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第17話 進路相談する関係

 危険だ。

 いや、俺の責任感の問題かもしれないが。


 俺は、良い。というか嬉しい。もっと頑張れる。

 だけど。

 やっぱり一度は、どこかで就職するべきなんじゃないだろうかと。


 経験者——俺は語りたい。


 俺は仕事柄、学生や高校生のアルバイトスタッフと一緒に業務に当たって、教育する立場にある。

 それ以外には、若いシングルマザーも結構いる。


 彼女らは。

 四則演算すらできないことがままある。

 簡単な英単語も知らないことがある。

 芸能以外の時事に疎いことがある。

 正しい言葉遣いも知らない。


 それが、悪いとは言わない。仕方ない人も居るんだ。例えば、高校生の時に妊娠してしまい、産んだは良いけど男には逃げられ、家族からの支援も無く。

 高校中退で、それからバイトをするしかない。必死にひとりで赤ちゃんを見ながら、朝から晩まで働きまくって。

 気付いたら30歳手前。

 このご時世だ。全然あり得る。でもそんな彼女達は、まともな教育は受けられてないし、とっくに忘れてしまっている。

 誰が悪い、とかじゃない。


 ウチに来てくれたのはその中でも幸運だと思う。仕事に直接関係無いことも教えるからだ。言葉遣いから一般教養。……一応四則演算も。


 じゃあ、翻って。


 『俺の彼女がそう』なら?

 嫌に決まっている。


 もう覚悟は決まってるんだ。俺は死ぬまでほのかを守ると。不自由はさせないと。間違いなく、そう意識して今生きている。


 このご時世だ。

 『社会』を経験して欲しい。俺はそう思う。アルバイトと社員じゃ、全く違うんだ。意識と責任と業務と。同じことをしているように見えて、何もかも違う。ていうか同じことはしてない。アルバイトに現金は触らせられないし、事務や経理もまだ任せられないからな。


 別に、専業主婦も悪くない。『男』からしちゃ理想だろう。もし子供ができても、ずっと見てもらえるからだ。『家内』と言うように。わざわざ妻を働かせたくは無い。

 このご時世とは言え。

 そう思う俺も少なからず居る。


 だがやはり。『子供』を見据えるなら。母親に就職の経験があるならそれに越したことは無い。

 この国の子供への教育は、将来働くためにあるのだから。


 そして。


 今の『それら』は。

 恥ずかしながら、『結婚』が前提だ。


 だから危険なんだ。

 俺とほのかは、ただの恋人だから。

 『彼氏に付いて来ました』って。それで別れたらどうするんだ。


 当然。別れるつもりは無い。俺はそれでも良いんだ。一生守りきる覚悟がある。


 だがほのかには。ほのかにとっては。必ずしも俺と同じとは限らない。

 情けないが、俺が愛想を尽かされる可能性はゼロじゃない。

 そうなったときに、職歴も無く、地元にも居ない。『空いた期間』が長ければ長いほど、その先が難しい。


 就職しないのであれば。

 『彼氏に付いていく』のは。

 やはり危険なのではないだろうかと。


「…………おにーさんは」

「ん」

「……どう、思いますか?」


 恐らくほのかが悩んでいるのは『そこ』だと思う。

 俺が彼女を養えれば。就職はしなくて良い。俺も異動するかもしれないし、それに付いてきて、働くならその度近くでバイトでもすれば良い。


 だが『椎橋仄香の人生』という観点で見れば。

 それは危険かもしれないと。


 そして。

 『なんのために大学へ行ったんだ』と言われてしまう。

 400万円、掛かっているから。


「やっぱり、一度は就職して欲しい。人生の先輩として。そう思うよ」

「……分かりました」


 今の今。

 プロポーズなんてできる訳が無い。


「じゃあ、やっぱりこの近くで、なるべくここから通える所が良いです」

「それは……嬉しいけど。ほのかはそれで良いの?」

「はい」


 離れたくない。

 少なくとも今は、お互いそう思っている。


——


——


 訊ける訳が無い。

 私はただの『彼女』だから。


 何を、勝手に『嫁』面しているのか。

 やっぱり自分を嫌いになる。

 私から告白したんだ。私から別れを告げることは決してない。だけど。

 受けた彼は。いつ私を捨てるか。その可能性はゼロとは言い切れない。


 自分の食い扶持くらい、自分で賄えないと話にならない。その為に大学まで行かせて貰ったんだから。

 そのお陰で、おにーさんと出会えたんだから。


 ただの、進路相談。

 おにーさんに迷惑はかけたくないし、心配もかけたくない。


 だけど、真剣に考えてくれると、やっぱり嬉しい。


「おにーさんの時は、どうしてたんですか?」

「別にやりたいこと無かったからな。就活サイトの上から順番に選考受けてたよ」

「……そんな感じで良いんですか?」

「『良い条件』なんて探しても、実態と違うことなんて良くあるし。こっちはぺーぺーの学生なんだから、サイト上で選り好みする身分じゃないと、俺は思ってたかな。実際に面接官とかと会って、質問して、会社の雰囲気を察するというか。色んな会社に色んな人が居るし。福利厚生や初任給は人が欲しいならどこも頑張ってるし。結局大事なのは人間関係だからなあ」

「……なるほど」

「まあ気楽にやってたかな。ただ、受ける会社は全て『絶対に入りたい』って思いながら受けてた。本気でね」


 今の時代は、もう氷河期とは言われない。寧ろ学生が超有利だ。

 でも、だからってそれに胡座を掛けるほど楽観はできない。


「良さそうと思えば入ったら良い。合わなかったら辞めたら良い。別に、最初の就活で人生全てが決まる訳じゃないしな」

「…………」


 大学では。

 必死になって就活してる子も居る。まるで人生全てが掛かっているかのような表情で。

 そんな人も居るには居る。本当にやりたいことがあって、そのチャンスが何度も無いこともあるんだ。

 だけど私には、特にやりたい仕事は無い。今の学部だって、その延長線上の職業を見据えて入った訳でも無いし。


「ただまあ、『合わない』と決めるタイミングが早すぎる子も居るから心配なんだけどね」

「どういうことですか?」

「『働く』に当たってさ。当然辛いことは沢山ある。その『当然』を『合わない』と勘違いしてしまって辞めちゃう子は、どこへ行ってもすぐに辞めちゃうようになってしまうんだ」

「……なんか難しいですね」

「まあ俺もまだまだ3年目の若造だからな。『社会』については全然素人だよ」


 おにーさんは、社会人だ。

 つまり大人だ。

 落ち着いていて、優しく、頼りになるおにーさん。

 そんなおにーさんが好きなんだ。


 学生と社会人。

 その境界線の向こうに、おにーさんは立っている。


 アルバイトもしたことがない私は、働くということは分からない。想像はできるし、話にはよく聞くけれど。実際に自分でやると全然違うに決まっている。


 どんな辛いことがあるんだろう。

 おにーさんはそれをどうやって乗り越えたんだろう。


 それを知りたい。


「……おにーさんと同業種で、探してみようかな」

「おっ。マジで?」


 おにーさんが経験したことを。私も経験してみたい。


 そして、おにーさんが辛い時に。

 心から分かり合って。同じ立場に立って。

 私が癒してあげるんだ。


「流石に同じとこは」

「うん。まあちょっとそれはアレかな……」

「……分かってます。私もちょっと嫌です」


 この動機は不純だろうか。

 でも私は、もう『おにーさん』なんだ。

 私の中心は全部。だから、お金を稼げるならなんでも良い。普通の所で。

 ならせっかくだし、おにーさんに合わせてみたい。

 大好きなおにーさんと。

 離れたくないから。 

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