでここで食う必要は全くない。
先ほどの返答に対し、樫木がさらに返答してくる。
「そんなつっけんどんな態度しなくたっていいだろ。あーしとの仲でしょ?」
「え?」
「別にそんな仲になった覚えは微塵たりともねぇな」
「そ、そうよね......」
昼休みになって光輝達が学食行ったことを良いことに「いざ俺も」と思ってついていこうと思ったらズカズカと包囲しやがって。
それはそうと生野は何挙動不審な動きしてんだ?
「かーちゃん、嫌そうな顔しないの~」
阿木がおっとりした様子で言ってくる。
前から思ってたがその仇名変な誤解されそうだからやめてくんない?
「いや、嫌だろ。なんか急に友達だろ? みたいな雰囲気で来られても。
俺、全然お前らと仲良くなってないし。陽キャ空気やめて」
そう言うと樫木がすかさず言い返してくる。
「良いじゃん良いじゃん! だったらこのタイミングで仲良くなれば、ね?」
「でたわ~陽キャ特有のとりあえず話せば理解できるみたいな空気にしてくる奴~。
ヲタク陰キャが前に出れないことを良いことにドンドンと外堀を埋めていく奴~」
「あんた、陽キャに恨みでもあんの?」
生野が弁当を食いながらツッコミを入れてくる。
その目は「変な拗らせ方してるわ~」とでも言いたげでちょっとムカつく。
「にしても、今日は本当に何の用だよ? 普段は自分ちクラスで食ってるような連中が揃いも揃って。それにこちとらまだ昼飯取ってないんだぞ?」
「だから、かっちゃんのために献上品を持ってきたじゃん。
おにぎり2つに総菜パン。結構な貢物だと思うよ?」
「俺は昼は菓子パン派だ」
「ダメよ。あんたただでさえ放課後に定期でスイーツ店通ってるの知ってるんだからね。
あたしが時折訪れるとすぐさま知り合いのスタッフさんから話題出るからわかるのよ」
「かーちゃん、甘党過ぎ~」
それは余計なお世話だよ! っていうか、生野のコミュ力はついにスイーツ店のスタッフとの交流まで至っているのか。
マジで侮れんなこの陽キャは......ここはしばらく自重すべきか?
いや、コイツらに俺の癒しが阻まれることは断じてあってはいけない。
ともあれ、このまま俺が突っぱねてもこいつらはこのまま献上品を置いていくだろうから、仕方なく食ってやろうじゃねぇか。
おにぎりを手に取って「まぁ、ゴチになる」と言いながらビニールを剥がしているとふとニヤニヤしたツリーの二人の顔と呆れながらも僅かに口角を上げてる生野の顔があった。
「なんだ......食いづらいじゃねぇか」
「いや全く、素直じゃないのは似たり寄ったりなんだなって思ってさ」
「学生同士の交際って基本自分とは違う刺激を求めるせいか自分とは反対の性格の人を好きになるみたいだけど~、将来的なことを考えればやっぱり波長が合ったり似てる人が良いんだとさ~」
「なら、そこのガサツと半寝ぼけは違うってことだな」
「辛辣だなもぉ」
「だけど、その中で唯一否定されてない存在が居りますな~」
そう言って二人が横を見るとその二人に挟まれるようにして、更には俺の正面に鎮座している生野を見た。
そしてその生野はと言うと若干顔を赤らめながらもう既にベコベコの紙パックの野菜ジュースをこれまでかというほどに吸い続けていた。
おいおい、もうその野菜ジュースの中身真空になってんじゃねか?
「ふふっ、顔赤らめちゃって全く。意識しちゃったのかな?」
「りーちゃんは可愛いでちゅね~」
「.......」
おいたわしや生野。まさか仲の良い友人からこんなにも煽られるなんて。
ま、むしろ仲の良い友人だから出来ることだともいえるけど。つーか、俺は何を見せられてんだ?
そんな生野は第二の野菜ジュースにストローを刺していくと我慢するように飲んでいく。
しかし、容赦のなくおちょくっていたしつこい二人の煽りについに耐えかねたのかキレた。
「ちょっとあんたらいい加減にしな......さい」
しかし、その声はすぐさま尻すぼみになっていく。
なぜかって? 生野が野菜ジュースを握った、否、握り潰した。
そしてストローから溢れ出るオレンジ色のシャワー。
これだけでもう状況は読めるはずだ。
「一番キレたいの俺だけど、優しいからキレないであげるね」
「「「ごめんなさい」」」
そこらすぐにトイレに行って顔は洗っていく。こんな昼休みに顔洗ったのなんて初めてだ。
中学の時に体育終わりの後の放課後の授業が本気で寝そうで気合い入れるために顔洗った以来だ。ま、寝たけどね。
俺がトイレから顔洗って出てくるとその入り口のすぐそばには壁に寄り掛かる生野の姿があった。
「お前、そんなとこに居たら男がトイレ行けなくなるだろうが。さっさと離れろ」
「なんでよ? いや、離れるけど......それがどうして入れないのよ?」
「バッきゃろーお前、陰キャにとってギャルがトイレの横にいるってのはダンジョンの宝を得る前に必ず戦うボスと同じポジションなんだよ。
『え、なんかあそこで寄っかかってるんだけどどうすんだよこれぇ』みたいな心境になることを考えろ」
「あたしがただトイレの入り口近くで待ってたのがそんな意味合いなの!? だとしても、トイレでその例えはないでしょ!」
うむ、気持ちの良いツッコミだ。俺の周囲は基本暴走族の女三人しかいないからな。
それを対処するのは大分キツい。その分コイツには言いたいことは素直に言えるよな、唯一女子枠で。
「はぁ、せっかく謝る雰囲気でいたのになんか白けちゃったわ。もういいよね? 謝んなくて」
「いや、せっかく謝罪をくれるというのならちゃんともらうのが俺流だ。ってことでほら。カモン」
「うわぁ~ウザ~。はいはい、めんごめんご~」
「すっげぇ適当」
ホント垢抜けたような態度するようになったなコイツ。一体夏休み前に何があったんだか。
俺の知らない間に宇宙人に連れ去られて改造手術でも受けたか?
「ホントあんたって変わらないわよね」
「変わらないっていうか変えないというか......」
「変わるのが怖い」という言葉がふと脳裏に過ったがその言葉は喉の奥に流し込んだ。そんな俺の流れを変えるように生野に振る。
「逆にお前は変わったよな。今のお前のギャルは正しくヲタク受けするタイプになってると思う。端的に言うとヲタクに優しいギャル」
「それはあんたというヲタクに振り回された結果だと思ってるけど?
漫画のラブコメを現実に起こそうなんてヲタクの中でもかなり正気じゃないでしょ」
「それは......否定できない」
「でもさ、まぁ......なんというか、まだ出会った当初はだいぶ意味わからないこと言ってたあんたをどこかキモイと思ってたけど」
「急に辛辣だな」
生野は少し早く歩いていくとそのまま振り返った。どこかイタズラっぽい笑みを浮かべて。
「今は変わったことは後悔してない。それもそれで面白かったし。だから、今度はあんたを変えてやろうと思ってるわ」
「へいへい、せいぜい頑張ってくれ」
「そうさせてもらうわ」
言葉の流暢さに比べて顔の紅潮度がやけに高かったのは気にしないことにした。
それは恐らく俺の理解では真っ直ぐ、加えて見え隠れした意味を捉えられそうになかったから。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')