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第1話 週に1、2度挨拶する関係

 結婚。

 最近になって、大学時代のクラブメイトや同期の奴らの結婚話が多くなった。何回か、式にも呼ばれた。


 その度に思う。失礼だと思うが。


 大丈夫か? と。


 交際なら。付き合うだけならまだ分かる。まだ良い。個人の範囲だ。

 だが。

 結婚となれば。

 第一に考えなければならないのは、そう。


 子供だろう。

 子供の事を考えて。だ。

 例えば。

 大学卒業まで。22年間。

 掛かる『費用』はどれだけか?

 学費。生活費。その他諸々。


 『お前ら』は計算したことがあるのかと。

 いくらなんでも若すぎるだろと。思うのだ。

 愛があれば問題ない?


 全然違う。


 金が無ければ幸せになれないのが、今の日本だ。それは間違いない。俺の意見とかじゃなくて、普通に事実だ。

 大学行かなくて良い? 高校も要らない?

 成長期に食事も最低限? 部活もやらない?

 塾もいけない? 勉強ができない?


 それでも、愛があれば幸せか?

 休みに旅行も行けない。プレゼントも買えない。友達の持ってるゲームもおもちゃも買えなくて、でも愛さえあれば幸せか?


 お前らは良いだろう。仕事やって、セックスしてりゃ。

 でも。

 生まれてくる、最愛の子供のことを考えれば。


 お金は『ある』に越したことは無いだろう。


 計算したか? 子供ひとり育てきるのに必要な額。

 兄弟ができれば、その分だけ。

 今のお前の稼ぎで、それが叶うか?


 俺は無理だ。

 どう見ても無理。養えてひとり。遊びたいならそれもキツい。

 まだ20代の若造だからだ。普通に就職すりゃ、『親』になれるくらいの稼ぎになるには時間が掛かる。貯金もすべきだ。疲れたからと行って毎日呑んではいられない。


 俺はお金が好きなんじゃない。ただ備えているだけだ。


 金=幸せ、とは言ってない。ただ、『とてつもなく重要』であるだけだ。この国の体制が資本主義なんだから。


 ケチでもない。使う時は使う。だけど。

 結婚なんか、できっこないぜ。同期の奴らは本当に大丈夫なんだろうか。ノリでやってないだろうか。ちゃんと考えてるのか心配だ。結婚式だって凄くお金掛かるのに。


——


「おっ」

 その日の仕事終わり。アパートまで買い物袋をぶら下げて帰ってくると、隣の部屋の子も丁度帰宅するところだった。

「……あっ。おにーさん」

 椎橋さん。下の名前は知らない。たまにこうして会うと、挨拶するくらいの関係だ。

「今お仕事終わりですか?」

「そう。椎橋さんは?」

 多分大学生だと思う。このアパートに下宿している。親御さんは見たことないし、ワンルームだしな。

 清楚な黒髪の、大人しそうな子だ。

「…………」

「椎橋さん?」

「あっ」

 俺の顔をじっと見て、それから急にはっとして自分の部屋へ入っていった。

「さよならっ!」

「…………?」

 料理でもしてたのか?

 しかし。

 『おにーさん』と呼んでくれるのがとても嬉しい。なんか、可愛い子に言われると嬉しいよな。無条件で。

 週に1、2回くらい会うから、いつしか挨拶するようになったんだ。

 充分だ。

 俺には今彼女は居ないが、必要無いと思っている。だって椎橋さんと週に1、2回ちらっと会って挨拶してるから。


 それで充分だ。別に彼女に惚れては居ない。それならもっと口説くと思う。週に1、2回会うんだから。

 もうこのアパートへ来て2年経つけど、未だに下の名前も知らない。だけどそれで良い。

 向こうもただの隣のお兄さんとしか思ってないだろうしな。


——


 俺は就職活動を始めた時に、初めて色々と調べた。つまり、普通の大卒の初任給について。そこからのキャリアアップと給料の上がり方について。

 驚愕した。


 俺の親父は。普段おちゃらけた様子の親父が。

 少なくとも俺と弟を大学まで行かせるほどの稼ぎをしていたんだ。

 息子ふたりを4年制私立大。800万だ。そんな金ポンと出せるとか、あり得ない。


 それを噛み締めて、親を尊敬し始めたのもそれからだ。もっと早く知りたかった。随分と反抗して、困らせてしまった。

 父は偉大なんだ。


 母もだ。

 ひとり暮らしを初めて、ようやく気付いた。家事の大変さを。

 掃除。料理。洗濯。子育て。その他諸々。

 これを20年間、1家4人分。締めて80年分。

 あり得ないだろ。それを、文句ひとつ言わず、やってのけた。


 そんな、偉大な父と母を実感すればこそ。より『結婚』なんて俺にはまだまだ早いと思うんだ。

 俺自身がまだまだガキなのに、親になんかなれっこない。何よりそんな親だと子供が可哀想だ。

 そう思う訳だ。


——


「おにーさんっ」

「うん? ……おはよう」

「あっ。えっ。おはようございます」

 ある日曜日。朝飯にバナナを食べようとしたら牛乳が切れていることに気付いた。牛乳の無いバナナとかあり得ない。マウスの無いパソコンくらい不便だ。

 と、コンビニへ走ろうと家を出た瞬間に。

 そこには椎橋さんが居た。

「どうした?」

「えっ。……えっと」

 因みに。

 椎橋さんは可愛い。そしてナイスバディだ。

 もし彼女にするなら? 全くのオーケーである。

 だが、別に惚れている訳ではない。この感じ説明するのは難しいな。なんていうか、リスクを背負ってまで口説くほどじゃないというか。

 まあこんなこと言ってるから彼女できないんだろうなと自分でも思う。

「……どちらへ?」

「へ? ……そこのコンビニに」

 何でそんなこと訊いたんだろう。日曜日なのに外に出るのが不思議だったのか。いやまあ、スーツじゃないからそう不思議でも無いと思うけど。

「わ。……私も丁度」

「…………へ」

 椎橋さんと。


 一緒にコンビニに行くことになった。


——


 全く。

 何にも会話が無かった。

 俺はただ牛乳買うだけだし。椎橋さんはなんかお菓子買ってただけだし。

 ただ普通にそれぞれ買い物して、たまたま一緒のアパートで。

「……じゃあ」

「…………さよならっ」

 ただ普通にさよならした。

 気まずかった。何だったんだあの時間は。

 もしかしてあの時間はいつもコンビニへ行っていたのか。俺がイレギュラーで牛乳が無かったからたまたま居合わせて。

 なら悪いことしたな。次は時間ずらして行こう。

 いや、そもそも牛乳を切らさないようにしよう。


——


「おにーさん」

「ん」

 ここのところ、毎日会う。決まって仕事終わり。家に着く頃に、丁度彼女と鉢合うんだ。

「またコンビニ弁当ですか」

「あー。まあ、お手軽だしなあ」

 何か部活かサークルでも始めたんだろうか。知らないけど。

「お金かかっちゃうし、栄養も偏って良くないことだらけですよ」

「……んー。そうなんだけどなあ」

 そして。会話の言葉数が増えた。今までは挨拶だけだったのが。

 お金が掛かるのは良くない。それは分かってるんだけど。

 面倒さが買ってしまって、『手間賃』を買っている感じでついついコンビニ弁当だ。

 料理や洗い物をしてる時間も勿体無く思っちゃって。仕事で疲れてるからできるだけ休める時間取りたいし。

「……良ければ何か、作りましょうか?」

「…………へっ?」


 おや?

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