第7話:抗う者。その名は
──そこに一つの絵があった。
ある無知な者は、中央に描かれた女性を見た。
絵心のある者は、その背景を見た。
作者を知る者は、女性の頭に巻かれたバンダナを見た。
──エリザベート・クロッカスの記憶を閲覧…………完了。不要な情報を削除。記録を終了。
続けてルーク・クロッカスの記憶を閲覧────
*
── 初めまして、見知らぬ人。私の言葉が理解できますか?
……気付くと、知らない場所に居た。
何も無い。辺り一面『白』だけで、そこには何も無かった。
光も無く、闇も無い。空が無ければ地面も無い。
どうして目が機能しているのか分からないし、どうして立てているのかも分からない。分からないが──そこには自分以外に二人の人が居て、その内一人が己に話しかけていることは理解できた。
── 意思の疎通は可能。生命維持に問題も見られません。成功です
── さて、では次だ。少年、そこを動くなよ?
二人目の、少し偉そうな人が俺を指差した。人を指差しちゃいけないと、親に習わなかったのだろうか。
それはともかく、偉そうな人の指から『光の球』が出現した。
『光の球』はゆっくりと俺の方に向かってきて──俺の胸に当たった瞬間、弾けて消えてしまった。
── ……拒絶したか。肉体的にも精神的にも、更に『こちら側』へ近付ける必要がありそうだな
── そうですね……しかし、現段階ではどちらも不可能です。また十年、ゆっくり準備しましょう
── うむ。して、此奴はどうする?
── ……記憶を消して、魔界の人里で静かに暮らしてもらいましょう
── ……生かしておくには、危険すぎぬか?
── 『約束の時』まで、あと八十年もあります。この子は原人種ですので、その時にはもう自然に天命を迎えているでしょう
── …………貴様がそう言うなら、そうしよう。命拾いしたな、少年
二人は俺を放って、勝手に俺の話をしていた。
それが一段落つくと、偉そうな人は一瞬にして姿を消してしまった。
── ……ふぅ、なんとかなりました……あ、ごめんね? 君の話なのに、君抜きで話を進めてしまって……
……ちゃんと、謝ってくれた。どうやら最初に話しかけて来たこの人は、あまり悪い人ではないらしい。
── ふふ、許してくれてありがとう。でも……ごめんなさい。これから私は、君の記憶を消して、君を知らない場所に送らなきゃいけない
……『気にすることはない』と、そう伝えた。
この人があの偉そうな人を止めてくれなければ、今頃俺は殺されていたらしいし……正直このよく分からない空間は、居心地が悪い。
── ……ごめんね。私はこれ以上、君を助けてあげられない。その上で、君に私の願いを聞いてほしいのです。十年後の子はおそらく死んでしまう。二十年後にはきっと、本命の子が来てしまう。だから私は、君にしか頼めない……!
とても……とても、悲壮な顔をしていた。だから思わず──俺は首肯してしまった。
── もしも何かの奇跡が起こって、君が今日の出来事を思い出せたのなら──どうか私達を、止めてください
止めろと言われても……どうやればいいのだろうか。
── 『ガル』と名乗る、金髪碧眼の少年を探してください。心配せずとも、会えば分かります
そう言われても……心配なものは心配だ。
それに、こちらが『ガル』さんを見つけられたとして、どう協力を要請すればいいのか分からない。
── 私の名前を出せば、信用を得られる筈です
……あなたの名前は?
── ……そういえば、名乗っていませんでしたね。私の名は『ソロモン』 終わりに抗い滅ぶ者
*
「──ッッ!!?!?」
あまりの衝撃に、思わず跳ね起きた。
「うわっ!? エンデ、大丈夫……?」
「ハァッ、ハァ──待て。待ってくれユダ……落ち着いて、情報を整理する時間をくれ」
まず俺達は、無事ブーゲンビリアに辿り着き、宿で三人部屋を借りることにした。
そしてまず俺とアルが眠り、ユダが不寝番をしてくれることになったのだ。
そうして俺は眠り、両親の技を継承するため記憶を閲覧していたのだが──父さんの記憶から、とんでもないものが見つかった。
父さんが拒絶したあの『光の球』は──おそらく『終わりの炎』だ。アルテミシアの中にあるものと同質の力を感じた。
つまり父は、炎の依代候補だったということになるが……父さんは『何か』に近付けなかったが故に、炎を弾いた。
それを確認した、仮称ソロモンの上司であろう存在──おそらく今回の黒幕は、父さんを殺そうとした。炎を破壊されるリスクを減らすためだろう。
……しかしまさか、十二神の一角である『叡智神』が出て来るとは思わなかった。
父に助けを求めていたあの神霊が、本当にソロモンであるのなら。黒幕は神界序列第五位より上──候補が四柱に絞られる。
問題は、この情報がどこまで信用できるのか。
父の記憶は、十歳から始まった。産まれてから九歳までの情報は一切無しだ。
だが何故か消された筈の記憶は観ることができた。
他にも分からないことがある。
本当にあの『光の球』が『終わりの炎』で、依代候補を探していたのだとして……あの記憶は八十年前のもの。
仮称ソロモンの予想では、あの時点から二十年後──つまり今から六十年前には『本命』が居た筈なのだ。
炎の依代となったのはアルテミシアだ。本命が彼女だったのなら、時期がズレている。
本来の『本命』が存在していたのなら、黒幕達は何故そちらを依代にしなかったのか。
いずれにせよ、仮称ソロモンの計画は既に破綻している。
何故なら父は、ガルと名乗る少年に会ったことがある。
だが、何も起こらなかった。
記憶にある少年『ガル』は、父と母と協力し、一体の強大な魔獣を打ち倒した。その時彼が見せた力は確かに凄まじかったが……それはあくまで人間基準での話。ソロモンが頼りにする程の力は無いように思えた。
「──あぁクソッ、ワケが分からん……! こんなもんを観せて、俺にどうしろってんだ……!?」
「……エンデ、何を観たの?」
しまった、口に出ていた。ユダが心配そうにこちらを見ている。
……下手に誤魔化すより、正直に話した方がいいか。
「……敵についての情報が、少しだけ入った。だが信憑性が薄い。聞くか?」
「一応聞いとこうかな」
「今回の黒幕は、神界序列一位から四位の中の誰かである恐れがある」
「……うっげぇ。聞きたくなかった」
「もっと詳しく聞くか? たぶん混乱するだけだが」
「止めとくよ……」
そして俺は夜番を代わり、ユダは眠った。
時間は俺達の心中なぞお構いなしに、ただ、ただ、進んで行く────